こんな人間でも弁護士稼業ができるのだ。

皆様、あけましておめでとうございます。
明日も休んでしまうテラバヤシです。
本年もどうぞよろしくお願い致します。

年末年始は、独り身のこともあって、毎年帰省しております。
帰省すると、いつもは、何人かの友人知人らに連絡をしてランチをしたりのみに行ったりしますが、今回は、ほとんどそういうことをしませんでした。
「人に会って気を遣う」ことをしない過ごし方をしたかったわけです。

弁護士というと、「人」や「人に会うこと」に対するストレスや苦手意識がない人、あるいはむしろ得意とする人の集団であるというイメージを持つ人が多いと思いますが、実際のところ、必ずしもそうではありません。
そういうことが苦手な人が、実際のところは大勢いるようです。

まず自分の話をしますと、(前にも何度か書いた気がしますが)テラバヤシはもともと結構な人見知りです。
白状すると、「中途半端な知り合い」が自分の少し前を歩いていたり、同じ地下鉄の車両に乗っていたりすると、歩くスピードを落としたり、道を変えたり、その辺の店に入ったり、車両を変えたりします。

学生時代に家庭教師やら塾の先生やら予備校講師やらをするようになって、後天的に、社会生活を送るために必要な程度までは克服し、周囲の人からは、一見人見知りとは程遠い人間に見られるようになりました。
が、実際のところは今でもこんな体たらく。
自分の方から、発見してしまった「中途半端な知り合い」に声をかけることは、100回に1回あるかどうかです(正面からいらっしゃった方には、脊髄反射で、ニコニコご挨拶します)。

もちろん、他人と会話することが常にストレスになっているわけではなく、仕事で初めてお会いする方とお話しすることは全く平気ですし、「本当に仲が良い」「本当に気心が知れている」と自分が認識している人と会ったり、一緒にご飯を食べたりすることは、楽しいです。苦になることはありません。
が、プライベートで「本当に仲が良い」「本当に気心が知れている」と思える人の範囲が非常に狭く、かつ、その範囲に収まらない人と仕事を離れて一緒に時間を過ごすということになると、ある程度、あるいは相当程度の気合を入れる必要が生じてしまうのです。

大勢が集う飲み会というのも苦手意識が強いイベントのひとつです。
これも常に全ての飲み会がダメというわけではなく、「立ち入った話」をしないで済む、完ぺきに「仕事上の行事のひとつ」と割り切れる飲み会であれば、苦も無く出席できるのですが、中途半端に「立ち入った話」が生じてしまったり、見たくもない醜態がさらされがちな「仕事上の行事」とは言い切れない飲み会になると、お断りできない場合には、相当な覚悟を持って臨むこととなってしまいます。

こういう大勢の飲み会に行くと、気が利いた行動を何ひとつとることができないのがテラバヤシの特徴です。
頃合いを見計らって席を移る人。
ビール瓶や徳利をもって、上下の別なく話をしに行く人。
「写真撮りましょう!!」と声をかける人。
そういう人たちを見ると、「すごいなあ」、「えらいなあ、気が利いて」、「出世するのはこういう人なんだべなあ」などと感心します。
どれひとつとして実行できることがありません。

そして、こういう飲み会から帰る道すがら、気が利くすごい人たちの姿を思い浮かべながら、「やはり自分には社会性がないのだ」「協調性ってものがないのだ」などと落ち込むことがお約束になっていました。

しかし、そんな「社交性のない」ダメ人間?は、ワタシだけではないと思わせてくれる出来事が昨年ありました。
昨年の秋、とある偉い先生のとある記念日を祝うパーティが開かれた時のことでした。
とてもとてもとてもお世話になっていた先生のパーティへのご招待でしたので、テラバヤシはそれなりに張り切って出席しました。
もちろん規模が大きかったため、ある程度の気合を入れての出席となったことは白状しなければなりませんが…

そのパーティは特に席が決まっていない立食のパーティでした。
私がついたテーブルには、弁護士になってわりに間もないころからよく知っている弁護士が集いました。
気心が知れていたり、なんとなく波長が合うと感じている人たちばかりで、とても居心地が良いテーブルでした。

そのテーブルのメンバーは、パーティの2時間ほどのうち、都合1時間半は、ほとんど誰もそこから動こうとしませんでした。
ほぼ全員が同じテーブルを囲んで、酒を飲みつつ、料理を食べつつ、そのテーブルにいるメンバー同士で話をしていました。
カメラを持って、せっかくだから写真を撮ろうと何人もの人が行きかうのをしり目に、「ああいう人たちはえらいなあ」、「自分たち、ここでいいよね」などとつぶやきながら、その場にステイしていたのです。

同じテーブルにいた人たちの名誉のために言いますが、問題がある弁護士は誰一人としていません。
皆、会務活動では積極的に発言し、地元の単位会で重要な役割を担い、そして刑事事件で無罪判決を得るような優秀な弁護士たちばかりです。
そういう面々が、実際のところは、社交性の皮をかぶった「隠れ人見知りちゃん」だったことがわかったのです。

ワタシだけじゃないのかあ。
自分のことをいたずらに「ダメ人間」だと思う必要はないのかもしれない。

とても安堵しました。

考えてみれば、弁護士を目指す人間の中には、「会社勤めは自分は無理、いや」という動機から出発する人間も少なくなく(私も目指した理由の2番目か3番目はそうですが)、そうすると、その中には「人見知り」「団体行動が苦手」という人も結構な割合で含まれているはずなのです。
皮肉なことに、企業法務であれマチ弁であれ、弁護士は人と会って人から話を聞いてコミュニケーションをとるのが仕事。
そういう本来の属性からは得意ではないことを職業的に繰り返していくうちに、後天的に仕事をするうえで必要な程度に、「苦手な人付き合い」が克服されてきた人が、案外大勢いるような気がします。

日本の社会では、苦手を克服することが良しとされる風潮が強いように思えますが、テラバヤシは、この点に関しては開き直っていこうと思います。
2017年は、よりわがままに無理をしない生活を心がけていくのが目標です。





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by terarinterarin | 2017-01-03 18:41 | Comments(0)

寺林智栄の弁護士としての日々や思いをつづります。


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