ヒトにはみんな、ワケがある。

小学校の高学年の頃、近所に住んでいる同級生の男の子の用心棒?みたいな役割を都合2年ばかりしていたことがありました(「北のバルサ」とでも呼んでください、冗談です)。

その子は、体は大きかったけれどあまり機敏なタチではなく、よくいじめられていました。いじめられるたびに私のところに泣きついてきたので、私が、いじめた子に対して、しょーがないなと思いながら文句をつけに行き、そこでまた一悶着ということが度々ありました。

当然のことながら、自分はその役割を進んで引き受けていたわけではなく、親同士が仲が良かったり、妹がその子の弟と同じクラスだったりした手前、無下にすることもできず、ズルズルとその役割を担い続けていたという感じでした。

ある日のことでした。
帰宅しようと学校の玄関を出ると、ちょうどその男の子が数名の男の子に囲まれて虐められている場面に遭遇してしまいました。
その子は私を見つけると、助けてくれと言わんばかりに私の陰に隠れてしまいました。
あんたたち、嫌がってるんだからやめなさいよ、ぐらいなことを言ったのではないかと思います。
そうしたところ、男の子たちは私に向かってきました。
登校時に雨が降っていた日で、私は傘を持っていました。
下校時には雨は上がっていました。
畳んでいる傘をブルンブルン振り回して応戦し、どうにか退散させて家に帰りました。
乱闘の結果、傘は曲がってしまいました。

家では、母が待っていました。
母は、男の子と喧嘩したくらいで私を叱るよう人間ではありませんでした。
しかし、さすがに凶器を使用したので、今回ばかりはかなり叱られるのではないかと、私は憂鬱な気分で家に入りました。
目ざとい母は、傘が曲がっていることにすぐに気づきました。
私に、何があったのだと尋ねました。
私は、帰り道で起こったことをそのまま説明しました。
話している間、母は黙って聞いていました。
そして、話し終わった後、ひとつだけ私に質問しました。

自分から手を出さなかっただろうね。

私は、出してない、とはっきり答えました。すると、母はこう言いました。

よくやった。
傘は買ってあげるから。

母は、私をひとつも怒りませんでした。正当防衛の成立を認めてくれたのでした(相当性の判断に問題があるかもしれません)。

こんなこともありました。
夏休みになる前の日のことです。クラスで教室の大掃除をしていました。
例の男の子が泣きながら私のところにやってきました。
私が使っているモップをよこせと言っています。
いつもの連中にいじめられたので、仕返しをする、だからモップをよこせ、そう言うのです。
私は、やめろと言いました。余計いじめられるのが、目に見えていたからです。
しかし、その子は意固地になって言うことを聞いてくれませんでした。
貸せ、やめろ、貸せ、やめろとモップの奪い合いになりました。
そのうち、私は勢い余って、モップの枝で、その子の頭を一回ポカッと叩いてしまいました。途端にその子は、さらに激しく泣き出してしまいました。

しまった、と思いました。
自分自身が暴力を振るって泣かせてしまった。
ショックでした。オロオロしてしまいました。
なすすべなくボンヤリしていました。
すると、担任の先生がやってきました。当時40代の男の先生でした。
ちょっとおいで、と教室の隅に連れていかれました。

お前の気持ちはわかるよ。
だけど、叩いちゃったのは良くないから、それは謝らないといけないよ。

先生は私に優しくそう言いました。
怒られると思っていた私は、びっくりしました。
そして、そのとおりだな、と思いました。
私は、その子に謝りに行きました。その子はまだ泣いていましたが、私を許してくれました。

事件が起こった時、先生は近くにいませんでした。周りで見ていた子が見たままを先生に報告してくれたようでした。
信用できる目撃証言のおかげで、私は不当な処罰を免れることができました。

したことを見れば、私はただの暴れん坊、暴力娘でしかありません。

運が悪ければ、先生に粗暴な子と目をつけられて何かと悪い評価をされたり、ともえちゃんはすぐに暴力振るうから、近づかないほうがいいわよ、なんて噂を立てられていたことでしょう。
友達もいなくなり、大人も信用できなくなり、悪循環に陥って今とは全然違う人生を歩んでいたかもしれない。そう思うこともあります。

ですが、ラッキーなことに、私の周りには、結果だけを見ずに、背景にどんな事情があったのかに目を向けてくれたり、こちらの言い分を聞いてくれる大人がいました。
おかげで?私は卑屈になることもなく、ここまでなんとか生きてくることができました。

芸能人の誰それに不倫疑惑、となると、最近は、やれ「ゲス不倫」と騒ぎ立て、当の本人が二度と人前に出てこれなくなるような扱いをされたりします。
夫婦間の暴力も同じです。一発の拳が「DV」とされて、高額な慰謝料を請求されることもあったりします。

しかし、例えば、日常的に夫からひどい暴言や暴力を受けていた人が他の人に惹かれて交際したとして、それはそんなに非難されることなんでしょうか(こういう場合、不貞の証拠はあるのに、夫の暴言暴力の証拠は希薄という悔しい状況も結構あったりしますが)。
日頃からヒステリックに夫を責め立ててきた妻に対して限界を超えた夫が一発殴ってしまうことが、高額の慰謝料を払う原因になったりするのでしょうか。

強姦(法改正で強制性交等罪になりましたが)や強制わいせつに問われるもののの中にも、知り合いや恋人同士のトラブルに端を発しており、このような重大罪名に問われること自体に疑問を感じるものも少なくありません。

前面に出てくるワードのインパクトだけで、したことを責め立てられ、その人の言い分というものが無視されることがここ最近急激に増えたなあ、自分はいいときに子供時代を送ったもんだなあ、とつくづく思います。

今の自分が、そういう依頼者の「事情」に細心の注意を払って汲み取れているとは到底言えません。
ですが、自分は、弁護士という仕事をするにあたって、私を頭ごなしに叱らなかった母や先生が持っていたある種の大らかさみたいなものを、忘れずにいたいな、と、最近なんとなく思ったりするのでした。

注)このブログも私の母も暴力を推奨するものではありませんので、誤解のないようお願いいたします(私も母も平和主義者です)。






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by terarinterarin | 2017-06-28 00:19 | Comments(0)

寺林智栄の弁護士としての日々や思いをつづります。


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