弱った時に見えたこと。

新年あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。

さて、年末に復活宣言をしたので、せっかくですから、休んでいた最中に見えたこと、考えたことを書いていきたいと思います。

私は、今も疾患が治っているわけではありません。従来の持病の悪化は、根気強く付き合うことが必要になってしまいました。
それでも、医師に診断や治療、投薬してもらってコントロールして、弁護士業務をこなしている状況です。

私は、もともと体が丈夫ではありませんし、父も母も40代の頃から病院の世話になりながら、日々の生活を維持してきました。
今回のことは、父や母の目から見てもそれなりに大変そうに写ってはいるようですが、無理さえしなければ、なんとかやっていけそうな感じだと思っているようです。

私自身、体調最悪の時期(6から9月)の時ですら、一生こうなわけではないだろうし、あらかじめ決まっていたスケジュールはキャンセルせずにこなしていました。
つまり、薬さえ飲んで、休める時に休んでさえいれば、普通に働ける、そういう意識でいました。会務などは、お引き取りいただいたものもいくつかあり、申し訳なく思っていますが。

しかし、世の中には、薬で体をコントロールしながら生活していること自体を見下してバカにしている人がいるのだとわかりました。

そんな変な薬必要ない、とあからさまに言われましたし、喘息に加えひどい鼻炎で呼吸が苦しい時に、鼻なんてすすっちゃえばいいのにさと言われたことまでありました(注:鼻をすするとそれが気管に落ちて気管支を刺激し、咳や喘息発作の元になるのでご法度とされています)。
ひどい冷房で私がその場で体調が悪化しているのを知りながら、無視されたこともありました。

どんな理由であれ、弱い部分が外部にさらされている人間は、見下される立場にあるのだということを身にしみて感じました。

見下している方には見下している意識はないと思います。
私は、人前では、体調が悪い様子はあまり見せないようにしていました。それでも、この始末でした。

弱い部分があるのはその人間のせい。だから自分で帳尻合わせたり、工夫して普通の丈夫な人間に合わせろというのが、基本的には今の日本の社会なのだとつくづく感じました。

自分も元気な時は弱っている依頼者に、無意識のうちに同じように感じさせる対応をしていたんだろうなと思ったりもしました。
解任されてせいせいしたケースもなかったわけではありませんが、傷つけたことはあっただろうと思います。

もし今であれば、ひょっとすると違う対応ができるかもしれないな、と思いました。

そして、自分は障害者の刑事弁護とか、刑事裁判後の支援とか、恐ろしくてできないなと思いました。
知的障害などがある被疑者被告人に対して、知らないうちに彼らができない何かを押し付け、善行を行ったような気分になってしまうことが、された側を体験すると、ひどく怖くなるのです。

人は人の気持ちなんてわからない。
だから、本来的にはそれは自分で抱えて生きていくしかない。
弱い人間は、いざとなったら逃げる場所を探して、嵐が去るまでその場にいるのが最良の方法です。
逃げるのは悪いことでもなんでもない。
逃げるのがベストなことが多々あるのだと思わされたのは、今回が初めてでした。

弁護士は、誰かに何かを教え説くわけでもないのに、先生、先生と言われていい気になって、とかく、気づかぬうちに上から目線になりがちです。

自慢じゃありませんが、私は、先生と呼ばれることは少ない弁護士です。
本来的な弱さがにじみ出てるからなんでしょうか。

依頼で来る方は、なんらかの問題を抱えていて、人より自分が劣っている、こんなことで悩むなんて弱い自分だと思っていたりすることが少なくないものです。

依頼者に寄り添うという言葉は、私は大嫌いです。
十分にコミュニケーションを取れているかどうかもわからないのに、寄り添えているはずなんかないからです。

でも、今回の体調大崩し事件を通して、少しでも相談者や依頼者の弱い部分が自分の中に、ジワンと入って来る機会が増えるなら、それはそれで体調を崩した甲斐もあったかもしれないと思います。

事件をやっていても、健康な人ほど人の気持ちがわからず残酷だとよく思います。

なってしまったものはしかたないので、こうなったことをこれからの自分に役立てなければ意味がないな…

そんなことをよく考えていました。

今年がみなさんにとって、良き年でありますように。

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by terarinterarin | 2018-01-02 16:47

寺林智栄の弁護士としての日々や思いをつづります。


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