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本日、ついに事務所用物件の鍵を仲介業者さんからいただきました。

お願いしていたのは自宅近くの仲介業者さんだったのですが、担当のお兄さん(といっても30代後半)、煮え切らず、ワガママな私に、本当に本当に根気強く、かつ親身にスピーディーに対応してくださいました。

実は、今回決まった物件、目星をつけて空きを確認したところ、タッチの差で申込がされたという情報が一度流れてきました。
かなり気に入った物件だったので、この時は正直なところかなり落ち込んで徒労感を覚えました。

が、ここでお兄さまは諦めませんでした。
かなり戸数が多いマンションの一室だったので、管理会社が複数入っている。情報が錯綜しているかもしれないと言って、お兄さんは再確認してくれたのです。
そうしたところ、申し込みたいなあという話があっただけで、用紙はまだ提出されていないという事実が判明しました。
間隙を縫って即効申込書をFAXし、見事ゲットしたといういきさつがあります。

その苦労して手に入れた(苦労したのは実際はお兄さんですが)物件の鍵をいただいて、今日はなんだかジーン。
お兄さんには、ほんのお礼にチョコレートの詰め合わせをお渡しして帰ってきた次第です。それくらい、本当に良くしていただきました。

週が明けたら、事務所物件に行って、まずは現況確認。そして、備品(というか家財道具)としてどの程度サイズのものを入れられるか、とか、カーテンやブラインドのサイズなどを最終確認するのに、色々と部屋の中をメジャーで測ってくる予定です。

さて独立準備はほかにもあり、のろのろと徐々に進めているところであります。
昨日はパソコンを買いました。
偶然にもモデルチェンジ時期だったらしく、意外にハイスペックなパソコンを格安で手に入れることができました。
他店からの取り寄せになるので、実際に手に入るのは月曜日になります。
そうしたら、PCをセットアプして、まずは住所録のソフトと会計ソフトを入れる予定です。

私は今まで事務局に恵まれていて、特に名古屋時代の事務局さんは、私の苦手なことは全てできるんではないかと思いたくなる神のような存在でした。
年賀状や挨拶状のたぐいは、名刺をお渡しして、私が文言を考えれば、あっという間に出来上がり。
ものぐさな私のはずなのに、ちゃんと元旦に到着するように年賀状ができているミラクルな3年間でした。

今は、元旦あたりにどうしようもなくなり、1枚ゴージャスな年賀状を作ってフェイスブックにアップして終了という暴挙にでています。
がしかし、これももう笑って済ませる場合でもないので、住所録及び年賀状ソフトを買った次第です。

例えが古いですが、ハクション大魔王並みに、テラバヤシは数字が大の苦手です。
現在は今の事務所の事務局がやってくれてますが、税理士にお願いするほどの甲斐性もなく、帳簿の知識もそろそろ入れないと(遅いだろ)いうことで、一念発起して「弥生の青色申告」を買いました。

今迷っているのが、ホームページどうするかという問題です。
作るのが大前提として、外注はかなり高額。
自分でやるか?私にできるか?
それともブログをホームページ的にして、お茶を濁すか?
ちゃんとしたホームページを作るとして、どんなソフトがいいんだろう?
「サルでもできるホームページ作成」みたいな本があれば、いいんだけど…

独立ネタはフェイスブックにも時折投稿していて、そうすると、同業の先輩や友人知人が、いろいろな助言をしてくれます。
それらを読んでいて思うのは、独立の仕方って人の数だけあるんだな、弁護士の個性が表れるんだなということです。

そんなわけで、テラバヤシは当初の予定通り、テラバヤシらしさがあふれる?事務所を作るべく、のろのろやっていきたいと思います(のろのろする時間もなくなってきましたが)。

to be continued...


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by terarinterarin | 2014-08-30 17:07 | Comments(0)
すっかりご無沙汰しております。

以前このブログでも書いた炎の3日間研修も終了し、現在、故郷の札幌で夏休み中の寺林でございます。
27日午前の便で東京に戻り、執務再開いたします(とはいえ、最低限の事務連絡等には対応しております)。

タイトルにも書いた通り、独立することとなりました。
FBではもうご報告済みですが、友人知人以外の方にもそろそろお話ししてもいいころと思って、ブログに投稿することにしました。

独立しようと決めたのは、実は1か月ほど前のことでした。
きっかけになったのは、6月下旬に体調を崩したことでしょうか。

食事ができない=食事を作る必要がない=後片付けをする必要もない⇒すこぶるヒマ
ということで、考える時間だけはたっぷりありました。
なんとなく、最近「自分らしい仕事」というのができていないなあと考え始め、1か月ほどああでもないこうでもないと考え続けた挙句、「自分らしい仕事をするには自分のハコが必要なんではないか」と思い、独立することにしました。

まだ公開は控えますが、以前から「独立するならこういう事務所の名前にしよう」と決めている事務所名がありました。
事務所のスタイルも、最初はこうしようと思うものがありました。
場所についても、できればこうしたいという考えがありました。

まずは、場所を決めてしまいたいと思って、独立しようと決めてから、いくつかの不動産屋さんに話を聞き、自分でもインターネットで調べ、最終的にはとある仲介業者さんの担当さんを頼りに、あちこち探しまわり、3週間ほど前に物件が決まりました。

物件を探すのと並行して、必要な備品がどれくらいあるのか、価格はどれくらいになるかということを下調べし始めました。
事務所のロゴもひと工夫したいと考えました。

こういうとき頼りになったのは、友人知人の存在です。
先に独立した同業のとある友人からは「初期費用は抑えたほうがいい」とアドバイスを受けました。
広告宣伝をその人がどうしたか、どういう不動産を選べばよいか、複合機はどのようなものを買ったかなどを教えてもらいました。
別の友人からは、「仮の名刺があったほうがいい」とアドバイスをもらいました。このアドバイスのおかげで、自分が口座を持っている銀行で経費口座を開くことができました。

事務所のロゴづくりには、アーティスト活動をしている親友が惜しみない協力をしてくれました。
わがままな私の細かい注文に辛抱強く付き合ってくれて、様々なタイプのイラストを描いてくれました(今、最終候補2つのうちどちらにするかで迷っている最中です)。

その他にも、アレルギー持ちの私のために空気清浄機を譲ってくれるという友人、電子レンジをプレゼントしてくれるという元のボス、「事務所開いたらお祝いに行くね」と言ってくれる友達などなどがいます。

多くの弁護士にとって独立というのは、弁護士生活で1回こっきりのもので(もちろん再独立ということもあるでしょうが)、今の私にとっては、独立にとっての全ての段取りが初体験です。
特にずぼらで細かいことが苦手な私にとっては、頭が痛くなることも多いですし、果たして独立して無事にやっていけるのか、心配でもあります。

独立というのは、「ああしよう、こうしよう」という夢を描けるイベントである一方、孤独な感情に陥りやすいものでもあります(複数で事務所を立ち上げる皆さんはまた違うのでしょうか?)。

そんななか、あれやこれやと世話を焼いてくれる?友人知人の存在は、月並みではあるけれど、「まあ、なんとかなるかもしれないなあ」などと気を楽にしてくれるものでもあります。

そして、先人たちのアドバイスは、やはりそれなりの根拠を持っているものなので、素直に聞いて損はないと、改めて思うのであります。

自分は決して要領が良くないほうですし、9月は出張や研修など、都内にいない日もいくらかあるので、焦ってことを仕損じないように、少しゆっくり目に準備を進めていけたらな、と思っています。

まずは、そろそろ、事務所用のPCと執務用のテーブルを用意したいところです。

今後も、独立ネタ、随時発信していきます。




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by terarinterarin | 2014-08-25 22:30 | Comments(2)

最初の友達について

「人生で一番最初の友達」と言われたら、私が思い出すのは、幼稚園の時に同じクラスにいた男の子です(Sくん、としておきます)。

無口でおとなしくて、いつも微笑んでいるような表情をしている男の子でした。
話す声が「みつばちマーヤの冒険」というアニメに出てくる、ウィリーという男の子のハチにそっくりだったのは覚えているのですが、でも、彼とどんな話をしたのかは思い出せません。
思い出すのは、幼稚園から家に帰るとき、その子と私と、その子のお母さんとうちの母と、いつも一緒だったということでした。

「Sちゃんは、自閉症なんだよ」
あるとき、家で母にそう言われたことがありました。
Sくんのお母さんが、母にそう話したんだそうです。

まだ5歳だった私は、その言葉の意味が理解できませんでした。
母としては、「お話がうまくできないけど、からかったりしちゃだめだよ」と伝えたかったようなのですが、私には「じへいしょう」という言葉だけが耳に残り、Sくんが自分や他の子とは、何か違うんだろうかということが気になりました。

それで、ある日、私は幼稚園でじーっとSくんを観察したことがありました(今にして思えば子供ってひどいことしますよねえ)。
そして、出た結論は「Sくんはふつうだ」ということでした。
確かに、ちょっととろかったり、お話しするのが苦手かもしれないけど、だからって別に…というのが正直な感想でした。

もちろん、自閉症というのは誤診だったかもしれませんし、ウン十年も前の話なので、現在の基準では、彼は自閉症にあたらないかもしれません。
5歳の私の観察眼が足りていなかったというのもあるでしょう。

でも、私にとっては彼は普通の子で、その後も小学校1年生で転校するまで、付き合いを続けたのでした。

弁護士になって、法テラスに入って、刑事事件をいろいろ担当していく中で、知的障害の方や発達障害の方にも相当数お会いしてきました。
そのほとんどの方が、周りの理解がなく、適切な支援も受けられず、孤独に陥って、そうするより他になすすべがない、という状況に置かれていたように私には思えました。
こういう方たちの事件を担当するたびに、私は、Sくんのことを思い出しました。
彼のお母さんは、明るくて優しい女性でした。
今でもそういう人がそばにいて、彼は無事にやれているんだろうか、今どうしているんだろうかと、とてもとても気になりました。

昨夜、NHKで東田直樹さんという自閉症の方の特集をしていました。東田さんが中学生の時に書いた「自閉症の自分」に関する本が英訳されて、今、世界で注目されているとのこと。東田さんは渡米して、講演も行いました(彼にとってはとてもとても大変なことだったようです)。
その講演を聞きに来た自閉症の子を抱える親たちは、「初めて子供の心の声を聞いた気がした」と口々に話していました。

私は、Sくんがどんなことを考えて何をしたかったのか、理解してはいなかったでしょう。気づかないうちに彼を傷つける言葉を発していたかもしれません。
今まで、事件で担当した皆さんのことも、ちゃんと理解できたなんて思ったことはありません。
もしかすると、ただ押し付けるだけの解決をしてしまったんじゃないだろうか。
そんな風に思うことばかりです。

今、知的障害や発達障害がある人の刑事事件では、「寄り添い」「専門性」という観点から、研修を受けた弁護士による国選事件の名簿制が導入されたり、社会福祉士や施設と連携する動きが、全国的に盛んになっています。捜査機関側が施設や社会福祉士と連携している地域も少なくありません。

もちろん、知的な問題や発達上の問題を抱える人がやみくもに刑務所に行かねばならないという事態は絶対的に悪であり、こういう試みの必要性自体に特に異論はありません。

でも、私は、こういう流れに、ちょっとした怖さを感じています。
その人たちの心の声をきちんと聞くなんて、並大抵のことではできません。
専門の弁護士が対応して社会福祉士も協力してくれた解決なんだから、それでOKなんだという押し付けになりはしないだろうか、と気になります。
そういう解決をされたその人たちは、本当はどんな風に思うんだろう?ということが気になってしまいます。

私の課題はさしあたり、東田さんが書かれた本を読むことなのでしょう(売り切れになってそうですね)。
そして、ウン十年前にさかのぼって、Sくんが当時考えていたことを想像してみることから始めるしかなさそうです。



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by terarinterarin | 2014-08-17 18:52 | Comments(0)
最近、自分の暴露話で2回ほどブログを引っ張るという、ネタがない苦しい展開になっていました。
が、今回は、ちょっとまじめな話をしようかな、と思います。
慣れないことをやるので、どこかで破綻するかもしれません。

最近、人が亡くなる大きな事件が起きるたびに、日本が「吊し上げ国家」になってきたなあ、とつくづく感じます。
しかも、その吊し上げが人を死なせてしまった本人だけでなく、その家族にも矛先が向くという、そんな感じです。

例えば、犯人の「そんなこと関係ないじゃん」という過去をえぐりだして、無理やり事件に結び付けたり、悪辣な人格の表象みたいな表現をしたり。
インターネットでは、事件の報道を読んだ人(最後まで読んでいるかどうかは不明ですが)が、「死ねばいいのに」くらいでは収まりきらない罵詈雑言を浴びせたり(知らない人に対してよくそこまで書けるもんだ)。

事件直後に混乱しているだろう親兄弟をワイドショーのリポーターが訪ねていって、無理やり謝罪の言葉を言わせたり(世間向けにお詫びなんて言わせてどうするわけ?)。
何か大きな事件が起きると、ヒステリックな恐怖心がどどーんと高まって、「一億総被害者」みたいな雰囲気をマスメディアは煽るし、そんな気持ちになっちゃう人もどんどん増えてきてしまっている、そんな気がする今日この頃です(いや、気づくの遅いと突っ込まないでください)。

もちろん、被害者の遺族の皆さんや親しかった皆さんが、激烈な怒りを持つのは当たり前の話です。
が、世間がそこに乗っかるようにして大騒ぎするのってどうなんでしょう。

そして、私たち弁護士というのは、こういう大きな事件が起きれば、「さて、弁護人の派遣」とか「さて、ご遺族の方はサポートがついているのか」などと一歩引いた目で事件を見るのが普通だと思うのですが、周りを見ていると、「ヒステリー」に乗っかっちゃうタイプの人もいたりするんですよね。
それもどうなのか、と思う。

こういう事件が起きるたびに思い出すのが、母から聞いた、母が子供のころの出来事です。

母は、とある田舎町の出身です。
あるとき、近所の家の方が事件を起こして人を死なせてしまったことがあったんだそうです。
母は、その家の娘と同じクラス。
祖母(母の母)は、その家のお母様と親しくしていたらしい。

娘は、学校に普通に出てきて、普通に生活していた(内心は普通じゃなかったでしょうが)。
母も、他の友達も、「この子が事件起こしたわけでもないし」とそれまで通り普通に付き合っていた。
近所の人が大騒ぎしたり、嫌がらせしたという話も聞いたことがなかった。
祖母も近所の人も、お店をしていたその家にそれまで通りに通っていた。

その家族は、事件の後もその田舎町で近所の人に囲まれながら、普通に暮らし続けたそうです。

もちろん、マスメディアなんて今みたいに発達していません。
しかし、田舎町ですから、「村八分」みたいな現象が起きやすいといえば起きやすい。
そうであるにもかかわらず、この寛容さ。
自分たちには糾弾する権利なんてないということを、周囲の人間がわかっていた大人の町だったんだなあと、しみじみ思ったものです。

関係ない人間がヒステリックに犯人やその家族を糾弾したって、事件がなかったことになるわけでも、「そういう犯人が出てくる世の中」が変わるわけでも何でもない。
だったら、単なる傍観者の立場にしかいない人間は、冷静に事件の解決を眺めるしかないんじゃないかと思うんですが、どうなんでしょうか?
ちょっと近いところにいる人も、しょうもない情報や画像流すようなマネはやめたらどうかと思うんですが、どうなんでしょうかね。
傍観者には評価をする権利はあるけど、糾弾する権利はないんですから。






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by terarinterarin | 2014-08-09 02:17 | Comments(0)
本日自宅に引きこもっております。
仕上げなければいけない起案が1つあるのですが、そんなもののために週末事務所に行くのもおっくうで、仕事を自宅に持ち帰っております。
が、布団干すのに外にちらっと出ただけでグロッキーになり、起案せずに今に至っております…

さて、だらだらと過ごす週末(オノレの場合はウィークデーも同じだろうがと突っ込まれそうですが)、何の気もなくFBを眺めておりますと、「ももいろクローバーZ」に関する書き込みが、わりによく目に飛び込んでまいります。

私のFB上の友人は、同業者が圧倒的多数を占めています。
ももクロについて書いているのは、1名を除いて(1名は弁護士会の職員の方です。そう、心当たりがあるあなたです。いやしかし、最近書いてないですね~)、男性同業者なのであります。あの人でしょ、この人でしょ…と考えていくと総勢で5~6名くらいでしょうか。

そして、そのうちの多数派は、おそらく「Z」がなかったころ、つまり早見あかりちゃんがいたころからのファンではないかと思われます(紅白に初出場した際の、FB上での反応で、そのように感じました)。

一方、不思議なことに、FB上の友人の中で、今や日本の大国民的アイドルたるAKB48(各グループ含む)のファンであることをカミングアウトし、FBで語る、という人は誰もいません。

確かに、ももクロさん、飛ぶ鳥を落とす勢いの人気ですが、世間一般的には、まだまだAKB強しといえる状況なんではないかと。
そして、FB上の私の友人の偏った職業バランスから考えると、たとえ、コアにももクロについて語る方が5~6名だとしても、一応、こんな仮説が成り立つのではないかと思うのです。

「男性弁護士には、相対的に、AKB48のファンより、ももクロのファンが多い。」

そして、この仮説、弁護士の職業的なサガとも関係あるのではないか…そんな風に思うのであります。

例えば、刑事弁護。
「悪人」「更生可能性がない」「反省していない」「真剣に謝罪していない」なんて、罵倒される被疑者被告人の利益を守るのは、弁護士の仕事です。

例えば、ヘイトスピーチ。
「表現の自由」を盾にとって、学校の周りで拡声器やミュージックバスでがなり立て、時には器物まで壊しちゃう団体の皆様から、差別の対象になっている幼い子供たちの利益を守るのは、弁護士の仕事です。

「水際作戦」をとる行政と喧嘩して、ホームレスだった人を連れて生活保護の受給手続に行き、時には職員と喧嘩するのも弁護士の仕事です。

もちろん、弁護士がみんなこういう仕事をしているわけではありません。
しかし、人権擁護は、弁護士全体の使命とされているのです。こんなに爆発的に同業者人口が増えた昨今においても、その精神を胸に秘めている弁護士は、今でもたくさんいるはずです(そう信じたい)。
そして、そうであれば、先ほど挙げた仕事を行うのは、ある種弁護士として当たり前、という感覚を持っている同業者も、決して少なくないはずだ、と思うのであります(そう信じたい)。

つまり、弁護士というのは、王道ど真ん中を堂々と胸張って歩いている人よりは、そうではない、日陰を歩かざるを得ない人、日陰に追いやられた人、いつの日か私も幸せになりたいと願う人、そういう人に自然と目が向いてしまう、そんなサガを持っているのではないか、と思うのです。

別に、ももクロが「日陰」にいた人、などと言いたいわけではありません。

しかし、ももクロさんは、AKBよりは後発で、そしてAKBが最初から「ハコ」を与えられて、秋元康の緻密なプロデュースのもと、爆発的にに人気を博してきた陰で(苦労してないなんて口が裂けても言う気はないですが)、路上ライブを繰り返し、精神的支柱の早見あかりちゃんを失い、いつの日か紅白に!!という夢のもと団結して、ちょっとずつちょっとずつ歩いてきた、という、まさに「ヤンキーだった少年が紆余曲折のもと更生した」というスピード感を体現しているグループなんではないか。

そして、そういう王道ではないぶきっちょなやり方で、若い女の子たちが懸命に頑張ってきた、その姿に、「非王道DNA」を有する男性弁護士はくすぐられているのではないか。

そんな気がして仕方ないのです。

ちなみに私は、ももクロの曲では「サラバ、愛しき悲しみたちよ」が大好きです。
ただ、「非王道DNA」を持っていると自負する私でも、男性弁護士のように熱心に語ろうという気にはなりません。

それは、私が一応女子、だからでしょう。
女子としては、「アイドル」と名乗る以上、もう少し美しさや華やかさが欲しい。
ももクロには、それが足りんかな。
女性は、どんなものにも美しさを求めるものなのです。







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by terarinterarin | 2014-08-02 18:06 | Comments(1)

寺林智栄の弁護士としての日々や思いをつづります。


by terarinterarin