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皆様、ご無沙汰しております。
前回投稿から2カ月が経ってしまいました。

コロナ禍で緊急事態宣言が繰り返されるようになってから、やはり、刺激自体が少なくなっているのか(もしくは自分が刺激に対する反応が鈍くなっているのか)、ブログにできるネタというものに出会うことが少なくなってしまいました。

本日は久しぶりに「これで書いてみよう」と思うネタに出会えたので、久しぶりに投稿しようと思った次第です。


私は、弁護士ドットコムの広告サイトに登録しているので、時折、同社からメールが送られてきます。
本日送られてきたメールに添付されていたURLを開くと、そこには「集客効果が高いWebサイトとは?成果につながるWeb集客施策まとめ【解説編】」というレポートがありました。日付は2020年1月7日付となっていました。


興味深かったのは「弁護士の選定要素」という項目で、一般の方を対象とした調査から、弁護士を選ぶ際に重視される要素が、パーセンテージとともに記載されておりました。


上位3つは、「その分野の専門性・実績」68.4%、「人柄・信念・信条」64.2%、「弁護士としての経験の長さ」58.2%となっていました。


逆に、「メディア出演の実績」は2.4%、「弁護士の性別」は6%、「弁護士の写真の雰囲気」は9.1%と低率で下位となっておりました。


これらの結果は、いずれも自分にとってうなずけるものでありました。


というのも、ここ最近のネット経由の事件の受任の傾向を分析すると、自分の場合は「私の専門性」や「人柄(というか、自分にマッチするかどうかという感触)」、「そこそこの経験年数」(弁護士14年目です。)を、相談者の方が重視して、相談のご希望を出されているように思えて仕方なかったからです。


3月以降、2つのウェブ広告ルートから相談やいらいの申し込みが相当数来るようになっており、特にこの1,2カ月その傾向が顕著でした。
そして、相談や以来の大半は、離婚や親子問題を中心とする家事事件でした。
「どうして急に?」と思ったのですが、まず思い当たったのが、私の経歴でした。


先ほども述べましたが、私は弁護士登録が2007年ですので、今年弁護士14年目となります。
自分ではまだまだ若手のつもりでいましたが(図々しいですね)、客観的に見れば、中堅と言っていい年数かと思います。
これくらいの経験を積んでいる弁護士であれば、登録数年目の弁護士よりは安心感があると思ってもらいやすいのでしょう。


また、ウェブ広告には、自身の経歴として「元東京家庭裁判所家事調停官」と載せております。
「家事調停官」というのは、家庭裁判所において、「調停」の範囲内で裁判官と同じ権限をもって職務従事する非常勤の役職です。
私は、過去に4年間この職務に従事していたので、ひとつの経歴としてウェブサイト等に掲載しています。
この経験を通して、家事事件に対する造詣が深くなったという自負も持っています。


おそらく、一般の方は、この肩書を見ると「離婚などの家事事件に強い」という専門性を感じるのではないかと思います。
裁判所で仕事をしていたということも、もしかするとひとつの「箔」になっているのかもしれません(元裁判官、元東京地検特捜部検事などと似ていますね)。
経験年数がそこそこ長いこととも相まって、「じゃあ、家事事件ならまかせられるかな」と思ってもらいやすいのかなと感じています。


さらに、登録している広告サイトでは、私のインタビュー記事が載っていますし、一般の方から寄せられる質問に対して回答することもあります。この回答は公開されているので、広く閲覧することが可能です。
ウェブサイトで記事を書くこともありますし、このブログもあります。


そういったものに、私の「人柄」というものがにじみ出ており、「この人となら話せるかも」、「まかせてみてもいいかもしれない」と思っていただけいるようにも思います。
自分の人柄が特段いいとも思えませんが、私の名前で発信されているいくつかの情報を見て「合いそうだ」と思って来てくださっている方が相当数いることは間違いないでしょう(実際、「ブログを読んで来ました」、「ウェブサイトの記事を読んで来ました」という方は相当数いらっしゃいます)。


逆に、私はメディア出演はほとんどありません。以前とあるモーニングショーで、フリップに写真が1枚付いていた程度です。有名弁護士でもなんでもありません。
女性ではありますが、女性の依頼者相談者は多いものの、男性からの相談や依頼も少なくなく、ジェンダーバイアスを感じることも特にありません。
写真写りもよくなく(ということにしておきます)、広告サイトや自身のウェブサイトに張っている自身の写真が特段素敵に映っているということもありません。


いらっしゃる相談者や依頼者の皆さんとお話ししても、自分がメディアで活躍しているかどうかを気にされている方は全くいらっしゃらないなと実感しています。


自分は、仕事の受注という点において、いわゆる「メディア戦略」というものを強く意識することはありません。
ですが、集客の多くがネット経由であることから、「一般の方が弁護士を選ぶ際にはどういうことをポイントにするのか」ということは、割とよく考えるほうです。
その結果、経歴は広告サイトや自身のウェブサイトに記載することにし、ブログを書き、また、ウェブサイト上には自身の趣味なども書くようにしていました。


今回の弁護士ドットコムのレポートは、自身が考えていたことと、一般の方に対する調査結果に齟齬がないことを示すものでした。
自分の「広告に対する考え方」は、正しい方向を向いていたのだなと安心しました。


ただ、シビアなことを言えば、これからコンスタントに受任件数を維持する(できれば増やす)ことを考えるのであれば、差別化をどうやって図っていけばいいのかを考えていかねばなりません。


果たしてそれは「広告戦略」という方法で足りるものなのか、それとも自分自身に何らかの付加価値をつけることが必要なのか。
その点を見極めていくことも重要なのかな、と思うのでありました。


*弁護士ドットコムのレポートは大変興味深く読ませていただきました。ありがとうございました。

# by terarinterarin | 2021-06-16 13:57 | Comments(0)
小室圭さんのお母様と元婚約者の方の間の金銭問題が、最近かなり話題になっています。


小室圭さんがこの問題に関する小室家側の言い分を28ページもある書面にして主張し、その上、解決金を支払う意向があると発表したというのが、世間の注目を浴びる原因となったのでしょう。


この金銭問題に関しては、世間的には小室圭さんのお母さんの方にマイナスイメージがついてしまっています。
「婚約者という立場を利用して400万円もせしめた女」という、お金に汚いイメージがついてしまったものと思われます。


小室さんが発表した28ページの書面も、元婚約者の方をディスっているなどというコメントもあり、あまり好意的には受け取られていないようです。


この問題、弁護士の立場から見ると、どのように映るのか、これからお話ししていきたいと思います。


男女間の金銭トラブルというのは、割によく相談を受ける問題です。


ネット上の法律相談でも、「結婚の約束をしたから援助をしたのに、結婚を反故にされた。援助したお金を返して欲しい」というのは、よく見かけます。


しかし、「援助」というのは、つまり「あげたもの」です。「貸したもの」ではありません。
契約で言うと、贈与契約になり、しかもお金を渡すことによって、契約の履行は終わっています。


この場合、法律上お金を援助した側は、契約を解除する、お金を返してくれと言う権利はありません。


渡したお金を返してもらえる権利がある場合は、貸した場合です。
しかし、お金を貸したと主張できるためには、貸した側が貸したことの証拠を出す必要があります。
代表的なものは借用書です。


法律相談でも、このお金は貸したものです、だから返して欲しいのですと言われても、借用書はおろか、貸したことを示す証拠が何もない場合には、手の打ちようがありませんと回答するしかないのです。


友人知人間、恋人同士でお金のやり取りをしていても、借用書を作っていることはないことの方が多いでしょう。
そうすると、仮に、こちらは貸したつもりだったと思っていても、借用書がない場合には、関係を清算することになってもやはり返してもらえないと言わざるを得ません。

小室圭さんのお母さんの問題について、元婚約者の方は、400万円もの大金の問題であるにもかかわらず、トラブルの存在を主張するだけで、一向に裁判にする気配というものがありませんでした。


また、お母様の方も、歯切れ良く「お返しします」ということもありませんでした。


ということは、法律上、元婚約者の方には、400万円を法律上返してもらえる権利があることを示す証拠がないと考えるのが自然であるように思われます。


そうであれば、小室さんのお母様は、「これは贈与に過ぎないのでお返しは致しません」と最後まで突っぱねてしまうこともできたのです。


ですが、今回、小室圭さんがこの400万円について「借りたものではない」と明確に主張しておきながら、「解決金を支払う用意がある」と表明しました。


これは小室さん側には返す法的義務はないけれども、問題を解決するために、任意にお支払いをするというものに過ぎません。
自分たちの「負け」を認めたわけではないのです。


推測になりますが、小室圭さんと眞子内親王の結婚の話を進めるためには、世間のマイナスイメージを払拭するために支払いをした方が得策と考えた結果ではないかと思われます。


しかし、一般的に、法律的に支払う義務のないものを、相手側が執拗に支払いを求めるからといって、支払ってしまうことは、慎重に判断すべき問題です。


支払う側は、「これを支払えば終わりだ」「これで関係を清算できる」と思うのでしょうが、そうとは限りません。


相手は、一度支払いを受けたことによって「ごねれば金を引き出せる」と考えてしまう場合が往々にしてあります。


そして、また、なんだかんだと理屈をつけてお金を支払わせようとしてくるのです。
恐喝に近い状況になることもあり得ます。
注)小室圭さんのお母様の元婚約者の方がそうだと言っているものではありません。


ですので、私の場合は、「援助してもらったお金を元交際相手から返せと言われている。」と相談された場合には、電話やメールを着信受信拒否して連絡を取れないようにした上で、絶対に返さないようにと回答することも少なくありません。


請求があまりにも執拗な場合には、受任して、代理人名で支払い拒否の書面を送付することもあります。


小室圭さんのお母様と元婚約者の方の金銭トラブルについては、先にも述べた通り、お母様側に悪いイメージがついてしまっております。


ですが、「男女の間の金銭トラブル」という視点で掘り下げて考えてみると、このイメージはかなり一方的なものではないかと感じられます。


とはいえ、人の感情が絡む金銭トラブルは、かなり面倒な対応を迫られ、エネルギーを消費するものです。


どんな関係にある人であっても、お金の問題にはシビアでいるくらいの方が、後々嫌な思いをしないで済むように思うのです。





# by terarinterarin | 2021-04-13 12:32 | 金銭トラブル | Comments(0)
当事務所は、債務整理案件も数多く手がけております。
私自身、自営の事務所をやっていた時は数えるほどしか債務整理をやっていませんでしたが、移籍後は、多くの債務整理案件を担当するようになりました。

法テラスにいたころは(今から10年近く前)債務整理はかなりやっていたので、久々に債務整理が日常の業務の中にある日々を送っております。

債務整理案件の大半は自己破産案件です。

自己破産の理由は多様ですが、ギャンブルや飲食、買い物などの浪費が原因で借金を作ってしまった人が一定数いる一方で、手にする所得が少なかったがためにクレジットやキャッシングの返済ができず、多重債務に陥る人も相当数います。

自己破産が2度目という人も相当数いらっしゃいます。実数を数えたわけではありませんが、私の印象では、当事務所に移籍してからの自己破産2度目という方の割合は、担当した自己破産事件のうち4分の1から3分の1くらいに上っているように思います。

10年から15年前に1度破産したという方が多いのです(注:東京地裁の自己破産申立書式では、7年前以内に自己破産したことがある方はその旨記載しなければなりませんが、7年より前の場合にはその旨記載する必要がありません)。
50代以上の方で目立つ印象です。

私が新人だったころ、あるいは法テラスのスタッフ弁護士をしていたころは、自己破産が2度目という方に出くわすのはまれなことでした。
実際に統計があるのかどうかはわかりませんが、少なくとも私の感覚では「2度目の自己破産を申し立てる」という方は、明らかに増えているのではないかと感じられます。

債務整理を行う事情が様々であるのと同じように、2度目の自己破産を申し立てるに至る事情も様々ではあります。
ですが、2度目の自己破産を申し立てるに至った人の中にも、やはり生活費が足りず2度目の破産に至ってしまったという方が少なくないのです。

このことは、日本の社会において、この十数年の間に貧富の差が広がったこと、貧困層が増えたことを表しているように思われます。
つまり、一度貧困に陥ってしまうと、そこから抜け出すことが難しい世の中になってしまったということなのではないでしょうか。

新人弁護士だったころ、私は、債務整理の研修で、講師を務めた弁護士から、「自己破産の申し立てにあたっては、弁護士が、その人が二度と貧困に陥らないようにケアしながら進めていく必要がある」と言われておりました。
申立書類の中にある家計表の作成や預金通帳のチェックを細かに行い、家計管理がしっかりできるようにする、家族のために借金を背負っている人の場合には、家族も打ち合わせに同席させて依頼者に借金のしわ寄せがいかないような家計管理を家族全体でするように指導する、そういったことが大切だと言われていたのです。

もちろんこの考えは間違いではないと思います。
実際、過去に破産事件をやっていたころ、このような打ち合わせを繰り返して、依頼者にお金の使い方がわかった、これで今後はお金に困ることもなくなると思う、などと言われたこともあります。
自己破産をきっかけに経済的な立ち直りを図ることができたということなのでしょう。

しかし、そもそもの収入が増えない、増えないどころか自己破産申立のころより減ってしまった、そんな状況が貧困層の中により一層蔓延するようになってしまったのでしょう。
単に家計管理をするだけでは、貧困からの立ち直りを図ることができないというケースが増えてしまったように思われます。


弁護士の仕事をしていると、扱っている事件の傾向・動向によって、社会の動きや社会問題を実感することも少なくありません。
例えば、最近では、不仲な夫婦、離婚当事者の間で子をめぐる紛争が増えました。男性が育児に参加し、子に対する愛着を表に出す機会が増えたのだなとつくづく感じます。

2度目の破産の件数の多さは、日本社会の貧困問題の深刻さを、私に感じさせるのでありました。



# by terarinterarin | 2021-04-07 16:48 | 債務整理 | Comments(0)
北千住パブリック法律事務所に移籍してから既に2年以上が経過しました。
この間、自分が担当する事件が(こんな言い方をすると失礼なのかもしれませんが)、どんどん「濃ゆい」ものになっています。
多方向に考えをめぐらし、先の展開を読めるところまで読み、それでも予想外の展開になることも少なくない、一筋縄ではいかない事件が増えました。

そして、移籍してから以前にも増して、家事事件(形式的には民事事件でも実際には家族内の問題というものも含みます)が増えてきました。

いわゆる「DV」が絡んでいる事件も少なくありません。

「DV」は、ドメスティックバイオレンス、つまり家庭内暴力の略であり、家事事件の領域では、主に配偶者間の暴力(そしてその多くは、夫から妻への暴力)を指す言葉です。
単にDVと言われるものは、身体的暴力が振るわれる場合ですが、他に経済的DV、精神的DVなどもあります。
経済的DVは、生活費を渡さない等の経済的な方法により配偶者を不当に苦しめる事象、精神的DVは、いわゆる言葉の暴力によって精神的に配偶者を不当に苦しめる事象と言えるでしょう(なお、モラハラより精神的DVのほうが宥恕すべき事態と考えます)。

配偶者に暴力を振るわれた、生活費を渡してもらえない、日々の暴言暴力に苦しめられている、というご相談は非常に多いです。

相談者からの話を聞いていて思うのは、これらのDVの本質は何かということです。

単にDVをする人間の性格が悪い、わがまま、あるいは発達上の問題があって爆発しがち。
DVという事象の背景を上記の程度にとらえるのは、適切ではありません。

DVをする側には目的があるのです。その目的を、DVをする人間が自覚しているかどうかはわかりません。
自覚していなくても、「骨の髄」からその目的を履行したいと意図して、DVをする人間は行動しているのです。

DVをする側の目的は、「支配すること」です。
配偶者や子供を支配する。
そのために、暴力や暴言、経済力をフル活用するのです。

なので、DVの完成形は、完全に支配することです。
具体的には、DVをされる側が、その状況から脱することをあきらめてしまう、あるいは洗脳されてDVをされていることに気づかない、DVをされていることが普通の状態になってしまう、というところに行きつくと、DVはその目的を達していることになります。

DVをする側は、その支配状態を継続するために、適宜DV行為を行えばよいということになります。おそらくは被害者が逆らっている状況よりも楽であろうと思われます。

そして、この域に達してしまうと、DV被害者の周囲がこの状況から脱しなければならないと思っていても、本人にはその気がないため、助力が困難になります。
私自身もこれに近いケースのご相談を何度か受けたことがありますが、被害者の方にこちらの言葉が届かず、スポイルされ続ける生活に戻ってしまうので、大変に悔しくもどかしい思いがします。

先ほど、DVの目的は「支配すること」と書きました。
逆に言うと、DVは「支配のための手段」ということになります。
ということは、配偶者の一方が、他方の配偶者やその他の家族を支配するために用いられる手段は、暴力や暴言、経済力には限られないということです。
単なるDV、経済的DV、精神的DVだけが、DVではないのです。


代表的な先の3つの例以外では、子どもを利用したDVが、よくあるケースです。
個人的には「面会交流DV」と呼んでいます。
この類型のDVは、主に別居しているケースで行われます。

同居親が相手方に対してDVをする場合には、面会交流やその他の問題について条件を付け、「従わなければ面会交流は行わない」という形で、支配をしようとします。
逆に別居親が相手方を支配しようとする場合には、子どもに会う権利を声高に主張して、相手方が従わない場合には、住居や職場に押し掛けたり、子らが通う教育機関にコンタクトを取ろうとしたり、種々の嫌がらせをしようとするのです。
いずれも執拗です。


世間一般ではもちろんDVと認知されていませんが、我々弁護士の間でも、上記のような事象が実はDVであると気付かない人が少なくないようです。

それがゆえに、「お子さんに会いたいのであれば、ある程度先方の主張を受け入れなければならない」、「面会交流は権利であるから、子どもは会わせなければならない」と、苦しんでいる被害者に結果的に寄り添わない対応を弁護士がしてしまうこともあります。

もちろん、最終的には、個々のケースに応じて対応することになりますが、子の監護が問題となっている事案において、早期に調査官を参加させる今般の調停の在り方に鑑みれば、早い段階で調停に持ち込むことが有効になることが多いのではないかと思われます。


このようなDV加害者は、自分が誰かの指示を受けることを嫌がります。
その一方で、お上には(若干ながら)弱いという一面があることも少なくありません。
そこを利用するのです。

調停に持ち込んで、裁判所に(調査官に)加害者の不当な対応を訴え、調整を求める。
もちろん100%、被害者側が望んだ結果にはならないでしょう。
しかし、100%、相手から言われるがままにはならない、つまり、支配がしにくい状況を作り出せる可能性が高まるということになります。

裁判所の手を離れたら、また、元の木阿弥ではないかと思う方も多いと思います。
しかし、同じことをやったら、また裁判所に持ち込まれるという刷り込みが加害者側にできることも少なくありません。
それは、加害者側にはとても嫌なことと思われます。

なので、調停に持ち込むということが大切になってくるのです。

ただし、代理人をつけずに調停に持ち込んでも、加害者はなめてかかってくるでしょう。
当事者間で連絡をしなければならない場合もあるので、そこを加害者が利用して支配しようとしてくることもあります。

なので、「面会交流DV」というものを理解した代理人を選任したうえで、調停に臨むことが大切なのではないかと思います。


DVの本質は支配です。
支配しようとする者は、利用できるものは何でも利用しようとしてきます。
「子ども」というのは、夫婦間ではある意味ウィークポイントであり、使える道具のひとつです。

弁護士は、そのことを忘れてはならないと思います。





# by terarinterarin | 2021-02-18 16:07 | Comments(1)
(時季に遅れましたが)皆様、あけましておめでとうございます。2021年もよろしくお願いいたします。

さて、大相撲の初場所が10日から始まりました。

私は子供のころからの相撲ファンで、休みの日などに家にいると、相撲中継にチャンネルを合わせています。

今回の場所は、コロナの影響で大変なことになっています。
横綱の白鳳関をはじめ関取16人が感染、濃厚接触などにより休場。
そのため、幕内力士の取り組みがとても少ない状況となっています。
部屋によってはクラスターが発生したところもあり、初場所の開催自体が危ぶまれました。

個人的には、大関貴景勝の綱とりがかかっているのと、興行収入やテレビ放映料を得る必要性から開催したのかな…などと思っております。

そんな中、コロナ休場を認められなかった力士が、引退するというニュースがありました。


この力士は、心臓に持病があり手術したことがあったため、コロナに感染することが恐ろしく休場を願い出たものの、相撲協会側から、「コロナが怖いで休場は通らない。出るか辞めるかだ」などと進退を迫られ、やむを得ず引退したということです。


この協会側の対応には、大きな非難が集まっているようです。


私としても、この対応はかなり問題があるように思います。


まず、そもそも、大相撲は感染リスクが高いスポーツと言えましょう。
マスクを外して、飛沫をガンガン飛ばして濃厚接触するスポーツです。
無症状で感染している力士と対戦した力士の感染リスクは極めて高いと言わざるを得ません。


加えて、力士は、一言でいえば皆さん肥満です
糖尿病などの基礎疾患をお持ちの方も少なくなく、多くの力士が重症化リスクを負っています。
力士だけではありません。親方衆もです。


おまけに若い力士は部屋で集団生活を送っています。
そもそも感染リスクが高い生活をしているということができましょう。


このような状況の中で、「コロナの感染リスクを踏まえて休場したい」という要望が力士から出るのは決して不自然なことでもなければ、単なるわがままでもないと言えます。

個人には、自分の生命を守る権利が当然あります。
その権利を行使することが妨げられるいわれはありません。
まして、先ほども述べたように、感染リスクが高い大相撲の特性上、権利の行使は認められてしかるべきではないでしょうか。


協会側としては、1人1人のこのような要望を聞いていては、場所が開催できなくなるのではないかという危機感を覚えたのかもしれません。
ですが、そうであれば、場所は中止するのが筋ではないかと思うのです。


仮に、この力士が、協会側の説得により引退せずに出場し、その結果コロナにり患したとなれば、どうなるのでしょうか。
もし、相撲関係者からの感染ということになれば、場合によっては、民事上の責任の問題が生じる可能性もあるのではないかと思われます。


先ほど、個人には自分の生命を守る権利があると話しましたが、協会側にも、力士の健康や安全を守る義務があると言えます。
協会のこの力士に対する説得は、このような義務があるということを理解していないことを表しているように思えます。


相撲ファンとして、場所が開催されないことは悲しいことではあります。
ですが、こんな接近戦で、力士はコロナに感染しないだろうかとはらはらしながら取り組みを見るのも、またつらいものがあります。

「コロナが怖いので休場」という言い分が自然に通る、そんな新しい相撲協会になることを望みます。




# by terarinterarin | 2021-01-12 12:59 | Comments(0)

寺林智栄の弁護士としての日々や思いをつづります。ウェブサイト https://attorneyterabayashi.simdif.com  「弁護士テラバヤシ」でツイッターもやっています。


by terarinterarin