続・冤罪は「任意取調べ」で作られる。

5月6日にアップした「冤罪は「任意取調べ」で作られる」につきましては、BLOGOSに転載されてたくさんシェアしていただき、本当にたくさんの方に読んでいただきました。犯罪捜査の問題の一端をお見せできたかもしれないと思っております。

コメントもたくさん寄せていただきました。全て見きれてはいませんが、その中で、これはお答えしておかねばと(個人的に)思ったものや改めて書きたいと思ったことについて、今回は触れていこうと思います。

1 日弁連や弁護士は何をしているのだ?
任意取調べで苦しむ人がたくさんいるにもかかわらず、弁護士や日弁連は、何をしておるのだ?というご意見がいくつかありました。
まず、弁護士に関していえば、もちろん任意取調べに関する相談が持ち込まれた場合には、その弁護士なりに助言をしたり、対応している人が多かろうと思います(そう信じています)。
全ての弁護士とは言いませんが、任意事情聴取に自分の依頼者が呼ばれた場合には、警察署に同行して取り調べへの同席を求めたり、取り調べが終わるまで警察署の中で待つ(依頼者が助言を求めたいときにいつでも助言できるように)という対応をしている弁護士は決して少なくありません。
しかし、弁護士が対応できるのは、相談や依頼を受けた時に限られてしまいます。つまり、任意取調べにおける弁護士の助力は、システム的に確立、保証されているものではありません。
そして、一般の社会で暮らしながら、犯罪の嫌疑を受けている状況の人というのは、なかなかそのことを他人に打ち明けることが難しく、また「下手なことをするとさらに追及が厳しくなるかもしれない」という思い、あるいは頭が一杯で機転が利かなくなっているという理由から、この段階で弁護士のところにたどり着くことがなかなかできないのではないかと思います。

現在、逮捕後に釈放されず勾留された被疑者及び被告人(起訴後勾留の有無にかかわらない)に対しては、国選弁護の制度が広く適用されるようになっています。また、国選弁護の対象になっていない被疑者のケースでは、日弁連の援助制度を利用して弁護人を付けることができます。
しかし、起訴前の段階で国選や日弁連の制度を利用して弁護人を付けることができるのは、身体拘束されているケースに限られています。
歴史的に、犯罪の嫌疑を受けた人に対する人権蹂躙と身体拘束は、ワンセットでした。とりあえず逮捕して、暴行や脅迫で自白させて、無実の罪をかぶせる。
弁護士業界としては、まず、このような「身体拘束下」での人権侵害をなくすことに長い間取り組まざるを得なかったわけです。

ところが、勾留が却下されるケース、いったん勾留されても準抗告が認められて釈放されるケースがここ数年、ぐんと増えてきました。身体拘束下での取調べが録音録画されるようになり、捜査機関は、穏当に取り調べを行わざるを得なくなってきました。
身体拘束下での人権侵害状況は、一昔前に比べれば随分とマシになりました。
このような状況下で、任意事情聴取がひどい、という話をよく聞くようになってきたという印象です。
もちろん、この問題自体は以前からあったものです。最近になって、件数自体が増えたのかはわかりません。目立つようになってきたにすぎないのかもしれません。ですが、残念ながら、いずれにせよ、弁護士業界が対策をとるのは、これからということになってしまいます。
方法としては、名簿制の当番制度や日弁連の援助制度の拡大などが挙げられると思います。

2 悪いのはむしろマスコミの方では?
今回の件、警察にも問題はあったかもしれないが、むしろ女性を犯人扱いしたマスコミの方がより悪いのではないか、という意見もありました。私は見ていませんが、朝のワイドショーで、自殺した女性の自宅まで映した番組もあったようです。
被疑者や警察が事情聴取しているに過ぎない段階での「犯人扱い」報道には辟易します。が、元をたどれば、そうなる元の情報を流しているのは警察です。

警察がこういう段階で流す情報は、断片的抽象的にして恣意的です。
結構話題になっている事件で、報道を見たうえで接見に行くと、流れている情報と事実が全然違うということがよくあります。「容疑者は事実を認めています」という報道がされているけれど、実際には「認めている」とは評価できないという場合もあります。極端なケースでは、例えば被疑者が「AしかしB」と話しているのに「Aと言った」という報道がされていたりします。
それは、そういう情報を、警察がマスコミに伝えているからです。マスコミが、それが本当かどうか検証しないで垂れ流しにしているのも大問題ですが、検証したうえで「違う」なんていう報道をしたら、締め出しを食ったりするのでしょう、きっと。
そういう弱みを握ったうえで、都合のいい情報を流させているわけですから、やはり、もとを正せば警察の方がより悪質だ、と思います。

今回の件だって、マスコミが亡くなった女性を犯人と印象付けるような報道をしたのは、警察が「こういう女性について事情を聴いている」「防犯ビデオに映っていた」という情報を流したからでしょう。

話は少しずれますが、ここ数日、亡くなった女性のDNAが被害現場の血痕から検出された、女性が履いていた靴底についていた血から被害者のDNAが検出されたという報道がされています。
一般の方は、おそらく「DNA=決定的な証拠」と見るでしょうが、刑事裁判では、DNAに関する取り扱いは皆さんが想像するより慎重で控えめです。
DNAだけで有罪だとされることはまずないと言っていいでしょう。DNA検出という鑑定結果に誤りはないのか(鑑定手法やサンプルの取違、サンプルの量、保管状態等々)、「その人のものと一致した」と評価していいのか、事件の時以外にDNAが検出される事態が生じる機会はなかったのかなどなどが検討の対象になります。
そのうえで、他の証拠とも併せて検討されます。

そもそも、「その人のDNAと一致した」と評価できるのは、厳格な基準をクリアしたときに限定されます(これを説明するとかなり長くなるので、ここでは割愛しますが)。今回の警察の「検出」「一致」の発表は、何をもってそう評価したのかが明らかにされていません。「女性を容疑者とするかどうかはまだわからない」と控えめな言い方を一見してはいますが、そうであるなら、一般の方にとってインパクトが強いDNAの件を発表したのはなぜなのか、という疑問が残ります。

3 「作られる」ではなくて、「創られる」ではないのか?
…というご指摘をもらいました。一見細かい話のように思えますが、実は、どちらを用いるか、悩んでタイトル付けをしました。
本来の意味からすると、ご指摘のとおり「創られる」が正しいように思えます。が、「創」という字には「クリエイティブ」という前向きな意味があり、今回の「つくる」はそうではないだろうと考え、「冤罪をこさえる」くらいな意味で「作る」を選択しました。
まあ、あまり重要ではないかもしれませんが…

4 最後に:刑事弁護人は何を考えているのか
「容疑者は黙秘しています」という報道がされると、「反省しているなら事実を話せ」「黙秘させる弁護士はけしからん」というコメントを最近はウェブ上でよく見かけるようになりました。
刑事弁護人は、犯罪の嫌疑をかけられている人に対して、黙秘を勧めることも多いですし、身体釈放のための活動もしますし、示談も試みます(示談が悪だという意見も最近よく目にします。この意見は、示談金をもらおうとする被害者をも苦しめるもので、いかがなものかと思いますが)。

その第一の目的は、依頼者たる「犯罪の嫌疑を受けている人」の利益を図ることにあります。以前も別な記事で書きましたが、弁護士は依頼者の利益を図ることが仕事の第一です。それが「犯罪の嫌疑を受けている人」でも変わりはありません(但し、依頼者の利益を図る過程で弁護士自身が違法な活動をしてはいけないのは当然のことです。例えば、証拠隠滅であるとか、事件関係者をだます、脅すなどといったことです)。
しかし、その先に、刑事弁護人と呼ばれる人たち(の多く)は「悪いことをしたとされる人を守ることがどんなことにつながるのか」ということを見据えています。
「犯罪の嫌疑を受けている人(犯罪者というレッテルを張られた人」を守るルールは、一般市民がその自由を奪われないためのルール、奪われた自由を取り戻すためのルールでもあります。
ルールは紙に書いてあればそれでいいというものではありません。ルールを使用した実績を積み重ねることにより、初めて意味を持つものです。書かれているだけで使われることがなければ、空文化し、風化し、ないのと同じことになってしまいます。ルールを使い続けることにより、新たなルールの必要性が生まれること、そして作られることもあります。

刑事弁護人も、犯罪のない世の中になることを願っています。
凶悪な犯罪が起これば、一日も早く犯人が捕まればよいと思います。
被害者やそのご遺族の気持ちや姿に、胸を痛めます。
犯罪捜査に関わり、被害者や残忍な現場に対峙する警察官に対して、刑事弁護人(の多く)は(たぶん)、敬意を表しています。
警察を全くの悪だと思っているわけではありません。

ただ、フェアにやってほしいだけなのです。
自分たちの思い込みで、人を傷つけないでほしいのです。
自分たちの保身のために、都合の良い情報だけを流すようなことをしないでほしいのです。
自分たちが持っている権力・権限がいかに一般の人にとって脅威的で恐怖心を与えるものなのか、自覚してほしいのです。

今回の愛媛の事件がどういう決着を迎えるのかはわかりません。
どういう結論になろうとも、警察の方には、被害者やそのご遺族、自殺した女性のご遺族、一般市民が納得がいく、フェアな説明をしてもらいたいと願ってやみません。


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Commented by 兵馬俑 at 2017-05-12 14:48 x
官舎の狭い雰囲気というのは、いつもそこにいる人にとっては「日常」なのかもしれませんが、外部の日常からすると「非日常」の感が強いものがあるような気がします。

(抗議自殺を盾とした警察への論難等はもしかすると抗議者の意思に誠実な態度の現れといえるかもしれませんが、どちらかというと)、抗議自殺等を抑制するために何が出来るか、サービス提供可能性、を訴えかけ続けることも正義かもしれません。取調室やパトカー内部などにも、優良の、じゃなかった、有料の弁護士ホットライン電話番号を表示するのってどうですかね。
Commented by terarinterarin at 2017-05-13 21:39
> 兵馬俑さん
コメントありがとうございます。
アイデアとしては素晴らしいと思いますが、警察が絶対に拒否すると思います。
警察は、弁護士が邪魔ですから…
by terarinterarin | 2017-05-09 00:34 | Comments(2)

寺林智栄の弁護士としての日々や思いをつづります。


by terarinterarin