「依頼者の利益を図る」ということ。

先週あたりから、相手方代理人と相手方の関係がどうしようもなく悪化して修復不可能になった件で、相手方本人にも相手方代理人にも困惑させられる事態に至ってしまいました。

訴訟という意味では終了しましたが、まだ事件終了後の残務(しかも結構重大)が残っている状況ですし、詳細に書くことは色々と支障があり、今この記事を書くこと自体が微妙といえば微妙なのですが、なんというかもう書かないと気持ちが収まらない状態に自分がなってしまっているので(ちょっと急に痩せてしまって、どう考えてもこの件のストレスとしか思えない)、細心の注意を払いつつ、「王様の耳はロバの耳」の気分で投稿したいと思います(読み返してよくわからないこのくだりも、テラバヤシの今の状態を表していると思います)。

今回のこの件、相手方と代理人の関係が悪化したということ自体は、まあ致し方ないなあ…と思うのでありますが、どうしてそこまでになってしまったのだろうということを考えた場合に、結局は、相手方代理人が依頼者の特性をよく理解していなかった、あるいはその意向を十分に組みきれていなかった、結果として独善的な解決を図ってしまったということになるのではないかと思うのです。

誤解しないでいただきたいのですが、この限りにおいては、テラバヤシは、別に相手方の代理人を責めているわけでもなんでもありません(それ以外については、一言も二言も何言でも言いたいことはありましたが)。
確かに訴訟途中から、空気をあまり読まずに(あえて読んでいなかったのかっもしれない)、前のめりになってガンガン来ているなあ、あの先生…と思ってはいました。
しかし、これは、真面目に受任した事件をこなそうとする弁護士であれば、誰でも起こりうることと思うのです。

例えば、依頼者が持っている5つの希望のうち、このままいくと1つもかなわないという結論が見えている場合、優先順位をつけて優先順位の高いものを死守しよう、早期解決などという「うまみ」を反対当事者にちらつかせてみようというのは、普通に民事家事をやっている弁護士であれば、実務上当たり前に考えることです。
で、依頼者にそのことを話してみて、あるいは説得して、一見納得を得られたと思い、相手方や裁判所をも説得にかかる。成功して、ある程度の依頼者の利益を守ることができた…

と思いきや、そんなこと頼んでないわ、結局自分が損しているじゃないかなどと大きな不満をぶつけられる。

ここで難しいのは、依頼者と会話すればその意向が全面的に見えるかというとそういうわけではないということです。
所詮、弁護士と依頼者の付き合いなんて数ヶ月からせいぜい1年か2年くらいが普通です(顧問を除く)。
四六時中会っているわけでも、連絡を取り合っているわけでもない。
その人のパーソナリティを真に理解して解決を図るなんてこと、できるわけがないのです。
なので、多くの場合、「経済合理性」とか、「普通に考えてこれが優先と思われるもの」を守ろうと、弁護士は依頼者を説得したりします。

それが最終的には、自分の意に反してこうなった…という反撃を食らうことが往往にしてあるのです。

もちろん、依頼者のそもそもの性格からして、「ああ、この人のこの件に関しては、どんな結論になろうと(注:その依頼者にとって最善の結論が出ることが不可能であることを前提としています)絶対文句が出るなあ」と予想がつくことはあります。
しかし、そういう場合には、最初の段階で受任を回避できるようなんとか持っていくことも可能なんであって、一番怖いのは、最初のうちは依頼者との関係が一見良好だったケースとか、依頼者が弁護士の言うことを理解しているように見えていたりするケースです。
豹変されること、ありますからね。

テラバヤシは(こう見えて)とてもチキンなので、依頼者とトラブルになるのは、もう絶対に絶対に避けたいと考えます。
そのため、受任前の相談の段階で見通しを伝える時には、超ネガティブです。
普通なら「いや、大丈夫ですよ、勝てる可能性高いですよ」と言えるような案件でも、「いやー5分5分ですね。こういうリスクがありますし…」とかマイナス要素をずらずら並べたりします(注:結果を約束してはいけないんですよ、みなさん!!)。
見通しが暗い事件では、「あなたの求める結果にはまず間違いなくなりません」みたいなことを言ってみたりします(そのうえで、次善の策として思い浮かぶものがあれば、それを伝えてみたりする)。

依頼者にとって不利な要素のある調停や和解が打診されたときでも、基本的には説得はしないことにしています。
これは、訴訟外で交渉を進めている場合に「これ以上有利に進めるのは無理だな」という事態に至ったときでも同じです。
メリット、デメリットをできるだけ詳しく伝えて、考えてもらうようにしています。
だって、その人がどういう結論を心の底で求めてるのかなんて、分からないですから。怖くて説得なんてできません。
説得するのは、無理難題を依頼者が求めようとする場合や、「それやったら絶対返り討ちに遭うから!!」というごく限定された場合です。

それでも、トラブルになるときはやっぱりなってしまいます。
トラブルになってしまったケースを思い返してみると、うまくコミュニケーションが取れてなかったなあというケース(自分としては、言っていることを理解してもらえなかったなと思うのですが、依頼者を自分が理解していなかったために自分の言っていることも理解してもらうことができなかったように思います)、珍しく説得してしまったケースです。
結果が芳しくない方向性で受任の段階で見えていて、本当は受けるべきではないんだろうなと思いながら、依頼者の熱意に負けて受けてしまったケースという共通項もあります。

裏切られた、自分の利益のために働いてくれなかったという忸怩たる思いは、時に巨大になって受任弁護士に向かってくるものです。
そうなってしまったら、もう離れるしかありません。

ですが、離れるタイミングによっては、さらに依頼者の利益を損なうこともありえるし、相手方や関係者に不測の不利益をお見舞いすることにもなりかねません。そして、それがまた自分に向かってくることもありえます。
納得できない状況で辞める時でも、周囲に不都合がばらまかれるのは極力回避しなくちゃいけない。
こう考えると、弁護士の仕事も、なかなかストレスフルなものだと思わずにはいられません。

さあ、もう風呂に入って今日は休もう…






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Commented by pos at 2017-05-01 01:18 x
いつも考えさせられる記事をありがとうございます。お疲れ様です。

私はいつも寝る前に聖書(新共同訳+TEV)を読みます。(どちらかというとソロモン好きの自分が言うのも何ですが)、イエスが復活によりthe power of sinnerに打ち勝つ様子はなかなか痛快です。
また「法内容を改正したり律法に新しい解釈を加えたりするのに、人のものでない権威が大昔は必要だったのかなぁ」という気持ちになったりして、なかなかロマンティックです。先生もいかがですか?
Commented by terarinterarin at 2017-05-01 18:23
> posさん
聖書ですか。私のような俗物が共感できるのでしょうか…
Commented by pos at 2017-05-02 00:09 x
とりあえず先生は謙虚でお美しいので、きっとよく似合うと思いますよ。
(ただ、畏るべき言葉の数々にあまりに共感されると、それはそれでちょっと、いや、かなりビビリます。)
by terarinterarin | 2017-04-26 12:36 | Comments(3)

寺林智栄の弁護士としての日々や思いをつづります。


by terarinterarin