ツバキ文具店とワタシの仕事。

テレビドラマはあまり観ない方ですが、タイトルに挙げた「ツバキ文具店」は割と楽しみに観ていました。昨日、6月2日、このドラマは最終回を迎えました(本当は最終回前に書きたかった)。

「ポッポちゃん」こと鳩子(多部未華子さん)が、反発していた祖母(倍賞美津子)の死をきっかけに、鎌倉にある実家に戻り、祖母のやっていた文具店と代書屋の仕事を引き継ぐ、代書の仕事や近所の人の温かさに触れながら成長していく…とまあ、こんな感じのお話です。

代書屋とは、要するに「手紙の代書」を請け負う仕事です。
「代書」というと、依頼者が考えた文面を美しい字で清書する仕事、というイメージを持つ方もいると思います。
しかし、ポッポちゃんの代書屋は、そうではありません。手紙の文面や「伝え方」も考えるのです。
そのために、依頼者から相手との関係性を聴き取り(なかなか具体的に話してくれない人もいましたが)、相手に対してどういう心情を持っているのか、何を伝えたいのかをくみ取り、それを伝えるためにどういう言葉を選択すべきか、どんな筆記用具で、どんな紙(紙でないこともありましたが)に書けばよいのか…それら全てを決めるのです。

ポッポちゃんの代書の仕事との向き合い方を見ていて、自分が弁護士として書面を作成するときの向き合い方と相通じるものを感じました。

最も「あ、わかるな~」と思ったのは、実際に手紙を代書するシーンでした。
ポッポちゃんは、依頼された手紙を書く時には、白い「勝負服」(というか仕事服)に着替え、髪を後ろで一本にきりりと結び、間接照明に落とした仕事部屋の中で、集中を高めて取り組みます。
私も、書面(特に民事であれば訴状とか、答弁書、答弁書擬制陳述後の第一準備書面、最終準備書面。刑事事件であれば、冒頭陳述、弁論、控訴趣意書など)を書く時には、少なくとも半日は時間を空けてそれだけに費やせるように日程調整をして、気分を高めて集中して取り組みたい方ですし、極力そうしています。
基本的に、先ほど挙げたような「重い書面」を書く時には、来客や電話にも対応したくないので、状況が許す限り、自宅にこもって書いたりします。
エンジンがかかるのが遅い方なので、入り込めるまでは、お茶を飲んだり、お菓子を食べたりしてソワソワしていますが、本当に乗ってくると食事をするのも面倒になります。

私は、個人の方から依頼を受けることが多く、事件の内容も人と人との間の感情、人間関係の問題が深くかかわっているものが少なくありません。
もちろん、私は弁護士として法的に何かを請求するために書面を作成しているわけですから、ポッポちゃんの代書の仕事とは同じではありませんが、自分の仕事の特性上、相手との関係で依頼者がどう感じたのか、ということを言葉で言い表すことがやはり重要だと考えています。
例えば、慰謝料請求訴訟を起こす際、「精神的に多大なる苦痛を被った」などという言い回しを私だけでなく多くの人が定型的に使ったりすると思います。しかし、それまでに起こった事実から、どんなことを感じて、「精神的に多大なる苦痛を被る」に至るのかという点について、どれくらい臨場感がある言葉を出せるのか、は、担当する裁判官にその事件の本質を伝えるにあたって重要な作業ではないかと思うのです。

なので、書面を書く時にはいつも生みの苦しみを感じます。
書こうと決めた日に、どうしても気持ちが入らなくて、予定を変えて別な日に(あえて切羽詰まった日程にする)エイヤで書き始めることもあります。
たぶん、多かれ少なかれ、似たような気持で書面に取り組む弁護士はいると思うのですが、私の知り合いの中には、「事件類型によって訴状はパターンで書けるから楽だよね」などと言う人がいて、個人的にはかなり信じられないのです(企業系の仕事ではなく、私と同様個人の方の仕事を受けることが多い人です)。
それでも受理されて普通に審理されるのですから、必要にして十分なものは、その考え方で出せているわけです。肩に力を入れずに必要な仕事ができる人は、うらやましいなと思っています。私にはできない芸当なので。

もちろん、私も事件によっては、あえて最初は必要最低限の内容のみに抑えた訴状を出すこともあります。
ですが、それはページ数が少ないだけの話で、「生みの苦しみ」が軽減されているとは必ずしもいえなかったりするのです。
会議なんかに出ながら書面をあげてしまう同業者も相当数いるようですが、そんな器用な真似、一生に一度でいいからやってみたいと思ったりもします。

ポッポちゃんは、代書した手紙を発送する前に依頼者に確認してもらっていました(ひとり、代書依頼後に亡くなった方がいて、その方は除きますが)。
私も作成した書面は、原則として、依頼者に確認してもらいます(軽い内容のもの、法的主張に特化したものなどは事後報告になったりしますが)。確認してもらう最大の目的は、事実の誤りがないかどうかなのですが、その時に「私の気持ちがちゃんと言葉になっていました」などと言われると、ちょっとほっとしたりするものです。
自分なりに「いい書面が書けたな」と思う事件は、結果が伴うことも多いように思いますし。

「物を書く仕事」は、思いのほか、世の中にたくさんあるものです。
書く書面は違っても、私のように、いつまで経ってもうんうん唸りながら書面を書いている人もいれば、必要以上に悩まずに書ける人など、「取り組み方」のタイプは千差万別なのだと思います。

私は今回ポッポちゃんに会えて、自分の書面との向き合い方が、あながち間違いでもなく、悪くもないのかもしれない、と初めて思えました。

ブログも毎回うんうんうなりながら書いています。
なんだかんだ言って、唸りながら書くのが、自分は好きなのかもしれません。






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Commented by 間接証明 at 2017-06-04 22:52 x
私が間違っていました。

なお、自分は書類作成の際、必ず途中で寝て推敲します{調査→プロット→(睡眠)→構成→(睡眠)→細部、といった感じ}。切羽詰まっている場合などを除き、一度で書き上げることはまずないのですが、出来たらある程度のクオリティのものを一度で書き上げられるようになりたいです。
by terarinterarin | 2017-06-03 01:01 | Comments(1)

寺林智栄の弁護士としての日々や思いをつづります。


by terarinterarin