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小学校の高学年の頃、近所に住んでいる同級生の男の子の用心棒?みたいな役割を都合2年ばかりしていたことがありました(「北のバルサ」とでも呼んでください、冗談です)。

その子は、体は大きかったけれどあまり機敏なタチではなく、よくいじめられていました。いじめられるたびに私のところに泣きついてきたので、私が、いじめた子に対して、しょーがないなと思いながら文句をつけに行き、そこでまた一悶着ということが度々ありました。

当然のことながら、自分はその役割を進んで引き受けていたわけではなく、親同士が仲が良かったり、妹がその子の弟と同じクラスだったりした手前、無下にすることもできず、ズルズルとその役割を担い続けていたという感じでした。

ある日のことでした。
帰宅しようと学校の玄関を出ると、ちょうどその男の子が数名の男の子に囲まれて虐められている場面に遭遇してしまいました。
その子は私を見つけると、助けてくれと言わんばかりに私の陰に隠れてしまいました。
あんたたち、嫌がってるんだからやめなさいよ、ぐらいなことを言ったのではないかと思います。
そうしたところ、男の子たちは私に向かってきました。
登校時に雨が降っていた日で、私は傘を持っていました。
下校時には雨は上がっていました。
畳んでいる傘をブルンブルン振り回して応戦し、どうにか退散させて家に帰りました。
乱闘の結果、傘は曲がってしまいました。

家では、母が待っていました。
母は、男の子と喧嘩したくらいで私を叱るよう人間ではありませんでした。
しかし、さすがに凶器を使用したので、今回ばかりはかなり叱られるのではないかと、私は憂鬱な気分で家に入りました。
目ざとい母は、傘が曲がっていることにすぐに気づきました。
私に、何があったのだと尋ねました。
私は、帰り道で起こったことをそのまま説明しました。
話している間、母は黙って聞いていました。
そして、話し終わった後、ひとつだけ私に質問しました。

自分から手を出さなかっただろうね。

私は、出してない、とはっきり答えました。すると、母はこう言いました。

よくやった。
傘は買ってあげるから。

母は、私をひとつも怒りませんでした。正当防衛の成立を認めてくれたのでした(相当性の判断に問題があるかもしれません)。

こんなこともありました。
夏休みになる前の日のことです。クラスで教室の大掃除をしていました。
例の男の子が泣きながら私のところにやってきました。
私が使っているモップをよこせと言っています。
いつもの連中にいじめられたので、仕返しをする、だからモップをよこせ、そう言うのです。
私は、やめろと言いました。余計いじめられるのが、目に見えていたからです。
しかし、その子は意固地になって言うことを聞いてくれませんでした。
貸せ、やめろ、貸せ、やめろとモップの奪い合いになりました。
そのうち、私は勢い余って、モップの枝で、その子の頭を一回ポカッと叩いてしまいました。途端にその子は、さらに激しく泣き出してしまいました。

しまった、と思いました。
自分自身が暴力を振るって泣かせてしまった。
ショックでした。オロオロしてしまいました。
なすすべなくボンヤリしていました。
すると、担任の先生がやってきました。当時40代の男の先生でした。
ちょっとおいで、と教室の隅に連れていかれました。

お前の気持ちはわかるよ。
だけど、叩いちゃったのは良くないから、それは謝らないといけないよ。

先生は私に優しくそう言いました。
怒られると思っていた私は、びっくりしました。
そして、そのとおりだな、と思いました。
私は、その子に謝りに行きました。その子はまだ泣いていましたが、私を許してくれました。

事件が起こった時、先生は近くにいませんでした。周りで見ていた子が見たままを先生に報告してくれたようでした。
信用できる目撃証言のおかげで、私は不当な処罰を免れることができました。

したことを見れば、私はただの暴れん坊、暴力娘でしかありません。

運が悪ければ、先生に粗暴な子と目をつけられて何かと悪い評価をされたり、ともえちゃんはすぐに暴力振るうから、近づかないほうがいいわよ、なんて噂を立てられていたことでしょう。
友達もいなくなり、大人も信用できなくなり、悪循環に陥って今とは全然違う人生を歩んでいたかもしれない。そう思うこともあります。

ですが、ラッキーなことに、私の周りには、結果だけを見ずに、背景にどんな事情があったのかに目を向けてくれたり、こちらの言い分を聞いてくれる大人がいました。
おかげで?私は卑屈になることもなく、ここまでなんとか生きてくることができました。

芸能人の誰それに不倫疑惑、となると、最近は、やれ「ゲス不倫」と騒ぎ立て、当の本人が二度と人前に出てこれなくなるような扱いをされたりします。
夫婦間の暴力も同じです。一発の拳が「DV」とされて、高額な慰謝料を請求されることもあったりします。

しかし、例えば、日常的に夫からひどい暴言や暴力を受けていた人が他の人に惹かれて交際したとして、それはそんなに非難されることなんでしょうか(こういう場合、不貞の証拠はあるのに、夫の暴言暴力の証拠は希薄という悔しい状況も結構あったりしますが)。
日頃からヒステリックに夫を責め立ててきた妻に対して限界を超えた夫が一発殴ってしまうことが、高額の慰謝料を払う原因になったりするのでしょうか。

強姦(法改正で強制性交等罪になりましたが)や強制わいせつに問われるもののの中にも、知り合いや恋人同士のトラブルに端を発しており、このような重大罪名に問われること自体に疑問を感じるものも少なくありません。

前面に出てくるワードのインパクトだけで、したことを責め立てられ、その人の言い分というものが無視されることがここ最近急激に増えたなあ、自分はいいときに子供時代を送ったもんだなあ、とつくづく思います。

今の自分が、そういう依頼者の「事情」に細心の注意を払って汲み取れているとは到底言えません。
ですが、自分は、弁護士という仕事をするにあたって、私を頭ごなしに叱らなかった母や先生が持っていたある種の大らかさみたいなものを、忘れずにいたいな、と、最近なんとなく思ったりするのでした。

注)このブログも私の母も暴力を推奨するものではありませんので、誤解のないようお願いいたします(私も母も平和主義者です)。






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by terarinterarin | 2017-06-28 00:19 | Comments(0)
先日行われたAKB48総選挙で20位にランクインした須藤凛ヶ花さんが、結婚宣言したことが話題になっています。

巷では、恋愛禁止のアイドルグループでいきなりの結婚宣言とは何事か、今まで注ぎ込んだ金を返せなどという怒りの声が上がっています。
同じグループの現役メンバーやOGからも厳しい声や困惑する声が上がっており、夢を売るアイドルとしてのプロ意識と、恋愛や結婚の両立というのは難しいものだと改めて感じさせられます。

ネット上にも記事が上がっていますが、所属事務所がアイドルとの契約で恋愛禁止措置を講じても、無効になる可能性が高いと一般的には考えられています。
なぜなら、憲法で定められている幸福追求権や内心の自由を奪うことになってしまいかねないからです。
契約書にストレートに「甲は、乙が、契約期間中、他者と恋愛関係になることを禁止する」とか、「乙が他者と恋愛関係になったことが明らかになったときには、乙は甲に対して罰金として1回につき100万円を支払う」などと、ストレートに定めても無効でしょう。

とはいえ、アイドルが夢を売る仕事であることは今も昔も変わりません。男性アイドルも女性アイドルも、ファンの擬似的な恋愛の対象となっているわけですから、そのイメージと真逆のプライベートが流出したり、突然彼氏ができて公然と交際したりすることがまかり通ってしまったら、ファンが潮が引けるように去ってしまい、事務所に多大なる損失が出ることもあるわけです。
ビジネスのひとつとしてアイドルを売り出している事務所としては、「恋愛自由」というリスク管理が全くできない契約条件は、到底受け入れることはできないでしょう。

そもそも、芸能界では、未だ事務所と所属するタレントとの間で契約書が交わされること自体が少なく、契約内容が不明確ということも少なくないようです。
また、事務所と所属タレントとの契約の性質も曖昧不明確で、雇用契約だったり業務委託契約だったり、両者の性質が混合しているようなものだったりするようです(注:契約の法的な性質は契約書に付されている名称や用語だけで判断できるものではありません。業務委託契約という名目でも、実質は脱法的な雇用契約ということもあります。芸能事務所の場合、専属マネジメント契約などという表題になっていることが多いのでしょうか)。

しかし、雇用だろうが業務委託だろうが、契約の当事者には、契約上一定の「注意義務」というものが課されます(この注意義務というのも、法的には複数の概念があるのですが、ここではそれはちょっと置いておきます)。
具体的には、契約上必要な注意を欠いた場合にどんな事態が招かれるかを予見する義務、そしてその予見に基づいて結果を回避する措置を講じる義務のことです。
この注意義務を果たせなかった時、契約の当事者は、契約違反をしたということになるわけです。
タレント側には、自身の言動や振る舞いによって事務所に営業上の損失を与えないようにすべき注意義務が課されているでしょう。
そうであるにもかかわらず、不用意な発言や行動をして、例えば決まっていたCM契約がキャンセルになってしまったような場合には、注意義務違反すなわち契約違反に問われる場合もあるわけです。

契約違反があったとなると、次に問題になるのが、違反の責任をどうとってもらうか、ということです。

一般的には損害賠償責任と契約解除が考えられます。
損害賠償責任についていえば、例えば、先ほどのCM契約キャンセルによって会社が被った損失(会社の取り分など)を賠償するという話になるでしょう(ただ、実際にタレント側に支払う資力がないケースもあるでしょう。その場合には、たぶん、その分稼いで返せ、という話になるんでしょうね)。

契約解除については、そうそう簡単にはいきません。
雇用契約についてみると、使用者が労働者の契約義務違反を理由として契約を解除することは、俗にいう解雇になるわけですが、実務上は「解雇権濫用禁止の法理」というものがあり、よほど合理的な理由がない限り、解雇してはいけないとされています。
これは、一般の他の契約と同様の契約解除権を使用者に認めてしまうと、力関係で上に立つ使用者側が、気に入らない従業員を難癖つけてやめさせることがたやすくなってしまうからです。
しかも、懲戒解雇が認められるのは、契約書や就業規則に定められた懲戒解雇事由に該当する悪質な事情があった場合に限られるわけです。

これは、アイドルについても当然同じであって、純粋に雇用契約を事務所と締結しているアイドルは、簡単には解雇されませんし、まして懲戒解雇というわけにはいきません。
雇用契約ではなく、業務委託契約やこれに類する契約形態で事務所と契約しているアイドルについても、テラバヤシとしては、雇用に準じて考えられることになるのではないかと思うわけです。なぜなら、雇用だろうと業務委託だろうと、事務所との力関係に変わりはないと考えられるからです(念のため、アイドルです。大御所のタレントさんではありません)。
つまり、契約解除はよほど合理的な理由がない限りできないだろうと思うのであります。

がしかし、逆にいえば、事務所側は、「よほどの合理的な理由」があればアイドルの解雇、契約解除はしうるわけです。

「恋愛禁止ルール」を破って、男性と交際した、一緒の部屋にこもって朝まで出てこなかった。
こういう事態が発覚したAKBのメンバーは過去に数人いたようです。
ですが、事務所を解雇になった、AKBを辞めさせられたという話は聞いたことがありません(注:AKBのメンバーの多くはAKSという事務所に所属しているということなので、解雇、契約解除はイコールAKBを辞めさせられるということに繋がるかと思います)。これは、他人と恋愛関係に陥っただけでは、解雇や契約解除が認められる「よほどの合理的理由」には一般的に当たらないという判断からだろうと思われます。

では、突然の結婚宣言はどうなんでしょう?
事務所の誰にも直前まで話していない。
イメージとのギャップが大きすぎて、いくつかの仕事をキャンセルせざるを得ない。
やはり、恋愛とは違うのか?
相手を取っ替え引っ替え恋愛しているアイドルと前振りなしに「結婚します」と宣言するアイドルを比べて、後者の方を辞めさせる「合理的理由」なんてあるのか?
こう考えてみると、恋愛と結婚を本質的に分けて考えるのは難しいようにも思えます(ちなみにAKBでは、結婚は禁止されていないんだとか)。

40代以上の方は覚えていると思いますが、昔、フジテレビには伝説の子供向け番組「ピンポンパン」というものがありました。
ピンポンパンに出てくるお姉さんは、フジテレビの局アナでした(これがのちのアイドルアナ路線の走りだと思います)。
2代目か3代目かの酒井ゆきえお姉さんが、のちに対談でお話しされていたのですが、ピンポンパンのお姉さんをやっていた頃は、トイレに入るところを見られてはいけない(たぶん子供達にという意味だと思いますが)というルールになっていたそうです。

子供にトイレ入っているところを見られたので解雇となれば、当然そんな解雇は無効です。
が、アイドルの恋愛事情は、そう簡単に片付けられる問題ではなさそうです。


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by terarinterarin | 2017-06-20 21:59 | Comments(0)
このブログで任意事情聴取における捜査機関の傍若無人ぶりをお伝えしてきました。
そんななか、テラバヤシ自身が任意事情聴取に付き添ってきましたので、そこから感じたこと、今後、必要と感じる取り組みについてお伝えしたいと思います。

なお、この事件は現在も捜査継続中の事件です。守秘義務の問題もありますので、このブログに記載した以上のことはお問い合わせいただいてもお答えできないことを予めご了承ください。

まず、私が任意事情聴取を受ける依頼者に付き添って警察署に赴いたのは今回が初めてでした。
意外に思われるかもしれませんが、法テラス時代は、原則として国選事件しか受けることができなかった手前、身体拘束前の被疑者の方の弁護活動を体験することができませんでした。その後も、裁判員裁判対象事件を中心として身体拘束されて以降の被疑者の事件を受けることばかりで、任意事情聴取段階の事件に縁がなかったのです。

まず、弁護人選任届を警察署に送るときに、一緒に「任意として許される範囲を超えることのないように強く求める」という趣旨の書面を警察署長宛に送りました。内容としては、自由な退出を認めること、供述を強要しないこと、供述調書等への署名捺印を強要しないこと等等を記載した、というところです。

その後、一度依頼者が一人で事情聴取を受けたところ、いくつか問題と思われることが散見されたため、「これは放置しておくとさらに様々、事実上威圧されて強要される」と思い、同行することにしたわけです。

警察署について担当警察官に会ってすぐに、「事情聴取に同席させてください」と言いました。事情聴取への弁護人同席を禁じる法規制はありません。ですので、特に任意事情聴取下では、本来認められてしかるべきなのです。
しかし、あちらは「同席してよいというルールもない」という実に警察らしい理屈で、同席を拒否しました。
一般の方はわからないかもしれませんが、民主社会のルールの基本は「規制がない限りは自由。合理的な理由で合理的な内容の規制のみが許される」というものです。
そういう民主社会のルールの根本について全く理解されていない回答が返ってきたというわけです。

しかも、この回答は実によどみなく担当警察官とその上司の警察官から返ってきました。つまり、警察全体の論理というわけです。

ただ、テラバヤシもここでごねる気はありませんでした(今の日本の警察でこれが認められる可能性は99.99パーセントないだろうと思っていたので)。
そこで、「同席がだめなら録音させてください」と言いました。
以前の投稿でも書きましたが、現在、被疑者が身体拘束されている事件では、原則全件録音録画の建前があります。
だとしたら、任意事情聴取下で録音できない理由がありません。
しかも、「任意」なのですから、こちらが録音することは本来自由なはずなのです。
ですが、依頼者は、以前受けた事情聴取で録音はしないでくれ、と言われていました。
友人から聞いた話だと、任意事情聴取であるにもかかわらず、その前に警察官が何の断りもなくボディチェックすることもあるんだとか(注:ボディチェックそのものはやむを得ないかと思ってはいます。やはり、刃物などの凶器を持っていれば警察官に危険が及ぶ場合もありますので。ただ、当然のように行うことは許されないと思いますし、まして録音機を取り上げるのは任意事情聴取の範囲を超えているでしょう)。

そんな状況だったので、あえて「録音させろ」と言いました。これも断られるのは想定の範囲内でした。
警察側の回答は「録音できるよう申立したのですが、許可が出ませんでした」というものでした。
いったいどこに申立をして不許可になった理由は何なんだと聞こうかな、と思ったのですが、あまりにここでゴネて捜査妨害だのなんだのと突っ込まれると、却って、被疑者に不利益になるかもしれないと思い、それ以上は追及しませんでした。

そこで、最後に「依頼者が私に相談したいと言ったら、いつでも相談させるように」と言いました。
それはさすがにOKで、結果私は取調室にごく近い廊下のベンチで、待機することになりました。
事情聴取は、当初予定されていた時間通りに終了しました。
依頼者から報告してもらった限り、特段の問題はありませんでした。

身体拘束下の被疑者の弁護活動については、相当程度パターン化ルーティン化しており、それ相応に刑事弁護をしている人であれば、大きく外れる活動をすることはないだろうと思います。
身体拘束されていない被疑者の弁護活動も、同じようにパターン化ルーティン化し、多くの弁護士が「はずれのない活動」をすることができるようになることが、先日来発信している「任意事情聴取」を回避することに極めて重要であると思います。

弁選を提出するときに、一緒に「任意事情聴取を逸脱しないように」注意喚起する書面も渡しておく。
弁護人同席や録音の申し入れをする。
事情聴取の問題が判明した場合には、早急に抗議する。
そして、何より重要なのは、早い段階で一度は依頼者と一緒に警察署に赴くということだろうと思います。
「こういう弁護士が付いているんだ」という現実を捜査機関に突きつけることは、「下手なことはできない」というプレッシャーを警察官に与えることになります。
不当な事情聴取により一般の市民が苦しめられるのを回避するには、これが現状一番であることは確かでしょう。

もちろん、任意事情聴取なのだから、そもそも応じる必要がない、応じなければ、先に書いたような問題も生じないという考え方もあろうかと思います。
ですが、一概にはそういえないと思います。応じるか応じないか、応じたとして話すか話さないかは、逮捕のリスクとの兼ね合いで検討すべき問題ではないかと思います。
そういう戦略を立てるためにも、やはり、任意事情聴取段階での弁護人の存在は重要だと思うのです。

以前も書いた通り、今まで、日弁連や各単位会における被疑者被告人の権利擁護活動は、被疑者被告人が身体拘束されているケースが中心でした。
歴史をさかのぼれば、それは必然であり、やむを得ない対応だったと思われます。
身体拘束下での取調べは、可視化をはじめとしていくつかの規制がなされるようになり、以前に比べれば随分マシになりました。
そして、裁判所も(特に東京地裁は)、勾留請求を却下することが増え、不必要な身体拘束が回避されるようになってきました。

身体拘束がなされていない事情聴取には、裁判所の目も届きません。
「しょっぴいて吐かせる」ことが難しくなってきたので、捜査機関は、監視の目が及びにくい任意事情聴取段階で、過去、身体拘束下でおこなってきた事情聴取を再現しようとしているわけです。

私は、多くの弁護士に任意捜査段階の弁護活動を実践してもらいたいと思っています。
そして、そのノウハウを多くの弁護士で共有することが望ましいと思います。
日弁連や法テラスが、任意事情聴取に対する弁護活動に費用を出す仕組みを作ってほしいと思います。
より多くの任意捜査の対象者が弁護士にたどり着くことができるようにするためです。

こういう活動の広がりの中で、身体拘束下の取り調べの録音録画が制度化したように、任意事情聴取の全権録音録画、弁護人の同席の制度化が実現できれば、と思うのでありました。



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by terarinterarin | 2017-06-11 17:54 | Comments(0)
テレビドラマはあまり観ない方ですが、タイトルに挙げた「ツバキ文具店」は割と楽しみに観ていました。昨日、6月2日、このドラマは最終回を迎えました(本当は最終回前に書きたかった)。

「ポッポちゃん」こと鳩子(多部未華子さん)が、反発していた祖母(倍賞美津子)の死をきっかけに、鎌倉にある実家に戻り、祖母のやっていた文具店と代書屋の仕事を引き継ぐ、代書の仕事や近所の人の温かさに触れながら成長していく…とまあ、こんな感じのお話です。

代書屋とは、要するに「手紙の代書」を請け負う仕事です。
「代書」というと、依頼者が考えた文面を美しい字で清書する仕事、というイメージを持つ方もいると思います。
しかし、ポッポちゃんの代書屋は、そうではありません。手紙の文面や「伝え方」も考えるのです。
そのために、依頼者から相手との関係性を聴き取り(なかなか具体的に話してくれない人もいましたが)、相手に対してどういう心情を持っているのか、何を伝えたいのかをくみ取り、それを伝えるためにどういう言葉を選択すべきか、どんな筆記用具で、どんな紙(紙でないこともありましたが)に書けばよいのか…それら全てを決めるのです。

ポッポちゃんの代書の仕事との向き合い方を見ていて、自分が弁護士として書面を作成するときの向き合い方と相通じるものを感じました。

最も「あ、わかるな~」と思ったのは、実際に手紙を代書するシーンでした。
ポッポちゃんは、依頼された手紙を書く時には、白い「勝負服」(というか仕事服)に着替え、髪を後ろで一本にきりりと結び、間接照明に落とした仕事部屋の中で、集中を高めて取り組みます。
私も、書面(特に民事であれば訴状とか、答弁書、答弁書擬制陳述後の第一準備書面、最終準備書面。刑事事件であれば、冒頭陳述、弁論、控訴趣意書など)を書く時には、少なくとも半日は時間を空けてそれだけに費やせるように日程調整をして、気分を高めて集中して取り組みたい方ですし、極力そうしています。
基本的に、先ほど挙げたような「重い書面」を書く時には、来客や電話にも対応したくないので、状況が許す限り、自宅にこもって書いたりします。
エンジンがかかるのが遅い方なので、入り込めるまでは、お茶を飲んだり、お菓子を食べたりしてソワソワしていますが、本当に乗ってくると食事をするのも面倒になります。

私は、個人の方から依頼を受けることが多く、事件の内容も人と人との間の感情、人間関係の問題が深くかかわっているものが少なくありません。
もちろん、私は弁護士として法的に何かを請求するために書面を作成しているわけですから、ポッポちゃんの代書の仕事とは同じではありませんが、自分の仕事の特性上、相手との関係で依頼者がどう感じたのか、ということを言葉で言い表すことがやはり重要だと考えています。
例えば、慰謝料請求訴訟を起こす際、「精神的に多大なる苦痛を被った」などという言い回しを私だけでなく多くの人が定型的に使ったりすると思います。しかし、それまでに起こった事実から、どんなことを感じて、「精神的に多大なる苦痛を被る」に至るのかという点について、どれくらい臨場感がある言葉を出せるのか、は、担当する裁判官にその事件の本質を伝えるにあたって重要な作業ではないかと思うのです。

なので、書面を書く時にはいつも生みの苦しみを感じます。
書こうと決めた日に、どうしても気持ちが入らなくて、予定を変えて別な日に(あえて切羽詰まった日程にする)エイヤで書き始めることもあります。
たぶん、多かれ少なかれ、似たような気持で書面に取り組む弁護士はいると思うのですが、私の知り合いの中には、「事件類型によって訴状はパターンで書けるから楽だよね」などと言う人がいて、個人的にはかなり信じられないのです(企業系の仕事ではなく、私と同様個人の方の仕事を受けることが多い人です)。
それでも受理されて普通に審理されるのですから、必要にして十分なものは、その考え方で出せているわけです。肩に力を入れずに必要な仕事ができる人は、うらやましいなと思っています。私にはできない芸当なので。

もちろん、私も事件によっては、あえて最初は必要最低限の内容のみに抑えた訴状を出すこともあります。
ですが、それはページ数が少ないだけの話で、「生みの苦しみ」が軽減されているとは必ずしもいえなかったりするのです。
会議なんかに出ながら書面をあげてしまう同業者も相当数いるようですが、そんな器用な真似、一生に一度でいいからやってみたいと思ったりもします。

ポッポちゃんは、代書した手紙を発送する前に依頼者に確認してもらっていました(ひとり、代書依頼後に亡くなった方がいて、その方は除きますが)。
私も作成した書面は、原則として、依頼者に確認してもらいます(軽い内容のもの、法的主張に特化したものなどは事後報告になったりしますが)。確認してもらう最大の目的は、事実の誤りがないかどうかなのですが、その時に「私の気持ちがちゃんと言葉になっていました」などと言われると、ちょっとほっとしたりするものです。
自分なりに「いい書面が書けたな」と思う事件は、結果が伴うことも多いように思いますし。

「物を書く仕事」は、思いのほか、世の中にたくさんあるものです。
書く書面は違っても、私のように、いつまで経ってもうんうん唸りながら書面を書いている人もいれば、必要以上に悩まずに書ける人など、「取り組み方」のタイプは千差万別なのだと思います。

私は今回ポッポちゃんに会えて、自分の書面との向き合い方が、あながち間違いでもなく、悪くもないのかもしれない、と初めて思えました。

ブログも毎回うんうんうなりながら書いています。
なんだかんだ言って、唸りながら書くのが、自分は好きなのかもしれません。






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by terarinterarin | 2017-06-03 01:01 | Comments(1)

寺林智栄の弁護士としての日々や思いをつづります。


by terarinterarin