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明らかにベッキー騒動に引っ掛けたタイトルに見えると思いますが、その通りです。

ベッキーとゲスの極みさんの不倫報道は、LINEのトークの流出から始まり、なんとLINE第二弾まで公開されてしまいました。
テラバヤシ、第一弾の方はきちんと見ていないのですが、第二弾の方はしっかり目にしました。
目にして、「はははは~」と思わず笑ってしまいました。
「不貞を理由とする離婚」「不貞を理由とする慰謝料請求」などのご相談で、証拠として見せてもらうLINEのやりとりと、そのテンションというか盛り上がり方というか「周りの見えてなさ」の雰囲気が、あまりにも似通っていたものですから…

不倫トラブルやその他男女トラブルで、最近、証拠として、LINEでのやりとりをお持ちになる方は、かなり多いです。
世代的には、20代から40代の方の相談が多いので、そうなるのも同業者の皆さん、うなずけるのではないかと。

なぜか、LINEなのです。
もちろん、LINEオンリーということはありません。
普通にメールのやり取りもあります。
しかし、いわゆるチャット的な機能のものの中では、ダントツでLINEなのです。
フェイスブックのメッセンジャーを持ってきた方には会ったことがありません。
ショートメールの人もごくわずか。

そして、LINEで繰り広げられる男女の会話は、不倫のラブラブカップルの場合、押しなべて、「二人の世界に没頭している」感にあふれまくっており、一見して親密度合いがありありと伝わってくるのであります…
そして、例えば電話の受発信履歴は消しているのに、なぜかLINEは消してないとか、そういうケースもちらほらあったりするのです。

なぜなんだろうか。LINEには、不倫カップルに周りを見えなくさせる魔力があるのだろうか。
あの一流芸能人のはずだったベッキーでさえ(もし、あのLINEが本物だったとしたらという仮定に立ちますが)、あんな「えー?それ文字に残しちゃうんだ」というメッセージを残す心理状態にさせてしまったのですから。

テラバヤシもLINEには登録しています。
でも、LINEでのやり取りをするのは、ごく限られた、ごくごく親しい人のみ。しかも、やり取りは毎日ではなく、ごくたまに、という感じです。
ですが、そのごく限られた人々とのLINEでの過去のやり取りを見て、気が付いたことがありました。

まず、LINEは、フェイスブックのメッセンジャーやショートメールと違って、画面が殺風景な感じがない。基本設定の背景(変えられるのかどうかわかりませんが)が、うすーい雲がかかったきれいな青空で、それだけでなんだか気分が高揚してきます。
そして、無料のものも含めてスタンプ類が非常に豊富で、文字ではなく「絵」を使って、自分の気持ちや状況を相手に伝えることができます。
相手から送られてきたスタンプを見れば、スマホの向こうにいる不倫相手がどんな表情でそこにいるのか、妄想膨らみまくりになるのは間違いありません。
そして、二人の空き時間がぴったり合えば、あまり間をおかずに返事も返ってくる。リアルタイムのやり取りが続く。

そんなわけなんで、自分が実際に相対しているのはスマホなんだけれど、相手のことをすぐ近くにいるかのような錯覚に陥り、「心はいつもそばにいるよ」「ほら、こんなにそばにいて理解しあえている」(おー、書いてて気持ち悪い)みたいな二人だけの盛り上がりがどんどん加速していき、他人が見たら、あっと驚くような飛んでもやり取りが出来上がってしまう…そういう仕組みなのではないかと思うのです。

そして、いったん出来上がったLINEのトークは、削除したい部分をチョイスできるわけではなく、消すのであれば、その人とのそれまでのトークを全削除しなければなりません。(1月24日追記:その後、iPhoneの場合は特定のトークを選んで削除できるというご指摘をいただきました。いずれにせよ…消さないか)
ラブラブな会話なんて、そうそう消したくないですよね…翌日とか翌々日とか、ひとりの時に、ふっとふたりのやり取りを見返して、ふたりの背徳ながらも純粋な?愛を再認識したいですよね…
だから、消せない。そして発覚するわけです…

スマホって、パスコードでロックがかかっているので、いくら妻でも夫でも見れるまい、という油断もあるのかもしれません。
いやでもね、パスコードのロックなんて、当てになんかなりませんて。スマホいじっている傍らに夫や妻がいたら、盗み見していることだって十分あるだろうし、仮に預金通帳の暗証番号とかを知られているような場合には、あてずっぽうで同じ番号入れたら開けるなんてこともあるだろうし。

脳天気に親密なやり取りをしやすいLINEの特性。
「愛する人とのやり取りをすぐに消したくない」というラブラブなふたりの心情。
スマホはロックかかっているから大丈夫という油断。

これらが三位一体となって、LINEのトークが不倫の中心的証拠にのし上がってきたということになりましょうか。

学説の中では、不貞行為に不法行為は成立しないというのがかなり有力な説のようですが、判例を動かすにはまだまだ時間がかかるでしょうし、今回のベッキー騒動がきっかけで、不倫カップルの脳天気なLINEの利用に歯止めがかかるかもしれません。つまり、今後は、不貞された側が、相手の慰謝料請求の証拠がつかみにくくなるということもありうるのかな、などと漠然と考えています。
もしかすると、やり取りしやすくするために、わざわざLINE始めた不倫カップルなんかもいるかもしれないので、そうすると今回の件で、そもそもLINEの利用者数に歯止めがかかる、なんて事態にもなるかもしれませんね(まあ、私が心配することではないかもしれませんが)。
あるいは、LINE側の方が、トークの流出を防ぐために何らかの措置を講じるか。

LINEを出版社に流したの誰だよとか、そもそもこんなプライベートなやり取りでつるし上げにされなきゃいけないイワレなんてベッキーにないだろとか、ベッキーは文春訴えてもいいよな、法的には、といろいろ思うところありますが、書くと長くなりそうなので、今回はこの辺で。



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by terarinterarin | 2016-01-24 00:09 | Comments(0)

調停の待合室のこと。

テラバヤシといえば「刑事弁護」のイメージを持つ方が同業者の中では、非常に多いように思うのですが、現在仕事で大きなウェイトを占めているのは離婚を中心とする「家事事件」となっています。実は、本日現在手持ちの刑事事件はゼロだったりして。

弁護士のところに依頼がある家事事件というのは、もう当事者同士の話し合いではどうにもならないことが多く、相談にいらした時点で「協議」が難しいもの、すでに調停の申し立てがされちゃっているものが大半を占めています。
で、そうすると必然的に仕事の中で、手続代理人として「調停」を申し立てたり、答弁書を書いたり、当事者と一緒に調停の期日に出席したりすることが多くなります。

東京家裁の場合、午前の調停は10時から12時までがめど。午後は13時30分から15時がめど。例外的に?15時30分から17時という時間帯も用意されています。しかし、場合によっては予定が大幅オーバーすることもままある。特に、調停成立直前の調停条項の内容を詰めたりするときなんて、結構長引きます。13時30分に始まって全部終わったら18時回ってた、なんてこともありました。

で、家事調停は原則的に、申立人と相手側が交互に調停室の中に入り、調停委員や裁判官・調停官、時に調査官と話をするので、反対当事者が調停室の中に入っているとき、あるいは事件の進行や成立する調停条項の内容について調停委員と裁判官・調停官、調査官らと打ち合わせているとき(評議と呼びます)などは、それぞれ「申立人待合室」「相手方待合室」で、次に呼ばれるのを待っていることになります。

待合室は、調停開始時間からしばらくの間は、当事者と代理人、当事者が連れてきた子供、当事者に付き添ってやってきた親兄弟などなどであふれかえっています。開始少し前の時間帯なんかになると、座る席がなくなって立って待つ人も出るくらい。

テラバヤシの場合は、調停のある日は、東京の場合だと家裁の1階、場合によっては隣の弁護士会館の1階で依頼者と待ち合わせをしてから、一緒に待合室に向かいます(依頼者と一緒に遠方に行くときは駅で待ち合わせとかもある)。
第1回の時には、その道すがら、あるいは待合に入ってから、簡単に最初の進行などについてお話したりして(ただ、一応裁判所が説明する一般的な手続を話しても、実際の調停委員がそれを踏襲するとも限らないので、あまり詳しく説明はしないのですが)、最初に呼ばれるまでの時間を過ごします。

依頼者の方は、当たり前の話ですが、特に第1回開始前は、かなり緊張しているので、あまりわーわーしゃべりすぎないようにはしています(注:自分としてはそのつもりですが、根が沈黙が怖い小心者なので、ひょっとすると依頼者からすると、「も少し静かにしてくれればいいのに」とか思っているかもしれません)。

その後の待ち時間は、依頼者の方と世間話をしながら過ごすことが多いかなあと思います。
もちろん、調停委員からの話や、調停委員から伝え聞いた反対当事者の意向や状況等を踏まえて、必要に応じて、その後の持って行き方について話をすることもあります。
が、それだけで終わるわけじゃない。
30分40分、時には1時間以上待つこともあるわけで、その間ずーっと打ち合わせてる事件なんていうのは多分まれでしょうし、事件の話だけなんて、普通に考えて、間が持たない。

まあ、時折スマホでメールチェックをしたり携帯電話チェックしたりして、急ぎの時には「ごめんなさい」と断ってから、返信したり電話かけに行ったりすることもないではないですが、性格的に、こういう落ち着かない状況で仕事のメールに返信したり仕事の電話かけに行ったりするのは苦手なので、ほとんどやりません。

世間話は、本当にその場のノリと雰囲気で種々様々です(世間話ってそういうものですよね)。
依頼者さんの方から、テラバヤシのことや弁護士の仕事のことについて尋ねてきて、それをきっかけに話が広がることもありますし、私の方から、依頼者のお子さんのこととかお仕事のこととかうかがうこともありますし。
たまたま、依頼の方が持っていたものが自分の愛用品でもあった場合に、そのことで盛り上がる、なんてこともありますし。
で、そこから、身の上話とか、最近の公立の小学校の学区割の話とか、種々様々に話が広がって続いて行って、そうこうしているうちに調停委員が迎えに来る…という感じです。
緊張して落ち着かなくて、タバコを吸いに行ったりトイレに行ったり、飲み物を買いに行ったりとずっとそわそわしている依頼者をお待ちしている、なんてことも過去ありましたが。

個人的には、弁護士の多くは、調停の待合室でこういう風に過ごしているんだろうなと思っています。
待合室で、依頼者そっちのけでパソコンに向かっている弁護士らしき人は、少なくとも目についたことは私の場合ありませんし。
テラバヤシの場合、別に、依頼者の方の緊張をほぐそうとかいう意図は全くありません。自然発生的に流れのままに話している感じです。

もしかすると、中には明確に依頼者さんの気持ちを和らげようという意図で積極的に世間話をしている弁護士もいるのかもしれませんが、テラバヤシの場合、そんなことまったく考えておりません…自分の退屈しのぎの側面も多々あり。
が、自分にとっては、いくつかの意味で、結構大切な時間だなあと思います。

単純に、一緒にいる依頼者のことをより理解するという面もあります。「あ、こういうところがある人だったんだ」とか「もしかすると自分が思っていたより、相手方に対して恐怖心を持っていたのかもしれない」とか、言葉の端々やその方の行動なんかで気づくこともあります。それが、そのあとの打合せや提案の仕方なんかに活きることも結果としてあります。

後は単純に、自分の引き出しが増えるということでしょうか。
テラバヤシは、「テラバヤシの人生」という1つの人生しか生きられないわけで、経験できることはごくごく限られている。
世間話をすると、自分以外の人が経験してきた生活を知ることができるし、その人が見てきた世界をおすそ分けしてもらうこともできる。
それが、違う依頼や相談でお会いした人と話を進めるうえで、知識として役に立つこともあれば、その方の話の理解の手助けになることもあれば、話題作りに一役買ってくれることもあるわけで。
そこを離れたとしても、自分自身が何かの情報源に触れるときに「そういえば、あのとき○○さんがこんな話してたっけ」と思い出して、より深い理解につながることもあったりするわけです。

弁護士は、事件によって成長するとはよく言いますが、依頼者さんとの関係で引き出しを増やしてもらうことが多々あるな…と調停の待合室で過ごす時間が増えてきた昨今、しみじみ感じ入ります(うーん、いい人な発言でなんだか恥ずかしいなあ)。

そんなわけですので、依頼者の皆様方(未来の依頼者の皆様方も含む)には、これからも、調停待合室でのテラバヤシの退屈しのぎにお付き合いを願うこととなります。
もちろん、私は静かに過ごしたいの、できればあんまり話したくないの、という方は、どうぞご遠慮なくお申し出くださいませ。






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by terarinterarin | 2016-01-17 18:30 | Comments(0)
あけましておめでとうございます。
というのもはばかられますが、2016年初めての投稿ですので、一応ご挨拶を。

さて、新年一発目の投稿は、結構どうでもいい話です。

フェイスブックで知り合いの同業の皆さんの投稿を見ていると、

「連休の中日は、○○岳に登ってきました!!」
「妻と△△劇場で、「****」を観劇してきました」
「今宵は、銀座のフレンチレストラン◆◆で、ワインの夕べ」
「●●マラソン、完走しました~。タイムは3時間35分24秒!!」

などという投稿を、結構な頻度で見かけます。大抵は素敵な笑顔のお写真とともに。

なんで?
みんな忙しいですよね。ろくに休む間もないですよね。
なんで、時間ないのに、そんなことができるのですか?
疲れているはずなのに、そんなことをやる体力が残されているのですか?

だって、2週間も3週間も休みなく働いて、その翌日に標高1000メートル級(なのかどうかわからんが、たぶんそうだろう)の山にさくっと登るなんて、信じられますか?
オリンピックに出るような一流選手でさえ、途中でゲ*吐いちゃうときすらある42.195キロなんて距離を、なぜに完走できるのだ。
恐ろしく長ったらしく、舌をかみそうな名前のワインを、名前を聞いただけで、おおよその味の検討がつけられるなんて教養をどこで身に着けるのでしょう。
感動や余韻がしばらく続いてしまう演劇を、仕事帰りのその足で、見に行けるその気持ちの切り替えはどうやってつけるのだ。

と、ここまで書いてふと思ったのですが、ビッグな人というのは、気持ちの切り替え方法もビッグなのかもしれません。
岡村隆史がインタビュアーをやった「プロフェッショナル」スペシャルで左官職人の男性の方(名前が出てこない)が、その人のレベルが上がれば息が抜ける方法もそれに応じて変わっていくということを言っておられたのですが、まさにそういうことなんでしょう。

つまり、(弁護士家業とは別方面の)体力や気力や教養がビッグに必要な趣味を持っている方は、それだけ本業の方で、とんでもないプレッシャーや責任にさらされている、大きなものを背負っている。精神的なバランスを保つためには、趣味の方もビッグにならざるを得ない…とそういうことなんでしょうか。

実際、「ビッグな」投稿をされている皆さんは、お世辞でもごますりでもヨイショでもなんでもなく、テラバヤシ的には「できる弁護士」の皆様方です。
いつも、事件に会務に社会活動に忙しくしていらして、休む間もないほど動き回っている。
はずの皆さんに限って?、登山、観劇、ワイン、マラソン等々の、結構時間を取られ、体力を使い、あるいは教養を要する趣味を堪能しておられるのです。

さて、かくいうテラバヤシは、というと、自他ともに認めるインドア派。
子供のころ、近所の山から大雪山からさんざん遠足や修学旅行で登らされて、「自然はもういい」とおなか一杯状態。
体を動かすのは好きだけど、長い距離を走るのは嫌い。
酒は体がなんともないときはまあちょっと飲みますし、できればいいお酒を飲みたいけど、銘柄を覚える気は全くなし。
観劇や映画鑑賞は、余韻を引きずってぼーっとなるのがちょっと怖くて、見ようと決意するのに時間がかかる。
という、ちっちゃい人間です。

趣味と誇れるものもほとんどなし。
唯一他人に語れるものといえば、フィギュアスケートのうんちくくらいかと。
まさに、小テラバヤシです。

いつかこんな私でも、「そこに山があるから」と登山に目覚める日が来るのでしょうか。
ホノルルマラソン完走したるで、とハワイに旅立つ日が来るのでしょうか。
はたまた、一度もかまずに長い長いワインの名前を語ったり、堪能し演劇の演出や役者の演技についてうんちくを語れる日が来るのでしょうか。

いやいや、肝心なことは、山やマラソンやワインや演劇を堪能するパワーが出るほど、まっとうに仕事ができるようになること、なのですが。

そもそも体力がない小市民テラバヤシですが、本年も、目の前の仕事を一個ずつ地味にやり切っていければと思っております。

というわけで、よくわかりませんが、本年もよろしくお願い致します。



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by terarinterarin | 2016-01-11 23:21 | Comments(3)

寺林智栄の弁護士としての日々や思いをつづります。


by terarinterarin