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3月16日、津久井やまゆり園事件について、植松被告に対して死刑判決が出ました。

おそらく(ほぼ)誰しもが、このような判決になるであろうと予想し、そのとおりの判決になりました。
そのせいでしょうか。それとも事件からある程度の月日が経ったからだったのでしょうか。
あるいは、コロナウィルス蔓延という事情もあったのかもしれません。
判決の取り上げられ方は、かなり控えめで小さなものだったという印象です。

私は、この事件の弁護活動というものに、事件が起こった直後から関心を持っていました。
この事件、弁護人はどんな弁護活動ができるのだろうか、現実にどんな弁護活動をチョイスするのだろうかということがとても気になっていたのです。

このような凶悪事件において、世間の人々が激烈な嫌悪感を持つのはある意味当たり前のことです。最近は、このような事件の弁護人に対しても、弁護活動をしているというだけで嫌悪感をあらわにする反応が見られます。

刑事弁護を行う弁護士の端くれとして言わせていただくと、このような事件は、弁護士にとって決して儲かる事件でもなければ、名をあげられる事件でもありません。
むしろ、弁護士にとっても心身ともに負担が大きい事件です。

しかし、それでも、弁護人としてチョイスされた人(国選や、弁護士会の刑事弁護委員会からの派遣要員としてお声がかかった人)は、弁護活動を行います。
それは、刑罰という不利益を課す手続において、公平さを保つためには、そのリスクを背負う人をサポートする必要があるからです。

例えば、子どもがいたずらをしたとして、おやつ抜きというペナルティを課される場合でも、その子どもを一方的にせめるだけでは手続がフェアとはいえません。子どもの言い分を聞いたり、その子供をかばってくれる存在が必要です。
刑罰という重い重い不利益を課されるリスクがあるのですから、サポートの必要性は、子どものいたずらの場合よりも当然高まります。
手続の公平を保つために弁護人という存在が必要であり、弁護人についた弁護士は、そのサポートを実践していくのです。一種の使命感の下で刑事弁護を行っているといっても過言ではありません。

今回の事件でも、選ばれた弁護人は、植松被告の裁判をするにあたって、何が最善の方法なのかということを考えていたはずです。
しかし、それは、非常に苦しい問題だったのではないかと容易に想像できます。

なぜなら、今回の事件は、(死刑制度の是非はともかくとして)普通に考えれば死刑以外に選択肢がない事件だったからです。
殺害した人の数は19人。
しかも、殺害したのは重い障害があって抵抗ができない方ばかり。
それを問答無用で次から次へと殺している。
あまりに凄惨で一方的で悲惨な事件でした。

そんななかで、被告人の最悪の不利益を回避するためにできることはごくごく限られていたでしょう。
おまけに、おそらく植松被告と弁護人の意思疎通は円滑に図られていたとはいえない状況でもあったように見受けられます。
何ができるのか。何をすべきなのか。
悩ましかったのではないでしょうか。


死刑事件の弁護活動というと、死刑制度の違憲性を主張するという方法が弁護士としては真っ先に思い浮かびます。

しかし、この事件で、弁護人はその選択をしませんでした。
もし、私がこの事件の弁護人でも同じだったと思います。
なぜなら、ことこの事件に関しては、「死刑は憲法に違反する」という主張は何の説得力も持たないからです。

ごくごく限られた弁護活動の選択肢の中で、弁護人が選んだのは、責任能力を争うという手法でした。
たった一人で障害のある方を19人殺害するという異常な事件です。
当然、裁判の上で責任能力の点は問題になりえるでしょうし、判決を見る限り、2つある精神鑑定いずれにも心神喪失を主張しうる要素があると判断したのだと考えられます。

結果として退けられてしまいましたし、植松被告の賛同は得られなかったようですが、弁護活動の選択としてはこれしかなかっただろうし、適切な活動だったのではないかなと思えます(こんなことを言うのはおこがましいのですが)。

私は、死刑制度には反対です。
ですが、この事件に関しては、死刑の当否について語る気持ちにはなれません。
今回の事件では、刑罰の問題ではなく、裁判や判決の取り上げられ方に疑問を持ちます。
冒頭にも書きましたが、あまりにも取り上げられ方が軽い印象を受けます。
この事件は、風化させてはいけない事件です。
植松被告という人物がどうして出来上がってしまったのか。
どうして、誰も事件が起こるのを止められなかったのか。
このような事件が再び起きる社会的な要因はないのか。
後世に語り継いでいかねばならない事件です。

こんな事件が忘れ去られようとしている、そのことが怖いと感じるのでした。








# by terarinterarin | 2020-03-18 17:36 | Comments(1)
一昨日の夜から札幌に来ている寺林です。
今回は、仕事と帰省を兼ねて来たのですが、その最中に鈴木知事の「緊急事態宣言」が出てしまいました。土日の外出を控えてほしいという例のアレです。

本日土曜日、私は行こうと思っていたところがありました(必要又は急ぐものではありませんでしたが)。
行こうかとも思ったのですが、実家の両親があまりにも良い顔をしないので笑、断念しました。

ただ、ちょっと手に入れたいものがあったので、代わりになるものが近所のスーパーマーケットにないかと思い、午前中、母とともに行きました。

スーパーマーケットには思いのほか、多くの客が来ていました。

併設されているドラッグストアでは、ティッシュやトイレットペーパーの棚がほぼ空の状態。
それらのものを複数抱えている客がレジ前に長蛇の列を作っていました。

スーパーマーケットの方でも、食料品や日用品を買い込む客がたくさん列を作っていました。

未知のウィルスに人々が侵される危険性があるかもしれないので、遠出を自粛しましょうというだけの話なのに、なぜ、このような過剰な消費行動が起こっているのか?

私はちょっと驚きました。
そして、思いました。

緊急事態宣言は、人々に誤ったメッセージを届けたのではないでしょうか。
知事が「人はなるべく動かないでくれ」と言っている⇒人やモノの動きが全面的に止まってしまう⇒必要なものが手に入らなくなる⇒今のうちに手に入れなければ

そんな切羽詰まった気持ちにさせられた人が多数生じ、ストックしなければという焦燥に駆られて、食料品や日用品などの購買行動に走ったように思われます。

街のなかは、確かに人の行き来がなくなったかもしれません。
しかし、住宅街の近くのスーパーマーケットをはじめとする商業施設は、むしろ混雑する状況になっていると思われます。つまり、ウィルスが感染しやすい混雑状況が作り出されているわけです。

鈴木知事の緊急事態宣言は、配慮に欠けるものだったといわざるを得ないでしょう。
焦って出してものだったからなのでしょうか。
自分の発言によって起こるであろう現象を、ちゃんと見越せていなかったように思われてなりません。

今、他地域が札幌と同じような状況になっているかはわかりません。
が、安倍総理大臣も、今日の夕方に休校やイベントの自粛を呼びかけるパフォーマンスをしています。
今の札幌と同じような状況が他地域で起こることもそう遠くない時季の話ではないかと思います。

「緊急事態」などという言葉を使って不安をあおるだけあおって、それによって生じる弊害に対して対策を講じない宣言は、害悪ではないかとすら思えます。

物の生産・製造ラインが止まるわけではありません。
産業は動いています。

我々国民は、不安をあおる政治トップの言動に惑わされず、落ち着いた状況判断をしなければならないでしょう。

追記 2020.2.29
安倍総理大臣の話には、トイレットペーパーの在庫は十分であることや、休校に伴い休職する保護者への助成金についても言及するもので、混乱回避に対する配慮はある程度されていたようです。


# by terarinterarin | 2020-02-29 18:24 | Comments(3)
約2か月ぶりの更新です。

私は、過去に4年間東京家庭裁判所の家事調停官をやっておりましたが、そのころから離婚やこれに関連する家事事件を受任することが多くなりました。

特に最近は、離婚後の子の「共同養育」を提唱する声が高まっていることや、親権者決定における母親優先ともいえる実情(個人的にはそうでもないと感じておりますが)への懐疑的な論調も手伝ってか、面会交流が注目を浴びるようになり、私も、面会交流の事件を受けることが多くなりました。

面会交流は、別居親と子の間の面会の機会のことであり、離婚前も離婚後も問題となりえます。
ですが、実感として、離婚後の方が面会交流の問題は深刻化するように思われます。

よくあるものは、協議や調停で面会交流の合意をしたにもかかわらず、それが実施されないというものです。

これに加えて散見されるのが、DV加害者(注:身体的なDVのみならず、精神的なDVを含みます。いわゆるモラハラというものですが、私は、語感が軽いモラハラという言葉があまり好きではないので、あえて精神的DVという言葉を使わせてもらいます)が、離婚後も面会交流を利用して、相手方に対して悪質なハラスメントを継続するケースです。

具体的には、面会交流の日時方法の協議の際に、子の都合や体調に何ら配慮せず、自分の提案をごり押ししようとし、思うとおりの回答をしないと、威圧・脅迫する(親権をもらう、○○をばらす、自宅・職場に押し掛けるなど)、同席の面会交流を強要する、同席させたうえで面会交流中に威圧・脅迫するといったものです。

子がまだほんの赤ちゃんで母親同席じゃないと会えないにもかかわらず、面会交流をごり押ししようとするケースもあります。
DV加害者が子の親権を持っている場合には、自分の言うとおりにしないと子に会わせないと脅すケースもあります。

面会交流をネタに相手方をコントロールしようとするDV加害者は、同居時には子の養育に対する関心が薄かったケースや、子に対しても怒鳴りつけたり、暴力をふるったりといった問題行動をしていたケースが多く見受けられます。

かなり控えめに言って、DV加害者たちは、離婚後も「面会交流」という都合のいい道具を見つけて、相手方を痛めつけ、支配しようとしているわけです。

こういうケースで面会交流の調停が実施されることも少なくありません。
しかし、調停委員や調査官の鈍感ぶりには、時にあきれ返ることもあります。

そもそも、調停委員や調査官(おそらくは裁判官も)は、離婚調停でのDVの主張に対しては、「公平に話を聞く」という建前の下、「話半分」の評価しかしないのが通常です。
その姿勢は、こういった離婚後の悪質DV加害者が相手方の面会交流のケースでも全く同じです。

こちらがいくら訴えても、馬耳東風、到底こちらが受け入れられない面会交流の条件を平気で口にしてくる始末です。

DV加害者というのは、えてして外面が良く「この人がDVするなんて信じられない!!」という場合が多いのが通常です。

しかし、こんなことは、普通に家事事件をやっている弁護士からすると、わかりきっていること。
なんで裁判所はこんなことに気が付かないのか。
騙されたままでいるのか。
情けなくなります。

いやいや、わかっているのかもしれないけれど、説得しやすい方を説得しようとする結果、「公平」を振りかざして、耳を疑うような解決案を示してくるのでしょうか。

「面会交流」は法的には別居親の権利として位置づけられています。
そして、実務的には、「別居親」と「子」の間に、虐待等の特段の問題がないのであれば、実施する方向で調整するように運用されています。

しかし、DV加害者が権利を振りかざして実施する面会交流で、子は安らぎを得られるのでしょうか。
それにより、DV被害者が離婚後もさらに疲弊していくことが子の福祉にかなうのでしょうか。

DV加害者が親権を持っている場合、その要求を大きく受け入れた条件下での面会によって、子はDV被害者だった別居親と真の交流を図ることができるのでしょうか。

結論は目に見えています。

私は、DV加害者がらみの面会交流事件では、裁判所から見れば「強硬だ」と思われる手段を採ることもあります。
しかしそれは、離婚後もなお続くDVをかわすために必要なことです。

DV被害を受けないようにするために、相手の言うことをきくことは、時に愚でしかありません。

離婚後も面会交流を盾にDVを仕掛けてくる相手に対しては、毅然と立ち向かう必要があるのです。

# by terarinterarin | 2020-02-22 15:50 | Comments(2)
あけましておめでとうございます。
ちょっと長めのお正月、皆様いかがお過ごしでしょうか。
私は年末から札幌の実家に戻り、毎日食っちゃ寝の堕落生活を送っております。

さて、だらだらと過ごしていた年末、世界に衝撃が走るあるニュースが飛び込んできました。
みなさん既にご存知の「ゴーンさん、国外脱出」です。

最初このニュースを知った時、ひょっとして海外渡航の許可を裁判所に求めて特別に許可が出たのをマスコミが勝手に騒いでいるのだろうかと思ったりもしました。
しかし、保釈にあたっては海外渡航は禁止であることがほとんどで、別途許可申請しても、実務上はほとんど通ることはないといわれています。
ましてゴーンさんの件は通常では考えられない厳しい条件下で、ぎりぎり?保釈が出たと思われ、海外渡航の許可が出るのは非現実的だろうと思われました。
実際許可は下りていませんでした。

しかし、パスポートは弁護団が預かっている。
とすると、外部に協力者がいて、非合法な方法をとった可能性が高いのではないか。
そんな憶測も手伝ってか?、ここ数日世界中を様々な情報が駆け巡っているようです。

弁護人の弘中弁護士は「寝耳に水だった」と仰っていましたが、弁護団としては、驚愕と失望と「してやられた」という気持ちが入り混じった非常に複雑な気分ではないかと思います。
ネット上のコメントの中には、弁護団が裏で手を引いたのではないかと糾弾するものも見られましたが、同じ刑事弁護に携わる弁護士として、100%あり得ないと断言できます。

弁護人としては、必死に考えた条件を提示して獲得した保釈です。
厳しい条件でも拘置所暮らしの不便不都合を思えば100倍マシ(注:普通の人にとっては)。
不自由が付きまとう自由でも、なんとかこらえてほしいと思うものです。
そうじゃないと保釈が取り消され勾留生活に逆戻りとなり、その後保釈をとることはほぼ不可能になるからです。依頼者の利益になりません。
それに、保釈された被告人を逃がすことに弁護人には何の得もありません。犯人隠避の罪に問われ、バッジを失う危険性が高くなります。
被告人にお金を積まれても、首を縦に振ることはない。
特に今回の弁護団はプロの刑事弁護人。
そんな危ない橋を渡ることは考えられません。

力を尽くして保釈をとり、最善の弁護を行おうと奮闘していたにもかかわらず、ゴーンさんは弁護人の知らないところで協力者と綿密な打ち合わせを行い、海外脱出をしたのでしょう。
ゴーンさんは自分の行いを正当化するコメントを出しているようですが、控えめに言って、弁護団に対する裏切り行為だと私は思います。ゴーンさんのコメントはあながち間違ってはいないという弁護士は少なくありませんが、私はあの言葉をまっすぐ受け止める気持ちにはなれません。

今回の件に限らず、弁護人が被告人に裏切られること、嘘をつかれることは少なくありません。
嘘をつかれることについては、日常茶飯事といっても過言ではありません。
依頼者に裏切られたり嘘をつかれたりするのは、何も刑事事件に限ったことでもありません。
民事事件や家事事件の依頼者にも同じことをされることがあります。

そういうことひとつひとつに一喜一憂していては務まらないのが弁護士の仕事です。

もちろん腹が立つことはあります。
場合によっては信頼関係の維持が難しいということになり、委任関係を解消することもあります。
でも、こんなことの繰り返しでも、弁護士の第一の使命は「依頼者の利益を守ること」です。
法に抵触しない限り、その使命に全力を尽くすのが弁護士の仕事です。

保釈についても同じです。
仮にとある被告人が保釈中に逃亡することが起こったとしても、別の被告人についてその希望があり、保釈の条件が整っているのであれば(保証金を用意できて身元引受人がいる)、保釈請求をするまでです。
弁護人は身体拘束が不当であり、かつ条件が整っていると考えているから保釈を請求する。それだけです。
保釈が相当かどうか判断するのは裁判所です。弁護人はできるだけのことをやって裁判所に判断をゆだねるのです。

もし仮に私がゴーンさんの弁護人だったとしても、やはり別の被告人のために保釈請求することは躊躇しないでしょう。
それが弁護人というものだと思います。

最後についでに言いますが、今回のゴーンさんの件は極めてまれなケースです。
今回の件があったからと言って保釈実務がこれ以上謙抑的にならないことを祈ります。


# by terarinterarin | 2020-01-02 23:18 | Comments(1)
去る12月5日、2015年に埼玉県熊谷市で起きた6人殺害事件(強盗殺人事件)の控訴審判決が出ました。
一審の裁判員裁判では、被告人のペルー人男性に対して死刑判決が下されましたが、控訴審では、無期懲役判決となりました。
この判決については、世間で多くの批判が出ており、テレビでご活躍のとある弁護士コメンテーターが(判決文も読まずに)「馬鹿げた判決」などとおっしゃってもいます。

判決要旨を読むことができましたので、この判決について、またこの判決が出されたことについて思うところを、以下につらつらと書いていきたいと思います。

今回の投稿は多少長くなると思いますので、ご容赦ください。

まず、強盗殺人という犯罪は、法定刑が無期懲役刑と死刑しかありません。
減刑がなされない限りは有期懲役とはなりません。また、本来であれば死刑相当なんだけれども、刑を減軽すべき事情があるので無期懲役にするという判断もあり得ます。
今回の控訴審判決は、後者の判決ということになります。

では、どうして刑が無期懲役に減軽されるべきとなったかというと、被告人が本件当時統合失調症により「心神耗弱状態」にあり、完全に刑事責任を問えるような状況にはなかったと、東京高等裁判所が判断したことが理由です。
一審が死刑判決にしたのは、彼が事件当時完全に刑事責任を問える状況であったと判断したからです(完全に責任能力があるのであれば、被害者6人の強盗殺人事件は、現在の日本の法制度上は死刑とならざるを得ないでしょう)。

つまり、一審と控訴審では、被告人の責任能力についての判断が分かれたということになります。

一審の裁判員裁判では、被告人の精神鑑定を行った医師(以下、「鑑定医」と言います。)が証言を行いました。
控訴審判決は、一審判決について、この鑑定医の証言のとらえ方を誤っているとしています。
被告人が、事件当時、統合失調症を患っていたことは争いがありません。それによる妄想が事件に影響を与えていたこと自体にも争いがないようです。
しかし、一審では、鑑定医の証言の結果、統合失調症が事件に与えた影響の範囲を限定的にとらえて完全責任能力があったと判断したのに対し、控訴審では、統合失調症はかなり広範囲に影響を与えたと判断した…わかりやすく言うと、こういう違いということになります。
つまり、鑑定医の証言内容のとらえ方、被告人の統合失調症が事件に与えた影響の程度のとらえ方、この辺りの違いが、一審と控訴審の判決の違いになったということになります。

裁判員裁判発足当初、精神鑑定などの専門的な判断が必要な事件について、素人の裁判員が適切に判断できるのかという問題が指摘されていました。
結論としては(かなり雑駁に言いますが)、素人にもわかるように証言させるテクニックを駆使すれば何とかなるという判断で制度が走り出しました。
が、今回の件は、私としては、裁判員裁判で責任能力の有無を判断することの難しさが出てしまった件だと感じざるを得ません。

もちろん、私自身は、この件の裁判員裁判を見ているわけではありませんので、一審の責任能力判断が間違いで、控訴審の責任能力判断が正しいと断ずることはできません。
ですが、控訴審判決で、はっきりと一審判決の鑑定の証言とらえ方は誤っていると指摘されていることは、非常に大きなポイントになると思うのです。
少なくとも、一審において、鑑定医証言が十分に裁判官や裁判員に咀嚼されていたわけではないのではないか、そのような印象を持たざるを得ません。

それはなぜなんでしょうか。いろいろな原因が考えられます。

まずは、鑑定証言のプレゼンスの仕方がどうだったのか。
現在、裁判員裁判においては、鑑定医をはじめとする専門家の証人尋問は、プレゼン方式で行われることも少なくありません。この件がどうだったのかはわかりませんが、プレゼン方式は、時に専門用語の嵐になり、かえって一般人にはわかりにくいといわれてもいます。

鑑定医の証人尋問の際にどのような資料が用いられたのか。

そして、鑑定医の証言内容を吟味する時間が、評議中に十分とられたのか。

裁判官は、裁判員をどのようにフォローし、どのようにリードしたのか。

何より気になるのは、この事件が「6人の方が命を奪われたとてつもない重大事件だ」ということが判断に影響を与えなかったのか、ということです。

裁判員裁判対象事件においても、責任能力が争われた事件は多々あり、心神耗弱、心神喪失という判断が下された例も複数存在しています。ですので、裁判員裁判において、そのような判断が下されにくいということは言えません。
しかし、過去、裁判員裁判において、心神耗弱、心神喪失と判断された事件の中には、今回のこの事件ほど被害者が多数に上る凄惨な事件はなかったように思います。

私は、裁判員の皆さんが「6人も殺したんだから、責任能力がなかった、著しく減退していなかったなんで言えない」などという感情的な判断を下したと言いたいわけではありません。
「そこまで凄惨なことをしなければならないほどに、統合失調症という病気の影響を受けていたのか」と疑問を持ちやすい状況だったのではないかといいたいのです(これは裁判員だけれはなく、裁判官も同じです)。

そういう意味で、裁判員裁判における責任能力判断は、やはり難しいのだなと感じざるを得ません。

裁判員裁判で出た判決を裁判員が参加しない控訴審が覆すことができるということにも批判が集まっているようです。
これも裁判員裁判発足当初から言われていた批判です。

裁判員裁判というのは、一定の重大事件の判断に一般市民の判決を取り入れる、いわば「司法の民主化」を体現する一つの制度であるということができます。
しかし、司法というのは、完全に「民主化」できるわけではありません。
民主的な手続が、常に正しい判断を生むとは限りませんし、常に人権保護に資するというわけでもないからです。
ですので、「民主化」によって、誤りが生じたり、人権がないがしろにされる事態が生じた場合には、それを正す手段が確保されていることが必要です。
控訴審がその役割の一翼を担うということなのでしょう。

今回、東京高等裁判所は、民主的な判断によって誤りが生じたと判断して、死刑判決を破棄し、無期懲役判決を下しました。個人的には、高等裁判所として果たすべき役割を果たしたのではないかと考えています(通常の控訴審だと、けんもほろろな態度ばかりなのが気になりますが)。

この事件で亡くなられた被害者の方のご遺族は、控訴審の判決にはお怒りになられたり、失望されたりしたことと思います。
被害者やご遺族の方にとっては、被告人の責任能力なんぞ知ったことではないでしょう。それ自体は、当たり前のことだと思います。

ですが、「刑事責任」というものを考えた場合、「他者の権利や利益を侵害するようなことをしてしまっても、それがその人にとってどうしようもできない事情によって起こってしまった場合には、責任を問うことはできない」というのは、変えざるポリシーと言わざるを得ません。

今回の控訴審判決のネット上の報道に付されていたコメントの中には、「こんな精神的におかしい危険人物は死刑にして当たり前だ」という意見も散見されました。こういう発想は、差別的なものであるだけでなく、優生思想にも通じるところがあり、実に恐ろしいなと思う次第であります。

最近は、判決の結論だけを取り出していい加減な分析で非難する報道やコメントが増えました。
世論に影響を与える立場にいる人は、せめて判決の中身を概略でもいいから検討して節度あるコメントをしてもらいたいものです。















# by terarinterarin | 2019-12-09 20:17 | Comments(1)
霞が関にある弁護士会館の地下は、いわゆる食堂街。
かつて東京三会が別々に会館を持っていたときにそれぞれ入っていたらしいお料理屋さんが入り、つい最近まで5店が営業していました。

最近になって2店舗が続けて閉店し、ほぼ居抜きで1店舗が入居したのですが、新たに、先週の金曜日11月22日、メトロというレストランが突然閉店してしまいました。

メトロは洋食中心のお店で、名物は手こねハンバーグ。それ以外もビーフメンチカツやカレーライス、スパゲティなど、昭和の香り漂う洋食が、そこそこにリーズナブルかつ万人受けする美味しさで提供され、多くの弁護士や弁護士会館職員らに愛されていました。

私も閉店する10日ほど前に訪れて、ナポリタンを食べたところでした。

私がメトロ閉店を極めて残念に思う理由は、「日頃親しんだお店がなくなったから」というにとどまりません。

以前このブログでも触れたような気がしますが、私はメトロに助けられたことがあります。

あれは東日本大震災に見舞われた3月11日のことでした。
当時私は法テラス愛知法律事務所に勤務していました。
その日は日弁連の会議に出席するために弁護士会館に来ていました。
会議の最中に大地震に見舞われました。
夜、新幹線に乗って名古屋に帰る予定でしたが、新幹線は止まってしまい帰れない。
その日は、いろんな委員会が日弁連で行われていて、帰れなくなった人が大勢いました。
そこで、多くの弁護士が、弁護士会館で一夜を明かすことになりました。

ご飯は食べれないのだろうな、と心細くなっていたとき、大量のカツカレーが弁護士会館16階に持ち込まれました。
なんと、メトロが帰れなくなった弁護士や職員のために、ありったけのカツカレーを作って振る舞ってくれたのです。
何という心意気。
私は感謝して、そのカツカレーをいただきました。本当に嬉しく、美味しかった。
私は、愛知から東京に戻ってきたとき、メトロのことを自分なりに応援しようと心に決めました。
といっても、ちょくちょく訪れることくらいしかできなかったのですが・・・
昼頃に霞ヶ関にいるときには、メトロによく入っていました。

昨年、3週間ほどの裁判員裁判をやったときも、お昼は8割方メトロにお世話になりました。
相弁護人とビーフメンチカツやハンバーグを食べながら、裁判の話をしたことが思い出されます。

弁護士会の会合がメトロで行われることも年数回ありました。
メトロの会合は立食で、広すぎない店内で色んな方とお話をするにはちょうどよいスペースでした。

そういえば、愛知に赴任する前、当時のボスに「好きなものをおごってやる」と言われて、「メトロのハンバーグが好きです」と答えてごちそうしてもらったこともありました(奥ゆかしいワタシ)。

メトロは、予告もなく突然閉店してしまいました。
事情があってそうなったようですが、飲食店が閉店するときは、ある日突然ということも少なくないようです。
若い頃、私が馴染みにしていたパスタ屋さんやすすきののバーも、ほとんど予告なく閉店してしまいました。
それは、お店の方が馴染みの客に気を遣わせたくないという思いやりだとも聞いたことがあります。

もう割りと長いこと生きてきたので、「〇〇っていい店あったんだよね」というお料理屋さんや飲み屋さんはいくつかあります。
メトロもいつかそういうことになるお店になってしまいました。メトロは思い出の中の一店になってしまいました。


メトロがなくなって、本当に悲しい。
もうあのハンバーグもナポリタンも食べられないかと思うと、ああ、もっともっと行っておけばよかったと思います。

そして、ありがとう、メトロ。
お店がなくなっても、私はメトロを忘れません。
事あるごとに思い出しては、震災のあの日に、カツカレーを振る舞ってくれたことを、周囲の人に伝えていきたいと思います。

<追記>
東日本大震災のときには、日弁連の職員さんたちが手分けして周囲のコンビニに走り、カップ麺などの食料品を買い集めてきてくれました。そして、弁護士優先に分けてくれました。
メトロにお礼するとともに、あのときの職員の皆さんの対応にも、改めて感謝します。


# by terarinterarin | 2019-11-25 22:06 | Comments(2)
世間は、桜を見る会の話題そっちのけ?で、沢尻エリカさんの薬物問題で賑わっているように見受けられます。

沢尻さんの問題も、これまでの芸能人薬物問題の触れられ方と若干異なるところがあるので興味深くはあるのですが、個人的には、織田信成さんのパワハラ問題の方が、もっと気になります。

理由は簡単。私がスケートファンだからです。

織田信成さんが、関大スケート部の監督時代に、所属の女性コーチからパワハラを受けたと主張していたことは、ご存じの方も多いと思います。

本日、織田さんはその女性コーチを提訴しました。

*ニュースはこちらから*


この女性コーチ、名前が出ている通り、濱田美栄コーチという方で、紀平梨花さんや宮原知子さんのコーチとして有名な方です。フィギュアスケートの競技会をテレビで見たことがある人なら、見たことがあるはず。

一流選手を多数育てている一流コーチであることは間違いないでしょう。

よりによって、このような一流のコーチを、フィギュアスケートシーズン真っ最中にパワハラで訴えるのですから、織田さんサイドとしては、相当な怒りようと覚悟だったのではないかと思います。

おそらく多くの弁護士が思うところだと思いますが、セクハラ、パワハラの類で訴訟を起こすことは、結構厳しいと言わざるを得ません。

理由は、証拠が多くの場合残っていないからということです。

以前にもこのブログで触れたことがあるように記憶していますが、証拠というのは訴訟を起こす側が揃えることが必要です。
そして、セクハラ、パワハラのようなハラスメント問題の多くは、日々の会話の中で生じるものなので、記録されていないのです。

例えば、誰かに相談したメールやLINEであるとか、車内の窓口に相談した際の記録であるとか、(最近そんな人も少なくなったでしょうが)日記に書いてあるとか、そういうことが記録になることはあります。が、直接的なやりとりよりは証拠としての価値は通常落ちると言わざるを得ませんし、そういうものがないことがそもそも多い。

なので、泣き寝入りせざるを得ないことが多いのです。

相談を受けることが比較的多い類型の事件ではありますが、「証拠が足りませんね」と回答をお返しすることが多いのです。
その方が受けた心の痛みを思うと、このような回答をお返しせざるを得ないのは、非常に心苦しいのですが…

ハラスメント問題のもうひとつの問題として、ハラスメントをしたとされる側にそのような自覚がないということが挙げられます。

そもそも、そんなこと言ってない、やってないと言動自体を否定される場合と、言ったけどハラスメントに当たらないと主張する場合、糾弾される側の対応は多くの場合、この2つに分かれるように思います。

いずれにせよ、ハラスメントをしたとされる側は、なんの意図もなく、あるいはハラスメントとは異なる意図でハラスメントと受け取られる言動をしていることも往往にしてあるわけです。

中には、「こんな恐ろしい言動、何気にできること自体が怖いわ」と思うケースもあります。ですが、どんなことを言っていようと、自覚のない人に「自覚しろ」というのはかなり困難な作業であることは間違いありません。

報道を見る限りでは、織田さんの側に訴訟に耐えうる証拠がどれだけあるのか疑問に思うところではあります。

ですが、訴訟を起こしたことには、なんらかの意味があるでしょう。
実は濱田コーチの言葉を録音した媒体があって勝訴に自信があるとか、そういったものはないけれども、関大も含めて和解にしたい(利害関係人として訴訟に参加することができればですが。そもそも今回関大は訴えられていないのでしょうか?)、和解をする目があるという算段があるとか(シーズン中の提訴ということですと、むしろ和解によるスピード解決を狙ったのかなという気もしないではありません。2月3月と大きな国際試合が始まる前に和解に持っていきたいとか)。

個人的には、ハラスメントとして訴え出られるケースの多くで、法的な評価は別として、相手方のアクションによって、その人がなにがしかの精神的圧迫を受けた事実は否定できないように思います。

今回のケースで、関大は、シーズン中の提訴は残念だなどとコメントを出したようで、提訴したこと自体を半ば批判しているかのように思えます。
関大は、ハラスメントのなんたるかを全く理解していないか、あるいはあくまで濱田コーチを絶対視していているのでしょうか。起こされた訴訟を正面から受け止めて、解決するためにどうすれば良いかと考える姿勢がないように見受けられます。

織田さんは、現役の頃もプロになってからも、クリアで柔らかいジャンプやスピンで、明るくコミカルなナンバーを披露して楽しませてくれています。私も10月にジャパンオープンで織田さんの演技を見てきたばかりです。

一方、関大は、織田さんだけでなく高橋大輔さんを輩出し、現在は宮原知子さんや紀平梨花さん(紀平さんは所属高校は関大付属ではありませんが)が在籍する名門です。
今回の件は、選手たちの心理にも少なからず影響が出ることは否定できないでしょう。

というわけで、裁判所には、双方の主張を早期に取りまとめた上で、うまい解決ができるよう是非是非導いて欲しいのです。

この紛争、長引いても、多分誰も得しないでしょうから。






# by terarinterarin | 2019-11-18 17:30 | Comments(1)
すっかり秋めいてきたこの頃。
北千住パブリック法律事務所に入所して1年が過ぎました。
今日は、1年を過ぎての雑感をつづっていくことにします。

北千住パブリック法律事務所に入所する前、私は東京は水天宮のあたりで、「ともえ法律事務所」というおひとり様事務所をやっておりました。
おひとり様事務所の運営状況は、このブログでも何度もお伝えしてきたので、ご存知の方も多いと思います。

「おひとり様事務所」というのは、弁護士ひとりのみ、他のスタッフがいないまさにオンリーワンで運営している事務所という意味合いです。
私は、「おひとり様事務所」を4年間やり、ちょうど1年前に、当時弁護士15名超の大所帯?(東京ではそうでもないのかな?)の北千住パブリック法律事務所に移籍しました。
自分自身が移籍しようと思って移籍したにもかかわらず、私は当初「ちゃんとやっていけるだろうか?」、「ストレスでつぶれてしまわないだろうか?」と実はとても不安でした(こう見えて結構小心者です)。

結論から言うと、自分としては(ここ大事)、この大所帯の事務所の中で「そこそこまあまあにちゃんとやれてはいる」と感じています。

まず、おひとり様事務所にいたときと多少変わったとはいえ、マイペースを崩さずに仕事をすることが今のところできてはいます。
事件の量はひとりでやっているときよりも当然相当程度増えました。
事務所の中では、期が上から3番目に高いので、「上の期」であることに見合った仕事や頼まれごともそこそこあります。
ですが、なんといっても、それまで自分でやっていた事務作業を事務局にやってもらえることによって負担が軽減されたことは、非常に大きいものでした。
その分の余力を、そういった事件処理以外の業務に割いています。

ひとりでやっていた時代に身につけたことで今役に立っていることもいくつかあります。
ひとりでやっていたころは、「細かい部分の効率化」というものをとても意識していました。
私は細かいことが苦手で、そういうことを後回しにしてしまう傾向があるのを、以前から自覚しておりました。
なので、できるかぎり「その日その時に処理できるものは処理してしまう」という癖をつけるようにしていました。きれいに処理することにこだわることも捨てていました(あきらめたに近いかもしれません)。

例えば、法テラスのクレサラ法律相談で長期間返済していない債務の相談が来た場合には、受任せずにその場で時効援用通知のひな型を作って相談者に渡してしまい、書類作成援助という形で終了させてしまっています。
また、家事調停の申立書は基本手書きで作成してしまいます。ワード形式で入力できますが、個人的に非常にやりにくい。手書きの方が早く完成させることができます。
個人破産の申立書類も、契約後初回打ち合わせの際に、できる限りの事情聴取をして記載します。そして、概ね1か月に一度(管財予納金積立の方の場合は2か月に一回になることも)事務所に来ていただき、書類の確認がスムーズにできるようにしています。
こういう細かい時間の節約によって、事件の滞留を(今のところ)防ぎ、腰を据えてすべき課題に取り組めているように思います。

また、ひとりでやっていた時には、確定申告により事務所の売り上げなどが数字となって突きつけられていました。そのせいか、今再び給料をもらう立場になっても、常に「事務所の売り上げ」「経費の節減」ということが頭の中にある状況です。もちろん、「私、いっぱい稼いでいます」などと豪語することは致しませんが…。
昨今、公設事務所は経費や売り上げの面で他の弁護士から厳しい目で見られることも少なくありません。そんな中で、少しでも事務所に金銭面で貢献できるようにするにはどうすればいいかということも意識してはいます。
もし、おひとり様事務所をしていなければ、こういう意識は持てなかっただろうなと思っています。

北千住パブリック法律事務所は任期制なので、私もいつかはまたここから出ていくことになるのではないかと思います。
例えば1つ1つの事件の経費の管理の仕方など、またひとりでやり始めたとしたら活かせそうだと思うこともあります。
逆に、自分が一人でやっていた時のやり方が間違っていなかったのだと思うこともあります。

ひとりでやってきたことと、人とやることは、まるで違うわけではなく、「法律事務所の運営のやり方」というひとつの線の上でつながっているように思います。
ですから、これからひとりでやろうとする方も、私のようにおひとり様事務所から大所帯に行こうと考えている方も、自分がそれまでにやっていたことはなにがしか次のステップに役立てるものだし、次のステップの経験はまたその先に活かせるものだと考えていただくのが良いのではないかと思います。

「引きが強い」と新人時代から言われてきた私は、あまりふつう回ってこないような非定型な事件をやることが多かったのですが、ここにきてようやく未経験だった王道の事件をいくつか担当することができています。
そういう意味ではとてもフレッシュで、ちょっと新人のような気持ちも味わえています。
私にとって次のステップがどんな形でやってくるかはわかりません。
が、来るべき次のステップが明るいものであるように、今の環境の中でできることを丁寧にやって行ければなあ、などと珍しく良い子な感じで今日は締めくくろうと思うのでありました。


# by terarinterarin | 2019-11-04 13:08 | Comments(0)
7月から昨日9月27日まで、NHKの金曜夜に、10回シリーズで「これは経費で落ちません」というドラマをやっていました。

私はこのドラマが好きで、ほぼ毎回見ていました。

舞台は、天天コーポレーションという石鹸会社。主人公は、森若菜名子という経理部のOLです(演じるのは多部未華子さん)。
仕事がよくできる堅物の経理部OL森若さんが、経理に上がってきた数字をもとに、会社内の様々なトラブルの解決に一役買っていく、というドラマでした。

この森若さんを好きになり、猛烈にアタックした末付き合うことになったのが営業部所属の山田太陽くん(演じるのはジャニーズWESTの重岡大毅さん)。
若干お調子者ですが、森若さんに対する気持ちが一途で、見ていて好ましいものでした。

先週の第9回、森若さんに危機が訪れました。
会社がアウトソーシング化の方針を打ち出し、経理部もその対象になったのです。
一方、太陽君は、上司に見込まれて香港に出向することになります。

そこで、太陽君は、自分の居場所がなくなるかもしれないと落ち込んだ森若さんに、こう言います。
「毎日ご飯を作って待っていてほしい」
「仕事がなくなっても、オレが食わせます。」
「結婚してください。」

森若さんは、この言葉に「え?」と言っただけで喜びませんでした。

そして昨日の最終回。
太陽君は、森若さんの自分に対する気持ちに疑問を持ちます。

そして、ある日、太陽君は、同僚のOLが、婚約者から太陽君と同じようなことを言われてけんかになったという話にみんなが花を咲かせているのを小耳にはさみました。
「サイテー」
「なんでご飯を作るのがこっちだって決まっているんだ」
「古すぎなんだよ」
数々の悪口を聞いて、太陽君は、自分の考え方の間違いに気づくのでした…

私は、第9回の太陽くんのプロポーズを見て憤慨していました。
森若さんは、仕事がよくできて、自分の仕事に誇りを持っている女性です。
その女性に対して、「仕事なんかなくなったって自分が食わせるから大丈夫」などというプロポーズは最悪です。
女性にとっての仕事の位置づけを全く理解していない。
女性にとって「結婚がゴール」「結婚が幸せ」なんて言えるわけでもないのに…

そして、このドラマ、まさか安易に森若さんを寿退社させやしないだろうな、価値観が合わないからと言って太陽君と別れさせたりしないだろうな、とやきもきしていました。

しかし、ドラマでは、登場する天天コーポレーションの女子社員たちが、私と同じ価値観を持っていました。ホッとしました。
堂々と、「そんなことを言う男は最悪だ」と男性社員たちがいる前で言ってのけているシーンがあったことを、とても喜ばしく思いました。

実際にはなかなかここまでサバサバとしたやり取りはできないかもしれません。
しかし、ドラマの中でだけでも、女性たちが、女性にとっての仕事の価値を理解しない男性に堂々とモノがいえるシーンを描ける世の中になったことは、喜ばしく思えるのです。

私は、離婚を中心とした家事事件を多くやっています。
離婚事件の中には、男性が自立して生きていこうとする妻を押さえつけ、意のままにならないと暴言を吐いたり暴力をふるうという事象がたくさんあります。
離婚後も、自分の意のままにならなかった元妻に対して嫌がらせを続ける男性が散見されます。

女性は男性のための生き物ではありません。
女性の居場所は、家庭の中だけとは限りません(もちろん、家庭の中にいたいという女性も大勢います。私はそういう女性も尊重したいと思っています)。

しかし、そういう声を上げようとすると力づくで押さえつけようとする男性は少なくないのです。
そして、そんな男性の横暴は、実は世の中に蔓延している「俺が食わせる」=あなたの幸せという男性のささやかな勘違いから始まっているのだと思います。

「これは経費で落ちません」の第9回、第10回は、善良な男性の勘違いが女性を不幸に陥れる危険を、サラッと、しかし、しっかりと描いていたと思います。

そういう意味で、とても優れたお仕事ドラマだったと思うのです。

私は、フェミニストではありません。

しかし、「結婚して家庭に入るのが女性の幸せ」と未だに思っている男性には、それが、独りよがりの勘違いであり、大切な彼女や妻を不幸にしている価値観であるということに、いい加減気付いてほしいと思います。

気付ける才能がある人は、そもそも、DVやモラハラなんてものは引き起こさないようにも思うのですが。



# by terarinterarin | 2019-09-28 22:22 | Comments(0)
とってもご無沙汰しております。

今晩から関東は台風直撃。
私は明日は仕事で1日外に出ずっぱりなので、朝には台風が去って行ってくれればと願っている次第です。

さて、ともえ法律事務所を閉じて北千住パブリック法律事務所に移籍して、はや10か月目に突入しました。
現在19名の弁護士、事務局(産休中含め)常勤9名が在籍しております。

こんなに?大きい事務所に来たのは初めてで、当初は、主に事務局に対する指示の出し方などに戸惑っておりました。
が、今はおおむね慣れて、(自分的には)スムーズに仕事ができております。

北パブ、重たーい事件が多いので、ほぼほぼ全員が深夜遅くまで仕事しているんじゃないか、土日もなく働かねばならないのではないか、などと実は入所する前、戦々恐々としておりました。

が、実際にはそんなことはありませんでした。
もちろん、公設事務所も昨今は「利益」を求められるようになってしまったのではありますが、業務管理は常識的な範囲内で(ここ大事)個々の弁護士に任されており、お陰様で、まあまあマイペースに仕事ができております。

いやもちろん一人でやっていた時とは比べ物になりませんが…
以前がマイペースでやりすぎていたという話もありますので…
苦になるようなことはありません。

常々、弁護士の労働環境は「ブラックそのもの」と言われております。
確かに、業務の性格上、ある程度の長時間労働や休日出勤を余儀なくされることはままあります。
そして、それを残業代という形で評価してもらうことも企業内弁護士以外はほぼほぼないでしょうから、ブラックといえばブラックかもしれません。

しかし、「いざっていうときに四の五の言わずがっつり働かねばならない」世界だからこそ、常日頃は、ワークライフバランスを大切にして、過剰な長時間労働は避けるべきだと私は考えております。

新人などは要領もよくないので、顧客に顔向けできるレベルの書面等を作成するにあたり時間がかかるのは仕方なく、したがって、ベテランに比べて業務時間が長くなりがちなのは仕方ないでしょう。

ただ、「自分、夜中まで頑張ているんだよ」などと、自らのブラック労働状態を自負したり、ちょっと自慢したりするのは、全くいただけないと思うのであります。

夜中まで仕事しているのが、忙しい弁護士であることの証左、ステイタスにつながるなどという考え方は間違っています。
それは、自分が仕事が遅い弁護士であることを露呈しかねないものです。

人間らしい時間帯に人間らしい長さの睡眠がとれるように仕事時間を調整して働くということは、特殊なシフト制の仕事を除いて、社会人としてあるべき姿なのではないでしょうか。

夜中仕事をしているために睡眠時間が削られてしまうのであれば、いつか心身の健康を大きく崩します。
昼夜逆転することになれば、他の弁護士や事務局とのコミュニケーションが取れません。

いずれにせよ、仕事に大きな支障が生じるのです。

自らのブラックを自負しがちな世界なんて、弁護士業界くらいしかないのではないでしょうか。

「もう、そういうのは古いからやめようよ」なんていう人がずいぶん前からいるように思うのですが、未だに生息していますよね、そういう人。

こんな弁護士が労働問題を担当するなんて、それこそブラックジョークだよな、などと思うのであります。



# by terarinterarin | 2019-09-08 17:36 | Comments(0)

寺林智栄の弁護士としての日々や思いをつづります。ウェブサイト https://attorneyterabayashi.simdif.com  「弁護士テラバヤシ」でツイッターもやっています。


by terarinterarin