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1年経って思うこと。

どうも有名らしいテラバヤシです。

FBで繋がっていないみなさんはナンノコッチャと思っているかもしれません。
最近、初対面の同業者から度々「有名なテラバヤシさんですね」とか言われるようになり、FBにその旨投稿したところ、「あなたは有名だ」「いずれ朝ドラになる」などという反応があり、すっかりその気になっている今日この頃なのです。

10月22日に、ともえ法律事務所は1周年を迎えました。
開業前は、「ダメだったら実家に帰ろう」くらいな気持ちでいて、果たして1年もつのだろうかと半信半疑でした。
1年経ってみて思ったのは、「こんなちっちゃい事務所でも1年くらいはもつもんだ」ということでした。
いや、もうジリ貧でこの先もちようがありません、ということではなく、なんとかもうしばらくは?、弁護士としてこのままお仕事させてもらえそうだという感慨が含まれているわけなのですが。

とりたてて前向きな人間ではありませんが、かといって自分の足跡を振り返るということもほとんどやらない人間です(要は、刹那的にその日暮らしをしている、ということでしょうか)。
が、1年前から今日までを思い返してみると、思うところが種々様々あったりします。

ちょうど開業して1ヶ月くらいたった頃のことでした。
日弁連のとある会合で大阪に行った時のことです。
他の単位会所属の先生と名刺交換して、最近開業したばかりなんですよ、コストを抑えてSOHO可のマンションで始めたんです、なんて話をしたところ、
「企業の方、マンションだと嫌がりません?」
と言われました。

びっくりしました。自分にはこういう感覚は、まるでなかったので。
というか、東京やその近辺で一人で独立しようと思ったら、マンションやレンタルオフィスを使うというのは、割に普通に選択肢に入ってくる方法です。
実際、私の知人の弁護士で独立に際してマンションやレンタルオフィスを事務所に選んだ人は何人もいます。

そして、マンションを事務所にしている弁護士のところに来るのを嫌がるような素晴らしい企業のお客様を抱えて「ひとりで」独立するということは、かなりレアなケースではないかと思われるからです。

正直、この言葉を聞いた時、「弁護士」の仕事やあり方に対する感覚は、東京やその周辺、一部大都市とそれ以外の地域で随分違うし、どういう風に事務所を切り盛りしていくかという感覚に関しても、かなりな温度差があるなと感じました。

実は、テラバヤシの前所属の琥珀法律事務所も、入所当時は、SOHO可のマンションが事務所になっていました(今では弁護士法人になり事務所もビルに移りましたが)。
代表の川浪さんとは以前から知り合いだったのですが、彼はよく私に「マンションの法律事務所っていうのは個人の方は逆に来やすいらしいんですよ」とかつて話していました。マンションに入っていくのを知り合いに見られても、弁護士のところに行ったなどと噂を立てられにくいから、ということのようです。

この言葉は、私の中にずっと残っていて、それもあって独立に際してマンションを選択することにつながりました。

事務所をマンションの一室にしたのは個人的には大正解だったと思っています。
それは単にコストを抑えられるからということではありません。
オーナーさんにいろいろ個別にお願いできるから、ということでもありません。
こと個人の相談者、依頼者の方を念頭に置いた時、緊張感を和らげることができるということがあげられます。

借りたマンションの内装をどうするかということにもよりますが、マンション事務所には、基本的に居住空間的要素が強く残ることになります。
なので、たぶん来た人にとってみれば、オフィスオフィスしているところよりは、リラックスした気持ちになれる可能性が若干ながら高いのではないかと思うのです。

実際、弁護士として相談受けているテラバヤシはどうかといいますと、かなりリラックスしてお話を伺う体勢に入れているように思います。
そういう意味でいうと、マンション事務所というのはまず弁護士自身にとっていいのかもしれない。
自分が緊張でガッチガチだったら、相談しにきた人は余計に緊張しちゃうでしょうから…

元々独立する時には、リラックスした環境で気軽に話ができる事務所にできればいいなと思っていましたし、念頭に置いていたのは、「困っている人」でした(注 企業の方お断りの趣旨ではありません、念のため!!)。
マンション事務所というのは、テラバヤシの事務所コンセプトにマッチしていたのかもしれないと思います。

元々堅苦しいのが苦手な人間なので、最近は裁判所に行かない時には、ジャケット不着用の比較的カジュアルな格好で事務所に出ることも少なくありません。
居住空間的マンション事務所にがっつりスーツ着て相談に乗るというのも、ミスマッチでおかしな感じでしょうから、ま、いいかと思っていますが。
だらしない格好、不快な思いをさせる格好にだけはならないよう配慮して、お客様をお待ちしています。

どういう顧客を抱えて独立するのか、どういう事件をしていくことを念頭に置いているのか(弁護士経験数年を経て独立する場合には、独立したからといって仕事の傾向が180度変わるということはあまりなく、それまでの顧客傾向をある程度踏襲することになるでしょう)によると思いますが、マンションを事務所にするのは、ありです。

恥ずかしいことでもなんでもありません。

ていうかね、二重事務所の禁止とか架空オフィスにしないとか、そういう最低限のルールさえ守っていれば、弁護士の仕事をしたり、独立したりするのに、ああじゃなきゃいけない、こうじゃなきゃいけないなんてことはないはずなのです。

人の自由を守るのが弁護士なんだから、なにより弁護士自身が自由であるべきだと、そう思うのであります(若干かっこよすぎて恥ずかしいのでこれで終わります)。









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by terarinterarin | 2015-10-25 22:39 | Comments(2)
本日はもう少しタイトになるはずだったのですが、思いのほかスムーズに仕事が済みました。
というわけで、久しぶり?の連投です。

ちょっと話題になっていた元少年Aの「存在の耐えられない透明さ」というサイトに行ってきました。
元少年Aがサイトを始めたと聞いたとき、「絶歌」について擁護した自分なので、一度この目で確認するべきだろうと思っていたのです。
今日は昼間、比較的長時間の移動があったため、その間に覗いてみた、という感じです。

期待外れのサイトでした。

そもそも何を期待していたのかという問題もありますが、最初に彼がサイトを始めたというニュースを見たとき、そこにアップされている画像がなかなかにグロテスクで気持ち悪いなどと書かれていたため、酒鬼薔薇事件や「絶歌」の中のネコ殺しの場面を彷彿とさせるような強烈な画像等々があるのかななどと思っておりました。
また、(個人的な評価としては)「絶歌」は1つの作品としてそれなりのクオリティを備えていたものだったので、このサイト自体、彼なりの明確な意図や目的が見えるものなのではないかと想像もしていました。

しかし、実際見てみると、そのどちらでもありませんでした。
内容は、最近読んだ本の感想文と自分のイラスト(かな?)を載せているという、ごくごく趣味の範疇のサイトです。
本の感想文は、このブログみたいに、いやそれ以上に長々しく、しかも改行があまりないという、極めて読みにくい、オタク魂全開のオーラが漂っています。
イラストの方は、決して見ていて爽快な気分になるものではなく、どちらかといえばアングラというかキモイ系のものです。が、絵としての完成度はあまり高くなく、個人的には嫌悪感を憶える域には全く達していませんでした(注:テラバヤシが職業的に色々見すぎて感覚がマヒしているだけかもしれませんが…)。

正直この程度の内容・クオリティのものであれば、ちょっとオタクなネット住民がわんさとやっているんじゃないかという印象です。
このサイトとは別に、アクセスしてきた人と直接対話するブロマガもあります。こちらのやり取りは、「絶歌」の余韻を引きずっている感じですが、特筆すべき何かがあるという印象ではありません。

法律家という立場でいえば、元少年Aとて一人の日本国民。表現の自由は当然保障されるわけで、サイトを始めて自己表現をすることが禁じられるわけではありません。
そして、テラバヤシは、「立場をわきまえた自粛」が正当な価値であるとは思っていません。
もちろん、被害者やその家族を今更ながら愚弄したり、事件を全く反省していないという趣旨の発言が出れば、別途、被害者の遺族の方から慰謝料請求等々することが考えられます。が、そんなものとは無縁な「趣味」のサイトをやったりブロマガすることに、ガーガーワーワー言われる筋合いは、いくら元少年Aでもないだろうとそう思います。

ただ、じゃあ、彼にとって、サイトとかブロマガとかをやったことは得策だったのか、と考えてみると、答は「NO」でしょう(別に非難するわけではなく、傍観者たる第三者としてそう思う、ということです)。

おそらく、彼は「絶歌」を出版したことによって、継続して世間との接点を持ちたいと思うようになったのではないかと思うのです。思いのほか出版に対する肯定的な意見もあったことから、「元少年A」として他人とコミュニケーションをとりたいと思ったのだと想像します。
むしろ、彼は、WEBの世界でしか「元少年A」という本来の?自分として生きていけないわけです。「元少年A」として発言し、「元少年A」に対して語りかける人に対して「元少年A」として答える。それは、リアルワールドの中では、ほぼ無理。少なくとも今の彼にとって、これをするためには、インターネットという方法しかないわけです。

しかし、はっきり言って(いや、このブログのレベルどうよと言われると身も蓋もありませんが)、あの程度のクオリティのものしか発信できないという点で、「元少年A」のある意味での神秘性は薄れてしまったでしょうし、「元少年A」としての発信に対して興味を持つ人も激減したのではないかと思います。
ブロマガは、かなり彼に肯定的な人ばかりが訪れていて、彼はそれに対して「元少年A」として誠実に対応しているけれど、そうすると、今後は、彼が「元少年A」を演じるという事態に至ることになるのではないかと。最終的には、WEBの世界ですら、自分自身として生きられないというジレンマに陥る危険性が高いのではないかと思うのです。

少年時に残虐で猟奇的な事件を起こしてしまったがために、その後の長い長い人生を刑務所という世間と隔絶された世界で過ごすことができなかった。
「世間」の中で生きなければならない以上、どんな生活を送っても、何をしても、彼が精神的に追い込まれる生活から逃れられることはないんだろうと思います。
が、個人的には、「絶歌」出した後は、完璧に引っ込んでしまった方が相対的にラクな暮らしができたんじゃないのかな、と思わずにいられません。
地雷を踏んだ「元少年A」は、この後どこに向かうのでしょうか…

<おまけ>
本日偶然に、2ちゃんねるで、テラバヤシのことが書かれているのを発見しました。
2ちゃんねるでは、法テラス関連の話題とか、それに付随した刑裁サイ太さんとのけんか?事件で取り上げられていたのですが…

あの~、仲直りしたからといって(というか、サイ太さんが非常に真摯にご質問くださったので、それに対応してお返ししただけなのですが)、「この際結婚したらどうか」はどうかなあ…

あと、「テラバヤシさんてパブリック上がりだよね」という書き込みもあって、ちょっと笑いました。
「パブリック上がり」の意味するところは、おそらく「公設事務所出身者」ということだと思いますが、テラバヤシ、公設事務所出身ではありません。
東京は八丁堀にある「東京ブライト法律事務所(旧 由岐・豊﨑・榎本法律事務所)というブル弁事務所?(ということにしておきます)の出身です。
つうか、パブリック色、薄いと思うよ、ワタシ。






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by terarinterarin | 2015-10-14 22:29 | Comments(0)
今回は、同業者向けとも一般の方向けともつかぬ投稿です。

「新興の大型法律事務所」というのは、いわゆる4大(最近は5大なのかな?縁がなさ過ぎて、もうよくわかりません。)ローファームや各地域で長い間かけて徐々に大きくなってきたある程度規模の大きい法律事務所でもなく、ここ10年くらいの債務整理ブームに乗って設立され、かつ急速に拡大してきた弁護士法人のことです。
少なくとも数十名の弁護士を雇用し、その中のいくつかは、全国あるいはいくつかの地域に支店を持っている、そんな事務所もあります。

ここまで書けば、同業者あるいは司法修習生なんかだと、特定の事務所がいくつか思い浮かぶんじゃないかと思います。
そう、あなたが思い浮かべているそれは、たぶんハズレではありません。

こういう事務所とか、こういう事務所に属する弁護士というのは、中堅も含めた古い弁護士からは、ある意味、偏見の目で、というか「斜めの視線で」見られることが多かった、いや、今でも多いのではないか、と思います。

それというのも、こういう「新興の大型法律事務所」の走りとなっていたいくつかの事務所では、債務整理事件に際して、弁護士に会うのは初回相談時の5分くらいで、その後は事務員としか話ができない、費用の積み立てを1回でも怠ればすぐに辞任、弁護士に会いたいと担当事務員に訴えたら途端に辞任、なんて話が、同業者間で次々流布され、「ベルトコンベアー式の機械的事件処理」しかしないというイメージがすっかり定着していましたから。
実際、テラバヤシも法テラス時代は、こういう事務所の弁護士が途中辞任してしまった事件を引き継いで、破産申立や過払請求などしたことが何回かあります。
弁護士の立場からすると、「前の先生が辞任した件」というのは依頼者・相談者のお人柄になにがしか問題があるのではないかと警戒することも少なくないのですが、私が受けたこのような件では、個人的な印象では、さして依頼者の方のお人柄が難しかったということはありませんでした。

さらにいえば、こういう事務所がやる債務整理の中には、申立時の債権調査などが「雑」「ざる」「財産隠しが疑われるケース」も相当程度見受けられたのでしょう。東京地裁では、ある特定の事務所の自己破産申立については、全件が管財事件として取り扱われているという話も聞こえてきたものでした。

他にも料金がトータルでとんでもなくお高くなるとある事務所のお噂も、何度か耳にしたことがあります。

おそらく、このような顧客対応や事件処理の悪さ、高すぎる費用というものが一般的なイメージとなり、同業者間での「新興大型法律事務所」に対する偏見めいたものにつながっているのかな、と思います。

確かにね、ごくたまに何かのタイミングでそういう新興大型法律事務所のホームページなんかを見ることがあって、費用なんかを眺めてみると、「うひょ。いい金とってますねえ」と思うことはあります。
が、自分がお手合わせしたり、友人がお手合わせした件の話を聞いたりする限りでは、事件処理とか依頼者対応(こちらはある程度想像になってしまうが)という点で見ると、きちんときれいにされている、という印象です(ただ、こういう中に私が引き継ぐ前の債務整理を担当していた事務所はなぜか含まれていない…)。
書面は読みやすいですし、示談交渉でむやみやたらと敵対心をあらわにすることもないし(注:もちろん依頼者の意向で一切の歩み寄りができないことはあります)、心的に余計なストレスをもたらされることは、あまりこれまでなかったように思います。

テラバヤシは、東京弁護士会や他の弁護士会で、裁判員裁判をはじめとする刑事事件の研修で講師をすることが年に何回かあります。
そういう研修にも非常に積極的に参加しています。
研修後に、この手の大型事務所の新人さんから事件相談を受けた時にも、国選の小さな事件だというのに、随分一生懸命やっているなあと感心しました。

事件処理の点なんかでいうと、むしろ、年長のベテラン弁護士の方が、やたら敵対心をあらわにしてきたり、当事者の主張を何のお化粧もせずにまんま書いているような準備書面を何通も出してきたり、「この事件でそれありか?」というようなアンビリーバブルな示談提案を「これが解決のために合理的」というスタンスでしてくることが多い印象です。
確かに、顧客満足ということを考えれば致し方ない面もあろうかとは思います。
が、一応「法」曹と呼ばれる私たちのこの仕事、法曹である前に社会人としてどうよという対応されるとか、法的な合理性・必要性が見受けられない書面を当然のように提出されたり、送られたりすると、その時の状況次第では、申し訳ないけど、「こんなんで何十年も弁護士やってこれたんだ~」なんて思ってしまったりします(注:自分のことは棚に上げます)。

新人研修なんかでも、「仕方ないから受けている」オーラを出しまくっているのは、むしろ新興大型事務所以外の弁護士の方に多かったりします。研修が終わると、飛び出すように会議室を出ていく姿を見ていると、ああ、この人にとっては「義務」研修でしかないんだなあ(どうして義務になっているのか考えてほしい)とか、事務所のボスがうるさいんだろうなあとか、考えてしまいます。

新興大型事務所さんの内部がどうなっているのかは知りません(ノルマとか結構厳しくて死にそうになっている弁護士も少なくないのかもしらん)。
依頼者・相談者とのトラブルがどれくらいあるのかも知りません。

が、少なくとも、こういう新興大型事務所の先生方、それなりに優秀な層が雇用され、内部である程度きっちり教育?されていることは間違いない。
だからこそ、「外れのない」対応が、みなさんできていらっしゃるのではないかと思うのです。

こんなこと言っちゃうと身も蓋もないかもしれませんが、弁護士にとって、大抵の事件は、「大当たり」の対応をする必要はなくて、むしろ「大外れ」の対応にならないためにはどうすればいいかを考える局面の方が、圧倒的に多いように思うのです。
そのラインを間違わず、かつ、たまに出くわす「難しい事件」(依頼者が難しい、相手方が難しい、理論的に難しいなどなど)については、事務所内に人員がある程度豊富にいるので、相談して対応していけば、こっちも大きなトラブルに発展する危険性は低くしていくことができる。
「外れのない対応」を全ての弁護士が継続して続けていくことによって、事務所のブランド力を高めていくことができるんだろうな、とそんな風に思うのです。

むしろ、誰からも批判や指示を受けない「お山の大将」化したベテラン弁護士の方が、アタリもハズレもわからなくなっていて、とんでも書面を出したり、意味の分かんない対応をしてくることが多いのでしょう。
そして、こういう弁護士に限って、新人や若手の教育なんて考えていない、自分の手足、雑用係になればいいとしか考えていない。
とんでも弁護士がとんでも弁護士を拡大再生産してしまう、そういうカオスになっていくんだろうなと、思うわけです。

そう考えると、何回か前に書いたけど、つくづく最初に入る事務所って、すごく大事だなと思います。
「お山の大将」弁護士のところに入っちゃうと、一番大切な時期にまともな感覚が身につかない。

そして、たとえ最初に入った事務所がまともなところだったとしても、おひとりさまになった後は、後天的にお山の大将になる可能性が増していくでしょう。
なんせ、お客の方しか見なくなっちゃいがちですから。
対個人の依頼者だと、ワタシ、弁護士「先生」になっちゃいますから。

そつのない対応はそれだけでしかないという人もいるかもしれません。
でも、「そつのない対応」が持続してできることは、この世界、かなりな強みであることもおそらく間違いない。
「○○法律事務所の先生だってさ」と鼻の孔広げて揶揄する前に、「そういう自分の事件処理や依頼者対応は大丈夫なんか」と立ち止まることって、つくづく忘れちゃならないよなあと改めて自戒する、体育の日の日没前なのでした。










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by terarinterarin | 2015-10-12 16:48 | Comments(0)

寺林智栄の弁護士としての日々や思いをつづります。


by terarinterarin