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大沢樹生が喜多嶋舞との間の子について親子関係不存在確認の訴えを起こしていた件で、親子関係を否定する判決が出たのは、多くの方がご存じのニュースと思います。
訴訟提起前に先立って大沢さんが行ったDNA鑑定でも親子関係は0%という結果が出たのだとか。

それを受けての調停申立→調停で合意できず(注 正確に言うと、当事者が大沢さんと子の間に親子関係がないこととその旨の審判をすることに合意する「合意に相当する審判」というものが喜多嶋さんの意向でできなかったということになりましょう)→訴訟提起→親子関係を否定する判決という流れだったと思うのですが、弁護士として不思議なことがひとつ。

それは、タイトルにあるとおり、なんでこの件、大沢さんが叩かれているのか?ということです(個人的には、訴訟にしたって結果は目に見えているんだから、どうして調停段階で喜多嶋さんがけりつけなかったのかなあと考えてしまいます。これ、同業者であれば色々考えちゃうところではないでしょうか。依頼者や相談者の中で結果が目に見えている中で、コストや時間がいたずらに費やされるにもかかわらず、出るであろう結果を認めようとしない方は少なくありませんので。まあ、それは今回はおいておきます)。

話題になったのは、ニュースキャスターの安藤裕子さん。「子どもにとっては切なすぎる。なんでそんなに親とか子とかきっちり決めなきゃいけないのか」などと、DNA鑑定をしたこと自体や調停や訴訟を起こしたことに対する批判とも受け取れるコメントをしていたようです。
さらに、本日、仕事に出る前に見ていた「アッコにおまかせ」では、男性対象の「もし子どもが自分の子でないことがわかったらどうするか」というアンケートの結果を発表。回答方法も回答した男性の抽出方法も全く明かされない怪しいものではありましたが、1位はなんと「墓場まで持っていく」で、確か3割超の人がこの意見だった気がします。

つまり。
子どもは自分のことを父親だと思い込んでいる。
本当の父親がだれなのかはわからない。
自分さえ何も知らなかったことにしておけば、万事うまくいくんだ。
よし、このことは俺が墓場まで持って行って、決して誰にも言うまい。
そういう「自己犠牲」「男のやせ我慢」「男は黙ってサッポロビール」みたいな気構えを良しとする人がなかなかに多かったということです。

「きもちわりー」と家の中で叫んでしまいました(私以外には誰もいない部屋です)。
これほどに、大沢さんの身に起こったことが「他人事」であり、かつ、夫婦関係や男女関係、家族関係に対する想像力が欠如している結論が相対的多数になっているというその現実がアンビリーバブルなのでした。

大沢さんが、子どもを自分の子じゃないんじゃないか、と現実的に感じ始めたのは、喜多嶋さんと離婚した後とのこと。
つまり、大沢さんと喜多嶋さんとの信頼関係はとっくのとうに失われている段階でした。
しかも結婚時に酔っぱらって喜多嶋さんが「あの子は別な男性の子どもだ」と吐いたこともあった。
子どもは離婚後、大沢さんが親権をとり、育てている。

大沢さんにしてみれば
・彼女は、別な男の子だと知っていながら、色んな思惑があって自分の子どもだということにした方が都合がいいから真実を告げずにそういうことにして、自分と結婚したのではないか?
・(離婚時に親権問題が生じなかったという仮定の下ですが)しかも、離婚の時に自分が育てるのが面倒だから、自分の子じゃないとわかっていながら体よく子供を押し付けようとして、まんまと俺がそれに乗っかっちゃたんじゃないのか?
などなどなどなど、「どうして自分がこんな目に遭っているのだ」という「心の中、嵐」になって当然なのです。
妻との間でラブラブ状態が継続している(あるいはそう思い込んでいる)状況で発覚した事実とはわけが違うのです。

さらに、他の男性が血縁上の父親だとすれば、本来認知によって、その男性が養育の負担を負うべきなのです。
他人が負うべき義務を何も知らない自分が半ば騙されて負わされてきた。
そう考えるのはちっともおかしくない。いや、当たり前のことです。

確かに、お子さんは非常に気の毒です。
今まで大沢さんのことを本当のお父さんだと思ってきたんですから。
本当の父親が誰かということも、知らされてこなかったのでしょう。
多感な年ごろのお子さんのようですので、精神的なダメージ、それが今後の生育に与える影響が心配されるところではあります。

しかし、だからといって、大沢さんに「お前が我慢しろよ」というのは、筋が違います。
大沢さんには、親子関係があるかどうかを調査し、血のつながりがないのであれば、それを否定してもらう権利があります。
その権利を使うか使わないかは、大沢さんが自分自身の判断で決めていいことなのです。
それが「個人を尊重する」ということだと思うのです。
親のために子が犠牲になってはいけないのと同じように、「子」のために親が犠牲になることも強いられてはいけないのです。

大沢さんとしては、血縁上の親子関係がないということを確定したうえで、やっぱりその子を自分の子として育てたい、その子も大沢さんの子として生きていきたい、ということであれば、養子縁組を改めて行うという手段だってとることができます。
一回関係を白紙に戻したうえで、双方今後どうしたいかを考えたうえで、採れる手段を採ればいいだけの話です。

「そんなの無駄じゃないか」という人もいるかもしれません。
しかし、本来の父親が認知すれば、戸籍上は、「血の繋がった」父親と養親としての大沢さんの名前が併記されることになるわけで、身分関係が正確に反映されることとなります。将来的なところでは「相続」という点からすると、その子にとっては、より利益が高い結果になる可能性もあります。
DNA鑑定の結果を受けて、それに見合った正しい結果に一度リセットすることは、今後の大沢さんとお子さんの関係、お子さんと真の父親との関係をどうしたらよいか考えるうえで、決して悪いことではないと、そう思うのであります。

子どもができた段階で本当のことを言わなかった喜多嶋さんにも非難が集まっています。
確かに、喜多嶋さんが子どもが大沢さんとの間の子だと100%確信していた…というのは、なかなか考えにくい状況であるように思います。
しかしだからといって、その段階で「あなたの子じゃないかもしれない」と告白すべきだったのかというと、やはり、その点はその時のお二人が置かれていた状況がわからないので、何とも言えません。
仮に、喜多嶋さんが純粋に大沢さんのことを愛していて、大沢さんとの結婚を心から望んでいたということであれば、それだけに告白しにくかったかもしれないなあなどと思ったりもします。

ただ、せめて離婚するとき、あるいは、DNA鑑定の結果が出たときに、きちんと認めてご自身の口から大沢さんやお子さんにお話ししていたら、お子さんや大沢さんの苦しい思いは軽減されていたかもしれないと思います。
(本当の父親がだれかわからないという華やかな?生活を送っていたのであれば、そのような説明もかなわないかもしれませんが…)

とにかく、テラバヤシが言いたいことはただひとつ。
男女のこと、家族のことは、男女の数、家族の数だけ事情があります。
具体的な事情についてまで想像が及ばないのは当たり前の話ですが、ある程度年齢を経たいい大人だったら「まあ、色々あるよな」ってことくらい、わかるでしょ。
にもかかわらず、大して物も考えず、「これがあるべき姿」「これが美しい姿」みたいなものを勝手に作り上げて、それにそぐわない行動している人間を派手にたたくってのは、本当に気持ち悪い。

なんだか最近「叩く対象」的なものがニュースに浮上してくると、同じ方向性からやみくもに叩く風潮がすごく強い気がする、この国。
弱い者いじめすることでしかストレス解消できない閉塞感が、それだけ蔓延しているということなのでしょうか。



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by terarinterarin | 2015-11-22 22:36 | Comments(3)
司法書士法人新宿事務所がやっちゃいました。
と言ったら怒られるんでしょうか、委任状偽造問題。

新宿事務所の債務整理については、様々事件性がありそうな問題がささやかれており、同業者や司法書士の先生方の間でも、今頃来ましたか、なんて思った方が少なくなかったかもしれません。

債務整理を大規模にやろうとする法律事務所、司法書士事務所というのは、過払金が返ってくる、家族に内緒でできる、を必ずと言っていいほど謳い文句にしています(法律事務所は、かつてそうだった、といったほうが正しいでしょうか。今日日、債務整理のみで売っている法律事務所はほとんど聞きません)。

過払い金が返ってくる…という謳い文句には「かも」も含めて、非常に大きな違和感を覚えます。
出資法や貸金業法の改正に合わせて消費者金融各社の貸金の利率が低く設定され始め、徐々に徐々に戻ってくる過払い金の金額は少なくなり、次第に過払い金が発生すること自体、なくなっていきました。

弁護士登録をして5年目くらいまでは、豪快に過払い金を取り返して、債務が残っている消費者金融会社に返済をして、法テラスの費用を償還して余ったお金を本人にお返しする、ということもありました。が、その後は、私があまり債務整理をやっていないこともありますが、取り返して返してあまりある、という債務整理にお目にかかったことは、個人的にはありません。

過払いや債務整理については、それに関わる心構えを、新人の頃にみっちり教え込まれました。

消費者金融会社との和解には妥協するな、どうせ訴訟になったら全額取れるのだ。
この教えは、最初に所属した事務所のとあるパートナーの教えでした。
端数を切るくらいはいいと言われましたが、それは原則10の位、せいぜい100の位の意味でした。
少しでも多く依頼者の手元に返すことを考えれば、当たり前の教えだったかなと、今にしてみれば思います。

法テラスのスタッフ弁護士の研修では、自己破産事件での心構えを教わりました。
大切なのは、自己破産の手続が終了した後に、その人が経済的に自立できることだ。
破産の原因がその人ではなく、家族にある場合も少なくない。
そういう場合には、家族を巻き込まないとまたその人は破産することになる。
まだ、今よりもなんぼかピュアだった新人弁護士だった頃のテラバヤシは、素直にこれを実践しようとしました。

確かに一度債務整理をしてしまうと、ほとんどのケースでその人はブラックリストに載ってしまうので、まともな?金貸しからお金を借りることは、長い間できなくなります。経済的に自立できなければ、ヤミ金に手を出す事態に陥ります。

そうならないようにするために、時には家族も入れて話し合い、1ヶ月に1度家計簿を持参して事務所に来てもらい、預金通帳の謎な入出金については、結構細かく確認したりして、満を持して自己破産を申し立てていました。特に法テラス愛知にいた頃は。

もちろん、家族を巻き込む、内緒にするというのは、当事者が置かれている状況次第ですので、必ずオープンにするというわけではありませんですし、守秘義務の問題もあります。
ですので、家族にオープンにすることを大前提にしていたわけではありませんが、これは話した方がいい、協力がないと同じことになると考えた場合には、依頼者本人に、『ご家族に話した方がいいと思います』と提案していました。

自己破産の申し立ての場合、手持ちの資産が99万円を超えてしまうと、超えた部分は債務を免責する代わりに処分しなければならないのが原則です。
過払いが返って来た結果、資産が99万円を超えているケースでは、先に滞納税金を支払うなど、合法的に取れる手段をとって、破産が終了した後に依頼者の手元に残るお金
が多くなるよう考えることもしばしばでした。

今や、債務整理は自己破産も含めて、ルーティンでできてかつそれなりの収益が見込める仕事、という位置付けになってしまったような気がします。
弁護士も司法書士も、債務整理事件についても、依頼者の利益を図るという事件処理の根本が働くことを意識できなくなっているのではないかな、とそう思います。

新宿事務所の件は極端ですけれど、例えば過払い金返還の和解交渉にしたって、適当に8割で和解、とか、依頼者に確認も取らずに決めてしまっている弁護士がかなり多いのではないでしょうか。
普通の民事事件であれば、この金額で和解していいかということを依頼者に確認する弁護士が多いと思うのですが、債務整理となると、途端にそういう意識が働かなくなるのは、やはり、債務整理=ルーティンの仕事という刷り込みが強く働いているからではないかと思うのです。

新宿事務所の事件は、新宿事務所だけの問題ではない。
債務整理に法律家がどう関わるべきかを突きつけられる、そんな事件だったように思います。


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by terarinterarin | 2015-11-01 21:03 | Comments(2)

寺林智栄の弁護士としての日々や思いをつづります。


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