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とある50代の女性弁護士が、5年間弁護士としての収入がないという理由で、弁護士登録を抹消した、というWEB記事が話題になっていました。
実は、この手の話題、割に身近で最近聞いたばかりです。知り合いの友人の弁護士が、毎日遅くまで働いているのに収入に乏しく、奥様の収入で家計が回っているというお話。

最近になって、この手の話題が大きく取り上げられるようになったため、こういう事象は、大増員時代だからこそ現れたもの、と思われがちです。
が、テラバヤシは、案外そうでもないんじゃないか、昔から、我らの業界、「仕事が来る人と来ない人」、かなりはっきり分かれちゃう業界だったんじゃないか、などと考えるのであります。

まだ法テラス愛知にいたころですが、債務整理事案で、相手方のヤミ金に代理人が付いたことがありました。
訴訟外の交渉でしたが、テラバヤシの依頼者を誹謗中傷するような、案件と何も関係なさそうな内容の書面を送りつけてくるような弁護士でした。
私よりも何十期も先輩の弁護士でした。
事件が解決した後、1年くらい経った後でしょうか。その弁護士は、自ら命を絶ちました。
自身が後見人を担当している高齢者の預金を使い込んでしまったのです。裁判所から後見人を解任され、後任の後見人からは訴訟を提起されて、会からも重い懲戒処分を受けるのがほぼ確実となっていました。
事務所は自転車操業だったため、返済の資金がなく、生命保険金で返してほしいという遺書を残して自殺した、という話を聞きました。

東京の弁護士の間では(少なくとも東京では、という意味です。最近は地方でも大きな単位会ではあるのかもしれません)、「国選族」という業界用語が比較的古くから流通しています。
不名誉な呼び名です。
他に仕事がないので、国選の刑事事件を(超)積極的に受けている弁護士を指す言葉です。
「族」とつくくらいですから、まあ、それなりの人数がいたわけです。どれくらいかはわかりませんが。
記録をろくに読まず、ほんの数行で控訴趣意書の記載を済ませてしまうような弁護士もいたりします(しかもそれが否認事件だったりするんだな。もちろん、しっかりとした仕事をしている方もいらっしゃいますが)。
要は、まだ、国選事件が費用が安いためにやりたがる弁護士が少なかったころから、手を抜いてもとがめられないのをいいことに、「薄利多売」とばかりに、いっぱいいっぱい国選事件を受け、食いつないできた勢力でした。
しかし、東京では(第〇東京弁護士会はどうかわからないですが)、受任件数の制限、裁判員裁判対象事件の研修受講義務化などが課されるようになったため、国選族の皆々様は非常に生きにくい世の中となっていることは間違いありません。

他にも、解任された前弁護人に記録の貸与などを求めて電話したら、何度かけても出ない(後に、事務員を置かず一人でやっているおじいちゃん先生であることが判明。ギクッ、どこかで聞いた話だ)、たちの悪い案件で、暴力団や反社会集団にいいように使われているおじいちゃん弁護士など、「あ~、仕事ないからこんな事件に食いついちゃったんだなあ」という悲哀がにじみ出ている状況などに何度か遭遇したこともあり。

個人的には、ヒトには向き不向きってものがあって、難関と言われる司法試験を通ったとしても、法曹としての業務にその人が向いていることは保障されているわけではないと思うのです。だって、司法試験はあくまで、「法律的な知識・理解」について、法曹となるべき基準をクリアしているかどうかを判断するものでしかないわけですから。
テラバヤシは、いわゆる旧試験合格者で、法科大学院で教える立場になったこともないので、法科大学院でどういう教育が行われているかは、正直言って分かりません。
しかし、最近の若い合格者や修習生なんかから聞くところから推察するに、「法曹として必要な能力・個性」を磨くようなカリキュラムが広く設けられているというわけではないようだし、よしんば設けられているとしても、どうしたって「まずは合格すること」が目的になるわけだから、特段重視されているというわけでもないんでしょう。そんなカリキュラム1つで、毛虫が白鳥になるみたいに人間簡単に変われるものでもないですし。

ただ、本来「法曹に不向き」な性格の人であっても、法曹としての仕事を続けていくうちに、自分なりに色んなことをこなしていくコツ、みたいなものを会得して、知らず知らずのうちに、なんとかやっていけるようになったりすることもあるものだと思うのです。
やや暴言ですが、私の周りを見てみると、この人どう考えても友達いないよな、絶対この人社会性ないよな(再び、ギクッ。どこかで聞いた話)、よく弁護士の仕事できてるよななんていう人は、もうたくさんたくさんいるんであって(一応自分も含めときます)、要は、弁護士なんて「よく仕事来てるね、あなた」という人のカタマリといってもいいくらいだと思うのです。

なんで、話題になった、50代の元女性弁護士の「自分はこういう性格でこういうことには向いていないから」仕事を得ることができなかった、という総括は、ちょっと違うんじゃないのかなあと思ったりするわけです。

先日、一緒に事件をやってる弁護士とも話していたのですが、弁護士が仕事を選ぶわけではないのです。事件が弁護士を選んでやってくるのです。
これは弁護士に限ったことではないですが、その人に何ができるか、その人は何が向いているか、というのは、自分が決める問題ではなくて、その人の周りにいる人が決める問題ではないかと、そう思います。それが思わぬ仕事を生んだりするのだと思うのです。自分ができることを教えてもらえる機会でもあります。

だから、自分自身は、たとえ「これは苦手だな」と思うところがあっても、何が得意とか何が苦手とか強調せずに、「ご依頼お受けします」というスタンスでいるのが正解ではないのかなあと思うのです(とはいえ、自分のメンタルが崩壊しないようある程度の調整は必要だと思いますが、それはまた別次元の話ではないかと思います)。
その結果、弁護士としての自分に対してオファーが一定期間ないということであれば、諸般の事情を考慮して撤退し、別な世界に行くのは全然かまわないでしょう。
法曹資格は「使っていいですよ」というだけであって、受かった以上使わなあかんという資格ではないのですから。
ただ、「仕事がなくて弁護士をやめた」という人は、えてして、「自分はこれをやりたい」「これはできない」にこだわる傾向が強いように思います。

「刑事弁護がやりたい」と思って、法曹を目指し弁護士になったテラバヤシ。
最近は仕事の8割は離婚、男女トラブル。
結婚も離婚もしておらず、まして子供すらおらず、離婚事件がたくさんやってくるように営業活動した記憶もないのですが、今そういう状態になってしまっています。
女性弁護士は家事事件が多くなるとはよく言われますが、それにしてもこの状況。やはり、「どんな仕事をするか」は自分が決める問題ではないんだなあとつくづく思う今日この頃です。

そう考えてみると、弁護士の「ワーキングプア」を回避するための基本的なポイントは、自分のことを見てくれるヒト(できれば同業者)を絶やさないことではないかと気付かされます。
まだまだテラバヤシも、いつ仕事がなくなるかと不安です(こういう不安がない弁護士は、おそらくいないだろう)。
こんなちっぽけなひとり事務所、つぶれるときは、きっと呆気ないんでしょう。
曲がりなりにも1年半やってきて、最後に救ってくれるのは「自分を見ていてくれる他人」の存在だと、つくづく思うのであります。
そして、そういう存在を持たない人というのは、たとえ弁護士をやめて他の仕事を始めたとしても、やっぱり仕事を得るのに苦労するのかもしれないな…なんて、考えてしまうのでした。





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by terarinterarin | 2016-03-27 22:41 | Comments(2)
連休ということもあり、久々のほぼ2連投です。

覚せい剤の所持と使用で起訴された清原さんが保釈されました。
保釈保証金は、報道によれば500万円。
保釈後、清原さんは松戸市内にある病院に直行(しかし、どうも、それは覚せい剤治療の専門ではなく、糖尿病治療の専門の病院とのことです)。
報道によれば、デラックスな個室への入院とのことです。

確か、ASKAさんの覚せい剤所持・使用の折も、高額の保釈保証金を積んで保釈された後、覚せい剤依存の治療のため、病院に入院したという話でした。

清原さんの件があってから、「覚せい剤の依存は病気。更生のためには治療が必要」という、刑事事件をある程度担当している弁護士からするともはや常識的な話が、やっと世間にそこそこ流布することになり、それ自体はよかったと思っています。
が、今回の清原さんの件といい、ASKAさんの件といい、今後の薬物事犯の保釈の実務・量刑相場の傾向を、悪い方向で予感させるもので、なんだか気分がよろしくないのも事実です。

とある弁護士が、覚せい剤の使用事犯では、保釈を得るために治療計画を裁判所に出すことが必須みたいなことをWEB記事に書いているのを目にしました。保釈後病院に直行するのが、薬物事犯ではもはや必須なのだとでも言いたげな内容です。
テレビのワイドショーなんかでも、「保釈をとったらまずは治療に専念することになりますね」みたいなコメントをする元警察官を目にしたりしました。

はっきり言いますが、日本という国の中で、薬物依存症について専門的に治療を行っている精神科は、まだまだ少数です(大学病院の多くは、薬物依存症患者の治療はお断りと言われています)。
まして、入院施設がある病院なんて、ごく限られています。
病院に予約をとって診察を受けたり検査を受けたりするのだって、大変です。
まして、入院できるケースなんて、よほど重度なケースに限られ、「一度入院して集中的に治療した方がいいですね」くらいのレベルの人は、順番待ち。
保釈後すぐに入院できる段取りが取れるなんて、よほどお金があるケースに限られるでしょう。何しろ、その病院の医師は、おそらくは患者候補者たる被疑者被告人本人を診察しているわけではないでしょうから(もちろん一部のきちんとした弁護士は、接見室での面談ができるよう段取りをとりますが、ASKAさんや清原さんのケースなんかだと時間的にその段取りをとるのはかなり厳しいんじゃないかと思う)。
清原さんの場合は、おそらく、糖尿病の状態が命にかかわるレベルだったと思われ、そちらの治療を最優先したものと思われますが、入院の段取りがスピーディーにとれた背景事情は、おそらく同じでしょう。

テラバヤシが危惧するのは、「薬物事犯で保釈をとれるケースが、保釈中の治療を約束し、その具体的なプランが裁判所に提示されるケースに限られる」運用がこの先定着し、かつ、初犯であったとしても、執行猶予判決をとれるケースが保釈中に一定程度の治療を行い、何らかの効果をあげられたケースに限られるようになってしまう、ということです。

不公平でしょう。こんなの。
お金があったり、薬物依存症専門の病院に伝手がある弁護士が弁護人についたりしたケースでは、すんなり保釈されたり執行猶予が取れたりするけれど、そうじゃないケースでは、身体拘束が無駄に長引くことになりかねないわけですから。

本来、違法薬物使用の問題は、刑罰論、果ては犯罪論として論じるべき問題です。
かなり斬新な案ではありますが、覚せい剤や大麻を合法化して、その代わり高額の税金をかけることによって流通を防ぐという方法も一案です(私は必ずしも賛成ではありませんが、実際、このような考え方自体はあります。喫煙者を減らすのとほぼ同じやり方です)。
そこまで斬新なことは言わないまでも、そもそも、生命・身体拘束・財産のみを柱とする刑罰のみで、種々様々な背景や本質がある犯罪について、これを犯した者を処罰しようという考え方そのものが古いのです。
薬物使用者については、その依存の程度・症状の程度に合わせて、治療を受けることを刑の内容とする、あるいは司法取引や指定病院での治療を受けることを条件に不起訴処分とすることを検討すべきではないかと思うのです。

つまり、何が言いたいかというと、薬物依存症対策は本来国家がしなければならない問題であるにもかかわらず、このままでは、被疑者被告人の自助努力・弁護人の伝手に委ねられ、結果的に不公平な運用が定着してしまいかねないのではないかということです。

これは、実は、薬物事犯の問題に限られる話ではないでしょう。
知的障害等の障害がある被疑者や被告人の刑事弁護も、近年社会福祉士や福祉施設との連携をとって「更生支援計画」を弁護人が提出することにより、不起訴や執行猶予に持ち込もうという流れが定着してきています(その流れについては、地域差もあるようですが)。
これも、本来は、国が知的障碍者に対する刑罰の在り方として本来論ずべき問題を、被疑者被告人や弁護士の自助努力に委ねる流れを作るものであり、結果としてアンラッキーな被疑者被告人が救われない結果を招きかねないのではないかと危惧します(尽力している弁護士や福祉関係者の皆さんの働きを何ら否定するものではありませんので、誤解されませぬよう)。

窃盗や詐欺などの財産犯で、金がないばかりに刑が重くなるという事態は、致し方ないとは思います。それは被害回復ができないのですから、それに見合った刑を受けるのは、言葉は悪いが理に適っていると言わざるを得ないでしょう。

しかし、被害者がいない犯罪の薬物事犯で、金や人脈で受ける刑に差が出てしまう、知的障がい者が起こした事件で、その人のめぐりあわせで受けるべき刑に差が出てしまう、というのは、処分の公平性という観点から見た場合、あまりに不条理なのではないでしょうか。

清原さんの保釈劇は、そんな胸くそ悪い昨今の「処罰」の実態を、思い起こさせるものなのでした。








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by terarinterarin | 2016-03-19 23:36 | Comments(0)
どうも。ご無沙汰しております。
前回の投稿から1カ月以上が経ってしまいました。
できるだけ月に2~3回は更新しようと思っているのですが、やはり、都会の片隅の「ボッチ事務所」とはいえ、この時期はかなり忙しく(多くの弁護士は2月から3月にかけては大忙しなのではないかと思います。あと12月ですかね)、考え考え投稿するゆとりというものが、時間的にはもちろん、精神的にもありませんでした。

さてさて。
もう結構前の話になりますが、テラバヤシが弁護士ドットコムに書いたとある記事がヤフートピックスで数日の間、トップを張っていたということがありました。とある寺の副住職さんがホステスさんと結婚したら20年前にAV女優だったことが判明、これを理由に離婚できるか、という記事です。
書いた本人は、フェイスブックで知り合いの弁護士がシェアしてるのを見て、初めて話題になっていることを知り、その後、依頼者さんや他業の友人なんかに「見ましたよ~」などと言われて、結構みんな見てるんだなあなんて思ったという状況だったのですが。

以前、やはり自分が書いたWEB記事がヤフートピックスのベスト10に入り、結構な話題になったところ、ついてるコメントの9割が中身を読んでいない、いわれのない誹謗中傷だったということもあり、今回もなに書かれているかわかったもんじゃないな…と思いつつ、恐る恐る引用先のコメント等を見ていました(見なきゃいいのに、と思いつつ)。
そうしたところ、大半は、チクッた親がクレーマーだろう、とか、坊さんのくせして職業で人を差別するのか、とか、このAV女優誰だ、とか、かなりまともなコメントばかりで、ほっと胸をなでおろし、逆にコメントを読むのが楽しいという状態になりました。

そんな中、この記事をシェアしたとある方が、こんな投稿をしていたのを見つけました。
「弁護士というのはたいがいクズやけど、この人はまともなんやな」(引用が不正確だったら申し訳ありません)。

いや。
なにも、自分が「まとも」と評されたことを自慢しているわけではありません。
私がこの記事で書いた法的な(というか実務的な)見解は、離婚事件をある程度担当している弁護士であれば、まあ大体こういう思考回路で考えるだろう(字数の関係でいくつか落としている細かい要素はありますが)というもので、私の感覚からすると、ごく常識的な落としどころと思えるものでした。
実際、私の記事を読んだ同業者(複数)も、「まあ、こんなもんじゃないすか」「極めて常識的な内容」と評してくれておりました。
つまり、この方の感覚を基準とすると、「まとも」な弁護士は、テラバヤシの周りだけでも相当数おり、したがって全体的に見れば、「まともな感覚」を持っている弁護士というのは、決して少数派ではない…と思うのであります。

がしかし、世の人の弁護士に対するイメージが悪いというのは、最近身に染みて感じるところでもあります。
打ち合わせ中に、依頼者の方から、「弁護士っていうのは黒も白にするような輩ばかりだから」なんて言われたこともありますし、相談の後で依頼したら費用はいくらくらいになりますか、と聞かれたので、私の思うところを話したら、「先生、儲かってますか」なんて言われたこともあり(たいていの弁護士は、とんでもなくぼってると思われているのだろうか)。
WEB上の記事で、「弁護士は訴訟にした方がもうかるから、訴訟の手前で示談でまとめようとしないもんだ」なんて書いてるのを目にしたこともありますし(注:ちなみに、これ、多分計算根拠がないと思います。早く終われば違う事件を担当することもできるわけですから)。

で、個人的には「まともな弁護士たくさんいるぞ」とは思うものの、「まあ、イメージ悪くても仕方ないよなあ」なんて思うことも、最近しばしばあり…

最近、弁護士の不祥事のニュースが結構多いというのが、まず挙げられると思います。預り金を横領したとかいうニュースが多いですが、それ以外にも事件を起こして逮捕されたとか、有名な弁護士さんが依頼者から懲戒請求されたとか、そういうニュースが流れる頻度が、数年前よりも格段に増えた印象があります。
おそらく、テレビなどのマスメディアに出る弁護士が増えて、弁護士がある意味「有名人」枠のひとつの肩書になったり、突っ込んでも許される人種という認識が広がったからなのではないかと思うのですが。

こういうニュースが流れると「弁護士は金の亡者」「金が欲しかったら何でもする」「高い金もらって何しとんじゃこら」→金満のろくでもない奴みたいなイメージが広がってしまうんだろうな…と。

そして、ここ最近、事件の相手方についている弁護士とか、依頼者が過去に頼んでたり相談していたりした弁護士とか、友人の同業者から聞く弁護士の対応や言動が、「は?それやる?」と感じることが増えてきました。
あまり詳しくは書けないのですが、とある金銭請求を受けている(と思しきとあえて書きます。理由はこの後読んでもらえればわかります。)事件で、「これこれこういう理由で慰謝料を払え」と長々書いた書面を送りつけてるのに、「いくら支払え」ということが書いていない。挙句の果てに、代理人のところに電話してきて「争うのか。裁判になってもいいのか。裁判でも争うのか」なんて語気を荒げて迫ってくる。
これ、一歩間違うと、「ほら、誠意を見せてもらおうか、誠意を」なんて人気のない路地裏に人を押し込んじゃうチ○ピ●さんの恐*とおんなじことになっちゃうと思うんですけど。
訴訟で、原告側が請求原因を新たに加えたのに、「必要だったら反論します」と弁論準備期日中に発言しちゃって、裁判官に「このままスルーしたら認めたことになっちゃいますけど」と指摘された弁護士とか(修習生でもわかるレベルだろ)。
そのほか、投資詐欺の案件なんかで、反社会的集団の雇われ弁護士が、受け子など下っ端の弁護人にも就任して、半分脅しながら供述の口裏合わせを行うようにさせるとか、弁護人になっていないし、なる予定もないのに「弁護人になろうとする者」として接見し、同様のことを行う、なんてことも複数耳にしたことがあります。

こういう話が、噂として、クチコミとして、徐々に広まり、「弁護士ってやっぱり、くずばっかりだよね」みたいな結論が導かれることに
なってしまうんではないかと。
むしろ、テレビとかインターネットとか、不祥事とかなんかより、こっちの方がよっぽど怖いよな、と。

でもね、やっぱり、大概が、こういうアレな弁護士ってことはないと思うんですわ。
だって、テラバヤシの周りにはほとんどいないもん(全くとはいえないが)。
テラバヤシの周りだけに天使がそろってる、なんてことはあるまい。
やっぱり、こういうよろしくない「クズ」的評価を受ける人というのは、珍しいから目立つし、評判が飛んで行っちゃうわけですよ。
こういう人がね、多くのまじめにやっている弁護士の努力を無にしてくれちゃうわけですよ。

ここ数日にぎにぎしい話題になっているショーン川上さんの件を受けて、とある経営コンサルタントの方が「経営コンサルタントみんながこんなふうにうさんくさいと思わないでほしい」という趣旨のコメントを出していました。
経営コンサルタントもまた「うさんくさい」感が漂う職業名として、弁護士と同じにおいを発しています。

世間の皆さんよ。
弁護士がみんなクズだと思わんでください。
弁護士がみんなうさんくさいと思わんでください。
アレだと思わんでください。
額に汗して、地をはいつくばって、家にも帰れず仕事に精を出す弁護士がたくさんいるのです。

と、大きな声で叫んで、今日は終わりにしたいと思ひます。


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by terarinterarin | 2016-03-17 22:33 | Comments(0)

寺林智栄の弁護士としての日々や思いをつづります。


by terarinterarin