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あけましておめでとうございます。
ちょっと長めのお正月、皆様いかがお過ごしでしょうか。
私は年末から札幌の実家に戻り、毎日食っちゃ寝の堕落生活を送っております。

さて、だらだらと過ごしていた年末、世界に衝撃が走るあるニュースが飛び込んできました。
みなさん既にご存知の「ゴーンさん、国外脱出」です。

最初このニュースを知った時、ひょっとして海外渡航の許可を裁判所に求めて特別に許可が出たのをマスコミが勝手に騒いでいるのだろうかと思ったりもしました。
しかし、保釈にあたっては海外渡航は禁止であることがほとんどで、別途許可申請しても、実務上はほとんど通ることはないといわれています。
ましてゴーンさんの件は通常では考えられない厳しい条件下で、ぎりぎり?保釈が出たと思われ、海外渡航の許可が出るのは非現実的だろうと思われました。
実際許可は下りていませんでした。

しかし、パスポートは弁護団が預かっている。
とすると、外部に協力者がいて、非合法な方法をとった可能性が高いのではないか。
そんな憶測も手伝ってか?、ここ数日世界中を様々な情報が駆け巡っているようです。

弁護人の弘中弁護士は「寝耳に水だった」と仰っていましたが、弁護団としては、驚愕と失望と「してやられた」という気持ちが入り混じった非常に複雑な気分ではないかと思います。
ネット上のコメントの中には、弁護団が裏で手を引いたのではないかと糾弾するものも見られましたが、同じ刑事弁護に携わる弁護士として、100%あり得ないと断言できます。

弁護人としては、必死に考えた条件を提示して獲得した保釈です。
厳しい条件でも拘置所暮らしの不便不都合を思えば100倍マシ(注:普通の人にとっては)。
不自由が付きまとう自由でも、なんとかこらえてほしいと思うものです。
そうじゃないと保釈が取り消され勾留生活に逆戻りとなり、その後保釈をとることはほぼ不可能になるからです。依頼者の利益になりません。
それに、保釈された被告人を逃がすことに弁護人には何の得もありません。犯人隠避の罪に問われ、バッジを失う危険性が高くなります。
被告人にお金を積まれても、首を縦に振ることはない。
特に今回の弁護団はプロの刑事弁護人。
そんな危ない橋を渡ることは考えられません。

力を尽くして保釈をとり、最善の弁護を行おうと奮闘していたにもかかわらず、ゴーンさんは弁護人の知らないところで協力者と綿密な打ち合わせを行い、海外脱出をしたのでしょう。
ゴーンさんは自分の行いを正当化するコメントを出しているようですが、控えめに言って、弁護団に対する裏切り行為だと私は思います。ゴーンさんのコメントはあながち間違ってはいないという弁護士は少なくありませんが、私はあの言葉をまっすぐ受け止める気持ちにはなれません。

今回の件に限らず、弁護人が被告人に裏切られること、嘘をつかれることは少なくありません。
嘘をつかれることについては、日常茶飯事といっても過言ではありません。
依頼者に裏切られたり嘘をつかれたりするのは、何も刑事事件に限ったことでもありません。
民事事件や家事事件の依頼者にも同じことをされることがあります。

そういうことひとつひとつに一喜一憂していては務まらないのが弁護士の仕事です。

もちろん腹が立つことはあります。
場合によっては信頼関係の維持が難しいということになり、委任関係を解消することもあります。
でも、こんなことの繰り返しでも、弁護士の第一の使命は「依頼者の利益を守ること」です。
法に抵触しない限り、その使命に全力を尽くすのが弁護士の仕事です。

保釈についても同じです。
仮にとある被告人が保釈中に逃亡することが起こったとしても、別の被告人についてその希望があり、保釈の条件が整っているのであれば(保証金を用意できて身元引受人がいる)、保釈請求をするまでです。
弁護人は身体拘束が不当であり、かつ条件が整っていると考えているから保釈を請求する。それだけです。
保釈が相当かどうか判断するのは裁判所です。弁護人はできるだけのことをやって裁判所に判断をゆだねるのです。

もし仮に私がゴーンさんの弁護人だったとしても、やはり別の被告人のために保釈請求することは躊躇しないでしょう。
それが弁護人というものだと思います。

最後についでに言いますが、今回のゴーンさんの件は極めてまれなケースです。
今回の件があったからと言って保釈実務がこれ以上謙抑的にならないことを祈ります。


# by terarinterarin | 2020-01-02 23:18 | Comments(1)
去る12月5日、2015年に埼玉県熊谷市で起きた6人殺害事件(強盗殺人事件)の控訴審判決が出ました。
一審の裁判員裁判では、被告人のペルー人男性に対して死刑判決が下されましたが、控訴審では、無期懲役判決となりました。
この判決については、世間で多くの批判が出ており、テレビでご活躍のとある弁護士コメンテーターが(判決文も読まずに)「馬鹿げた判決」などとおっしゃってもいます。

判決要旨を読むことができましたので、この判決について、またこの判決が出されたことについて思うところを、以下につらつらと書いていきたいと思います。

今回の投稿は多少長くなると思いますので、ご容赦ください。

まず、強盗殺人という犯罪は、法定刑が無期懲役刑と死刑しかありません。
減刑がなされない限りは有期懲役とはなりません。また、本来であれば死刑相当なんだけれども、刑を減軽すべき事情があるので無期懲役にするという判断もあり得ます。
今回の控訴審判決は、後者の判決ということになります。

では、どうして刑が無期懲役に減軽されるべきとなったかというと、被告人が本件当時統合失調症により「心神耗弱状態」にあり、完全に刑事責任を問えるような状況にはなかったと、東京高等裁判所が判断したことが理由です。
一審が死刑判決にしたのは、彼が事件当時完全に刑事責任を問える状況であったと判断したからです(完全に責任能力があるのであれば、被害者6人の強盗殺人事件は、現在の日本の法制度上は死刑とならざるを得ないでしょう)。

つまり、一審と控訴審では、被告人の責任能力についての判断が分かれたということになります。

一審の裁判員裁判では、被告人の精神鑑定を行った医師(以下、「鑑定医」と言います。)が証言を行いました。
控訴審判決は、一審判決について、この鑑定医の証言のとらえ方を誤っているとしています。
被告人が、事件当時、統合失調症を患っていたことは争いがありません。それによる妄想が事件に影響を与えていたこと自体にも争いがないようです。
しかし、一審では、鑑定医の証言の結果、統合失調症が事件に与えた影響の範囲を限定的にとらえて完全責任能力があったと判断したのに対し、控訴審では、統合失調症はかなり広範囲に影響を与えたと判断した…わかりやすく言うと、こういう違いということになります。
つまり、鑑定医の証言内容のとらえ方、被告人の統合失調症が事件に与えた影響の程度のとらえ方、この辺りの違いが、一審と控訴審の判決の違いになったということになります。

裁判員裁判発足当初、精神鑑定などの専門的な判断が必要な事件について、素人の裁判員が適切に判断できるのかという問題が指摘されていました。
結論としては(かなり雑駁に言いますが)、素人にもわかるように証言させるテクニックを駆使すれば何とかなるという判断で制度が走り出しました。
が、今回の件は、私としては、裁判員裁判で責任能力の有無を判断することの難しさが出てしまった件だと感じざるを得ません。

もちろん、私自身は、この件の裁判員裁判を見ているわけではありませんので、一審の責任能力判断が間違いで、控訴審の責任能力判断が正しいと断ずることはできません。
ですが、控訴審判決で、はっきりと一審判決の鑑定の証言とらえ方は誤っていると指摘されていることは、非常に大きなポイントになると思うのです。
少なくとも、一審において、鑑定医証言が十分に裁判官や裁判員に咀嚼されていたわけではないのではないか、そのような印象を持たざるを得ません。

それはなぜなんでしょうか。いろいろな原因が考えられます。

まずは、鑑定証言のプレゼンスの仕方がどうだったのか。
現在、裁判員裁判においては、鑑定医をはじめとする専門家の証人尋問は、プレゼン方式で行われることも少なくありません。この件がどうだったのかはわかりませんが、プレゼン方式は、時に専門用語の嵐になり、かえって一般人にはわかりにくいといわれてもいます。

鑑定医の証人尋問の際にどのような資料が用いられたのか。

そして、鑑定医の証言内容を吟味する時間が、評議中に十分とられたのか。

裁判官は、裁判員をどのようにフォローし、どのようにリードしたのか。

何より気になるのは、この事件が「6人の方が命を奪われたとてつもない重大事件だ」ということが判断に影響を与えなかったのか、ということです。

裁判員裁判対象事件においても、責任能力が争われた事件は多々あり、心神耗弱、心神喪失という判断が下された例も複数存在しています。ですので、裁判員裁判において、そのような判断が下されにくいということは言えません。
しかし、過去、裁判員裁判において、心神耗弱、心神喪失と判断された事件の中には、今回のこの事件ほど被害者が多数に上る凄惨な事件はなかったように思います。

私は、裁判員の皆さんが「6人も殺したんだから、責任能力がなかった、著しく減退していなかったなんで言えない」などという感情的な判断を下したと言いたいわけではありません。
「そこまで凄惨なことをしなければならないほどに、統合失調症という病気の影響を受けていたのか」と疑問を持ちやすい状況だったのではないかといいたいのです(これは裁判員だけれはなく、裁判官も同じです)。

そういう意味で、裁判員裁判における責任能力判断は、やはり難しいのだなと感じざるを得ません。

裁判員裁判で出た判決を裁判員が参加しない控訴審が覆すことができるということにも批判が集まっているようです。
これも裁判員裁判発足当初から言われていた批判です。

裁判員裁判というのは、一定の重大事件の判断に一般市民の判決を取り入れる、いわば「司法の民主化」を体現する一つの制度であるということができます。
しかし、司法というのは、完全に「民主化」できるわけではありません。
民主的な手続が、常に正しい判断を生むとは限りませんし、常に人権保護に資するというわけでもないからです。
ですので、「民主化」によって、誤りが生じたり、人権がないがしろにされる事態が生じた場合には、それを正す手段が確保されていることが必要です。
控訴審がその役割の一翼を担うということなのでしょう。

今回、東京高等裁判所は、民主的な判断によって誤りが生じたと判断して、死刑判決を破棄し、無期懲役判決を下しました。個人的には、高等裁判所として果たすべき役割を果たしたのではないかと考えています(通常の控訴審だと、けんもほろろな態度ばかりなのが気になりますが)。

この事件で亡くなられた被害者の方のご遺族は、控訴審の判決にはお怒りになられたり、失望されたりしたことと思います。
被害者やご遺族の方にとっては、被告人の責任能力なんぞ知ったことではないでしょう。それ自体は、当たり前のことだと思います。

ですが、「刑事責任」というものを考えた場合、「他者の権利や利益を侵害するようなことをしてしまっても、それがその人にとってどうしようもできない事情によって起こってしまった場合には、責任を問うことはできない」というのは、変えざるポリシーと言わざるを得ません。

今回の控訴審判決のネット上の報道に付されていたコメントの中には、「こんな精神的におかしい危険人物は死刑にして当たり前だ」という意見も散見されました。こういう発想は、差別的なものであるだけでなく、優生思想にも通じるところがあり、実に恐ろしいなと思う次第であります。

最近は、判決の結論だけを取り出していい加減な分析で非難する報道やコメントが増えました。
世論に影響を与える立場にいる人は、せめて判決の中身を概略でもいいから検討して節度あるコメントをしてもらいたいものです。















# by terarinterarin | 2019-12-09 20:17 | Comments(1)
霞が関にある弁護士会館の地下は、いわゆる食堂街。
かつて東京三会が別々に会館を持っていたときにそれぞれ入っていたらしいお料理屋さんが入り、つい最近まで5店が営業していました。

最近になって2店舗が続けて閉店し、ほぼ居抜きで1店舗が入居したのですが、新たに、先週の金曜日11月22日、メトロというレストランが突然閉店してしまいました。

メトロは洋食中心のお店で、名物は手こねハンバーグ。それ以外もビーフメンチカツやカレーライス、スパゲティなど、昭和の香り漂う洋食が、そこそこにリーズナブルかつ万人受けする美味しさで提供され、多くの弁護士や弁護士会館職員らに愛されていました。

私も閉店する10日ほど前に訪れて、ナポリタンを食べたところでした。

私がメトロ閉店を極めて残念に思う理由は、「日頃親しんだお店がなくなったから」というにとどまりません。

以前このブログでも触れたような気がしますが、私はメトロに助けられたことがあります。

あれは東日本大震災に見舞われた3月11日のことでした。
当時私は法テラス愛知法律事務所に勤務していました。
その日は日弁連の会議に出席するために弁護士会館に来ていました。
会議の最中に大地震に見舞われました。
夜、新幹線に乗って名古屋に帰る予定でしたが、新幹線は止まってしまい帰れない。
その日は、いろんな委員会が日弁連で行われていて、帰れなくなった人が大勢いました。
そこで、多くの弁護士が、弁護士会館で一夜を明かすことになりました。

ご飯は食べれないのだろうな、と心細くなっていたとき、大量のカツカレーが弁護士会館16階に持ち込まれました。
なんと、メトロが帰れなくなった弁護士や職員のために、ありったけのカツカレーを作って振る舞ってくれたのです。
何という心意気。
私は感謝して、そのカツカレーをいただきました。本当に嬉しく、美味しかった。
私は、愛知から東京に戻ってきたとき、メトロのことを自分なりに応援しようと心に決めました。
といっても、ちょくちょく訪れることくらいしかできなかったのですが・・・
昼頃に霞ヶ関にいるときには、メトロによく入っていました。

昨年、3週間ほどの裁判員裁判をやったときも、お昼は8割方メトロにお世話になりました。
相弁護人とビーフメンチカツやハンバーグを食べながら、裁判の話をしたことが思い出されます。

弁護士会の会合がメトロで行われることも年数回ありました。
メトロの会合は立食で、広すぎない店内で色んな方とお話をするにはちょうどよいスペースでした。

そういえば、愛知に赴任する前、当時のボスに「好きなものをおごってやる」と言われて、「メトロのハンバーグが好きです」と答えてごちそうしてもらったこともありました(奥ゆかしいワタシ)。

メトロは、予告もなく突然閉店してしまいました。
事情があってそうなったようですが、飲食店が閉店するときは、ある日突然ということも少なくないようです。
若い頃、私が馴染みにしていたパスタ屋さんやすすきののバーも、ほとんど予告なく閉店してしまいました。
それは、お店の方が馴染みの客に気を遣わせたくないという思いやりだとも聞いたことがあります。

もう割りと長いこと生きてきたので、「〇〇っていい店あったんだよね」というお料理屋さんや飲み屋さんはいくつかあります。
メトロもいつかそういうことになるお店になってしまいました。メトロは思い出の中の一店になってしまいました。


メトロがなくなって、本当に悲しい。
もうあのハンバーグもナポリタンも食べられないかと思うと、ああ、もっともっと行っておけばよかったと思います。

そして、ありがとう、メトロ。
お店がなくなっても、私はメトロを忘れません。
事あるごとに思い出しては、震災のあの日に、カツカレーを振る舞ってくれたことを、周囲の人に伝えていきたいと思います。

<追記>
東日本大震災のときには、日弁連の職員さんたちが手分けして周囲のコンビニに走り、カップ麺などの食料品を買い集めてきてくれました。そして、弁護士優先に分けてくれました。
メトロにお礼するとともに、あのときの職員の皆さんの対応にも、改めて感謝します。


# by terarinterarin | 2019-11-25 22:06 | Comments(1)
世間は、桜を見る会の話題そっちのけ?で、沢尻エリカさんの薬物問題で賑わっているように見受けられます。

沢尻さんの問題も、これまでの芸能人薬物問題の触れられ方と若干異なるところがあるので興味深くはあるのですが、個人的には、織田信成さんのパワハラ問題の方が、もっと気になります。

理由は簡単。私がスケートファンだからです。

織田信成さんが、関大スケート部の監督時代に、所属の女性コーチからパワハラを受けたと主張していたことは、ご存じの方も多いと思います。

本日、織田さんはその女性コーチを提訴しました。

*ニュースはこちらから*


この女性コーチ、名前が出ている通り、濱田美栄コーチという方で、紀平梨花さんや宮原知子さんのコーチとして有名な方です。フィギュアスケートの競技会をテレビで見たことがある人なら、見たことがあるはず。

一流選手を多数育てている一流コーチであることは間違いないでしょう。

よりによって、このような一流のコーチを、フィギュアスケートシーズン真っ最中にパワハラで訴えるのですから、織田さんサイドとしては、相当な怒りようと覚悟だったのではないかと思います。

おそらく多くの弁護士が思うところだと思いますが、セクハラ、パワハラの類で訴訟を起こすことは、結構厳しいと言わざるを得ません。

理由は、証拠が多くの場合残っていないからということです。

以前にもこのブログで触れたことがあるように記憶していますが、証拠というのは訴訟を起こす側が揃えることが必要です。
そして、セクハラ、パワハラのようなハラスメント問題の多くは、日々の会話の中で生じるものなので、記録されていないのです。

例えば、誰かに相談したメールやLINEであるとか、車内の窓口に相談した際の記録であるとか、(最近そんな人も少なくなったでしょうが)日記に書いてあるとか、そういうことが記録になることはあります。が、直接的なやりとりよりは証拠としての価値は通常落ちると言わざるを得ませんし、そういうものがないことがそもそも多い。

なので、泣き寝入りせざるを得ないことが多いのです。

相談を受けることが比較的多い類型の事件ではありますが、「証拠が足りませんね」と回答をお返しすることが多いのです。
その方が受けた心の痛みを思うと、このような回答をお返しせざるを得ないのは、非常に心苦しいのですが…

ハラスメント問題のもうひとつの問題として、ハラスメントをしたとされる側にそのような自覚がないということが挙げられます。

そもそも、そんなこと言ってない、やってないと言動自体を否定される場合と、言ったけどハラスメントに当たらないと主張する場合、糾弾される側の対応は多くの場合、この2つに分かれるように思います。

いずれにせよ、ハラスメントをしたとされる側は、なんの意図もなく、あるいはハラスメントとは異なる意図でハラスメントと受け取られる言動をしていることも往往にしてあるわけです。

中には、「こんな恐ろしい言動、何気にできること自体が怖いわ」と思うケースもあります。ですが、どんなことを言っていようと、自覚のない人に「自覚しろ」というのはかなり困難な作業であることは間違いありません。

報道を見る限りでは、織田さんの側に訴訟に耐えうる証拠がどれだけあるのか疑問に思うところではあります。

ですが、訴訟を起こしたことには、なんらかの意味があるでしょう。
実は濱田コーチの言葉を録音した媒体があって勝訴に自信があるとか、そういったものはないけれども、関大も含めて和解にしたい(利害関係人として訴訟に参加することができればですが。そもそも今回関大は訴えられていないのでしょうか?)、和解をする目があるという算段があるとか(シーズン中の提訴ということですと、むしろ和解によるスピード解決を狙ったのかなという気もしないではありません。2月3月と大きな国際試合が始まる前に和解に持っていきたいとか)。

個人的には、ハラスメントとして訴え出られるケースの多くで、法的な評価は別として、相手方のアクションによって、その人がなにがしかの精神的圧迫を受けた事実は否定できないように思います。

今回のケースで、関大は、シーズン中の提訴は残念だなどとコメントを出したようで、提訴したこと自体を半ば批判しているかのように思えます。
関大は、ハラスメントのなんたるかを全く理解していないか、あるいはあくまで濱田コーチを絶対視していているのでしょうか。起こされた訴訟を正面から受け止めて、解決するためにどうすれば良いかと考える姿勢がないように見受けられます。

織田さんは、現役の頃もプロになってからも、クリアで柔らかいジャンプやスピンで、明るくコミカルなナンバーを披露して楽しませてくれています。私も10月にジャパンオープンで織田さんの演技を見てきたばかりです。

一方、関大は、織田さんだけでなく高橋大輔さんを輩出し、現在は宮原知子さんや紀平梨花さん(紀平さんは所属高校は関大付属ではありませんが)が在籍する名門です。
今回の件は、選手たちの心理にも少なからず影響が出ることは否定できないでしょう。

というわけで、裁判所には、双方の主張を早期に取りまとめた上で、うまい解決ができるよう是非是非導いて欲しいのです。

この紛争、長引いても、多分誰も得しないでしょうから。






# by terarinterarin | 2019-11-18 17:30 | Comments(1)
すっかり秋めいてきたこの頃。
北千住パブリック法律事務所に入所して1年が過ぎました。
今日は、1年を過ぎての雑感をつづっていくことにします。

北千住パブリック法律事務所に入所する前、私は東京は水天宮のあたりで、「ともえ法律事務所」というおひとり様事務所をやっておりました。
おひとり様事務所の運営状況は、このブログでも何度もお伝えしてきたので、ご存知の方も多いと思います。

「おひとり様事務所」というのは、弁護士ひとりのみ、他のスタッフがいないまさにオンリーワンで運営している事務所という意味合いです。
私は、「おひとり様事務所」を4年間やり、ちょうど1年前に、当時弁護士15名超の大所帯?(東京ではそうでもないのかな?)の北千住パブリック法律事務所に移籍しました。
自分自身が移籍しようと思って移籍したにもかかわらず、私は当初「ちゃんとやっていけるだろうか?」、「ストレスでつぶれてしまわないだろうか?」と実はとても不安でした(こう見えて結構小心者です)。

結論から言うと、自分としては(ここ大事)、この大所帯の事務所の中で「そこそこまあまあにちゃんとやれてはいる」と感じています。

まず、おひとり様事務所にいたときと多少変わったとはいえ、マイペースを崩さずに仕事をすることが今のところできてはいます。
事件の量はひとりでやっているときよりも当然相当程度増えました。
事務所の中では、期が上から3番目に高いので、「上の期」であることに見合った仕事や頼まれごともそこそこあります。
ですが、なんといっても、それまで自分でやっていた事務作業を事務局にやってもらえることによって負担が軽減されたことは、非常に大きいものでした。
その分の余力を、そういった事件処理以外の業務に割いています。

ひとりでやっていた時代に身につけたことで今役に立っていることもいくつかあります。
ひとりでやっていたころは、「細かい部分の効率化」というものをとても意識していました。
私は細かいことが苦手で、そういうことを後回しにしてしまう傾向があるのを、以前から自覚しておりました。
なので、できるかぎり「その日その時に処理できるものは処理してしまう」という癖をつけるようにしていました。きれいに処理することにこだわることも捨てていました(あきらめたに近いかもしれません)。

例えば、法テラスのクレサラ法律相談で長期間返済していない債務の相談が来た場合には、受任せずにその場で時効援用通知のひな型を作って相談者に渡してしまい、書類作成援助という形で終了させてしまっています。
また、家事調停の申立書は基本手書きで作成してしまいます。ワード形式で入力できますが、個人的に非常にやりにくい。手書きの方が早く完成させることができます。
個人破産の申立書類も、契約後初回打ち合わせの際に、できる限りの事情聴取をして記載します。そして、概ね1か月に一度(管財予納金積立の方の場合は2か月に一回になることも)事務所に来ていただき、書類の確認がスムーズにできるようにしています。
こういう細かい時間の節約によって、事件の滞留を(今のところ)防ぎ、腰を据えてすべき課題に取り組めているように思います。

また、ひとりでやっていた時には、確定申告により事務所の売り上げなどが数字となって突きつけられていました。そのせいか、今再び給料をもらう立場になっても、常に「事務所の売り上げ」「経費の節減」ということが頭の中にある状況です。もちろん、「私、いっぱい稼いでいます」などと豪語することは致しませんが…。
昨今、公設事務所は経費や売り上げの面で他の弁護士から厳しい目で見られることも少なくありません。そんな中で、少しでも事務所に金銭面で貢献できるようにするにはどうすればいいかということも意識してはいます。
もし、おひとり様事務所をしていなければ、こういう意識は持てなかっただろうなと思っています。

北千住パブリック法律事務所は任期制なので、私もいつかはまたここから出ていくことになるのではないかと思います。
例えば1つ1つの事件の経費の管理の仕方など、またひとりでやり始めたとしたら活かせそうだと思うこともあります。
逆に、自分が一人でやっていた時のやり方が間違っていなかったのだと思うこともあります。

ひとりでやってきたことと、人とやることは、まるで違うわけではなく、「法律事務所の運営のやり方」というひとつの線の上でつながっているように思います。
ですから、これからひとりでやろうとする方も、私のようにおひとり様事務所から大所帯に行こうと考えている方も、自分がそれまでにやっていたことはなにがしか次のステップに役立てるものだし、次のステップの経験はまたその先に活かせるものだと考えていただくのが良いのではないかと思います。

「引きが強い」と新人時代から言われてきた私は、あまりふつう回ってこないような非定型な事件をやることが多かったのですが、ここにきてようやく未経験だった王道の事件をいくつか担当することができています。
そういう意味ではとてもフレッシュで、ちょっと新人のような気持ちも味わえています。
私にとって次のステップがどんな形でやってくるかはわかりません。
が、来るべき次のステップが明るいものであるように、今の環境の中でできることを丁寧にやって行ければなあ、などと珍しく良い子な感じで今日は締めくくろうと思うのでありました。


# by terarinterarin | 2019-11-04 13:08 | Comments(0)
7月から昨日9月27日まで、NHKの金曜夜に、10回シリーズで「これは経費で落ちません」というドラマをやっていました。

私はこのドラマが好きで、ほぼ毎回見ていました。

舞台は、天天コーポレーションという石鹸会社。主人公は、森若菜名子という経理部のOLです(演じるのは多部未華子さん)。
仕事がよくできる堅物の経理部OL森若さんが、経理に上がってきた数字をもとに、会社内の様々なトラブルの解決に一役買っていく、というドラマでした。

この森若さんを好きになり、猛烈にアタックした末付き合うことになったのが営業部所属の山田太陽くん(演じるのはジャニーズWESTの重岡大毅さん)。
若干お調子者ですが、森若さんに対する気持ちが一途で、見ていて好ましいものでした。

先週の第9回、森若さんに危機が訪れました。
会社がアウトソーシング化の方針を打ち出し、経理部もその対象になったのです。
一方、太陽君は、上司に見込まれて香港に出向することになります。

そこで、太陽君は、自分の居場所がなくなるかもしれないと落ち込んだ森若さんに、こう言います。
「毎日ご飯を作って待っていてほしい」
「仕事がなくなっても、オレが食わせます。」
「結婚してください。」

森若さんは、この言葉に「え?」と言っただけで喜びませんでした。

そして昨日の最終回。
太陽君は、森若さんの自分に対する気持ちに疑問を持ちます。

そして、ある日、太陽君は、同僚のOLが、婚約者から太陽君と同じようなことを言われてけんかになったという話にみんなが花を咲かせているのを小耳にはさみました。
「サイテー」
「なんでご飯を作るのがこっちだって決まっているんだ」
「古すぎなんだよ」
数々の悪口を聞いて、太陽君は、自分の考え方の間違いに気づくのでした…

私は、第9回の太陽くんのプロポーズを見て憤慨していました。
森若さんは、仕事がよくできて、自分の仕事に誇りを持っている女性です。
その女性に対して、「仕事なんかなくなったって自分が食わせるから大丈夫」などというプロポーズは最悪です。
女性にとっての仕事の位置づけを全く理解していない。
女性にとって「結婚がゴール」「結婚が幸せ」なんて言えるわけでもないのに…

そして、このドラマ、まさか安易に森若さんを寿退社させやしないだろうな、価値観が合わないからと言って太陽君と別れさせたりしないだろうな、とやきもきしていました。

しかし、ドラマでは、登場する天天コーポレーションの女子社員たちが、私と同じ価値観を持っていました。ホッとしました。
堂々と、「そんなことを言う男は最悪だ」と男性社員たちがいる前で言ってのけているシーンがあったことを、とても喜ばしく思いました。

実際にはなかなかここまでサバサバとしたやり取りはできないかもしれません。
しかし、ドラマの中でだけでも、女性たちが、女性にとっての仕事の価値を理解しない男性に堂々とモノがいえるシーンを描ける世の中になったことは、喜ばしく思えるのです。

私は、離婚を中心とした家事事件を多くやっています。
離婚事件の中には、男性が自立して生きていこうとする妻を押さえつけ、意のままにならないと暴言を吐いたり暴力をふるうという事象がたくさんあります。
離婚後も、自分の意のままにならなかった元妻に対して嫌がらせを続ける男性が散見されます。

女性は男性のための生き物ではありません。
女性の居場所は、家庭の中だけとは限りません(もちろん、家庭の中にいたいという女性も大勢います。私はそういう女性も尊重したいと思っています)。

しかし、そういう声を上げようとすると力づくで押さえつけようとする男性は少なくないのです。
そして、そんな男性の横暴は、実は世の中に蔓延している「俺が食わせる」=あなたの幸せという男性のささやかな勘違いから始まっているのだと思います。

「これは経費で落ちません」の第9回、第10回は、善良な男性の勘違いが女性を不幸に陥れる危険を、サラッと、しかし、しっかりと描いていたと思います。

そういう意味で、とても優れたお仕事ドラマだったと思うのです。

私は、フェミニストではありません。

しかし、「結婚して家庭に入るのが女性の幸せ」と未だに思っている男性には、それが、独りよがりの勘違いであり、大切な彼女や妻を不幸にしている価値観であるということに、いい加減気付いてほしいと思います。

気付ける才能がある人は、そもそも、DVやモラハラなんてものは引き起こさないようにも思うのですが。



# by terarinterarin | 2019-09-28 22:22 | Comments(0)
とってもご無沙汰しております。

今晩から関東は台風直撃。
私は明日は仕事で1日外に出ずっぱりなので、朝には台風が去って行ってくれればと願っている次第です。

さて、ともえ法律事務所を閉じて北千住パブリック法律事務所に移籍して、はや10か月目に突入しました。
現在19名の弁護士、事務局(産休中含め)常勤9名が在籍しております。

こんなに?大きい事務所に来たのは初めてで、当初は、主に事務局に対する指示の出し方などに戸惑っておりました。
が、今はおおむね慣れて、(自分的には)スムーズに仕事ができております。

北パブ、重たーい事件が多いので、ほぼほぼ全員が深夜遅くまで仕事しているんじゃないか、土日もなく働かねばならないのではないか、などと実は入所する前、戦々恐々としておりました。

が、実際にはそんなことはありませんでした。
もちろん、公設事務所も昨今は「利益」を求められるようになってしまったのではありますが、業務管理は常識的な範囲内で(ここ大事)個々の弁護士に任されており、お陰様で、まあまあマイペースに仕事ができております。

いやもちろん一人でやっていた時とは比べ物になりませんが…
以前がマイペースでやりすぎていたという話もありますので…
苦になるようなことはありません。

常々、弁護士の労働環境は「ブラックそのもの」と言われております。
確かに、業務の性格上、ある程度の長時間労働や休日出勤を余儀なくされることはままあります。
そして、それを残業代という形で評価してもらうことも企業内弁護士以外はほぼほぼないでしょうから、ブラックといえばブラックかもしれません。

しかし、「いざっていうときに四の五の言わずがっつり働かねばならない」世界だからこそ、常日頃は、ワークライフバランスを大切にして、過剰な長時間労働は避けるべきだと私は考えております。

新人などは要領もよくないので、顧客に顔向けできるレベルの書面等を作成するにあたり時間がかかるのは仕方なく、したがって、ベテランに比べて業務時間が長くなりがちなのは仕方ないでしょう。

ただ、「自分、夜中まで頑張ているんだよ」などと、自らのブラック労働状態を自負したり、ちょっと自慢したりするのは、全くいただけないと思うのであります。

夜中まで仕事しているのが、忙しい弁護士であることの証左、ステイタスにつながるなどという考え方は間違っています。
それは、自分が仕事が遅い弁護士であることを露呈しかねないものです。

人間らしい時間帯に人間らしい長さの睡眠がとれるように仕事時間を調整して働くということは、特殊なシフト制の仕事を除いて、社会人としてあるべき姿なのではないでしょうか。

夜中仕事をしているために睡眠時間が削られてしまうのであれば、いつか心身の健康を大きく崩します。
昼夜逆転することになれば、他の弁護士や事務局とのコミュニケーションが取れません。

いずれにせよ、仕事に大きな支障が生じるのです。

自らのブラックを自負しがちな世界なんて、弁護士業界くらいしかないのではないでしょうか。

「もう、そういうのは古いからやめようよ」なんていう人がずいぶん前からいるように思うのですが、未だに生息していますよね、そういう人。

こんな弁護士が労働問題を担当するなんて、それこそブラックジョークだよな、などと思うのであります。



# by terarinterarin | 2019-09-08 17:36 | Comments(0)
超お久しぶりです。
東京は、じめじめとすっきしりない天気が続いておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか?

さて、去る7月8日、NHKのあさイチで「ビックリ!生理の新常識」という特集をやっていました。
↓これです。
https://www1.nhk.or.jp/asaichi/archive/190708/1.html

多少デリケートな話になりますが、生理の悩みを持つ女性はかなり多く、仕事や日常生活に差し支える症状が生理中や生理前に起こる人は少なくありません。
しかし、日本では、女性の生理のことは大っぴらに話してはいけないことと認識されているようで、大変な思いをしている個人が、その悩みを誰にも打ち明けることができず、一人で抱え込むということも少なくありません。
生理の負担は、体の負担に限られず、心の負担にもなるのです。

この日、あさイチで紹介された「生理の対処法」は、極めて斬新で進歩的で、女性の心身の負担を極めて軽減できるもので、タイトルにもある通り、「ビックリ!」でした。
例えば、生理の回数を年数回にしてしまうことができる新しい低用量ピル(種類は複数あります)。
子宮内に埋め込むタイプのホルモン薬(一度入れてしまえば、5年ほど放置でき、生理なしで暮らせます)。
プールや温泉もOKのシリコン製の月経カップ。

実は私は子宮内膜症をかつて患っており、弁護士になる少し前から低用量ピルを服用しておりました。
年齢が高くなってきたため、体に負担をかけないように、数年前からは、超低用量ピルに切り替え(年数回しか生理が来ないもの)、5月に服用をやめたところです。服用をやめたのは、日本の基準では、ピルの服用は50歳以上は禁忌となっているからです(血栓のリスクが高くなるのだそうです)。*6月で50歳になりました*
ピルを服用するようになったのは、子宮内膜症の治療のためという目的もありましたが、それ以外にも、生理ごときに自分の仕事を煩わされたくないという気持ちがあったからでした。
服用しているおかげで、今まで、生理のために仕事中つらい思いをしなければならないということがありませんでした。
私にとっては、ピルはまさに恩人、「神の薬」ともいえる存在でした。

しかし、ピルをはじめとするホルモン治療には「自然に逆らう」「生理はつらくて当たり前なんだから我慢して当然」という偏見がまだまだ強く、私のように「仕事に邪魔になるからコントロールしてしまえ」という考え方は、少なくとも今までは少数派でした。

あさイチの特集で紹介された様々な薬やグッズは、徐々にではあるけれど、そのような偏見が少なくなってきていることを表しているように思いました。
「自然に逆らう」「生理はつらくて当たり前なんだから我慢して当然」という考え方は、女性に対して、女性であるが故の悩みを押し付けるもので、そのためにしたいことができない、あきらめなくてはいけないという状況に女性を追い込んでしまいかねないものです。
つまり、女性の生理の負担を軽くするグッズや薬の進歩は、女性を女性であるが故の悩みから解放し、もっと自由に、もっと羽を伸ばして暮らすチャンスを広く与えることを可能にするものなのです。

私は、あさイチのこの特集を見て、もっと早くにこんな素敵なものがあれば、自分の苦しさはもっと軽減されていただろうなと思いました。
そして同時に、若い女性の皆さんには、こういう薬やグッズと上手に付き合ってほしいと心から思いました。
心身の負担から解放されて、仕事でも、遊びでも、子育てでも、自由に楽しんでほしいと思いました。

ネックになるのは、通院の負担や価格設定ではないでしょうか。
ピルに関しては、保険適用になるようですが、それでも決して安いものではありません。
また少なくとも数か月に一度は通院しなければならず、そのあたりのわずらわしさもあります。実は、このわずらわしさが偏見のもとになっているようにも思うのですが…

私の場合は、ピルを飲んでいれば半強制的に婦人科のがん検診を受けることになるので、健康管理にちょうどいい、くらいの意識でいましたが。

病院によっては、ピル処方に関しては2回目以降ネット受診でOKというところもあるようです。
このような柔軟な対応が広がれば、もっともっとピルは広がり、ハッピーに暮らせる女性も増えるのではないかと思います。

女性の権利を声高に叫ぶことも必要ですが、実はこういう体の問題を解決することも、女性が社会に出ていくためにはとても大切なことなのです。





# by terarinterarin | 2019-07-18 18:15 | Comments(1)
*今日のブログはかなり長いです…*

かねてより話題になっている上記判決、やっと時間ができて分析することにしました。

なお、私が分析するにあたって参照にしたのは、奥村徹弁護士が全文掲載したブログ記事です(一旦削除されましたが、2019年5月18日付で再掲載となっております。掲載にあたっての法的問題をクリアされたうえでのものと認識しております)。

→http://okumuraosaka.hatenadiary.jp/entry/2019/05/18/105015

1 起訴された事実
 詳細は避けますが、この事件で起訴されたのは、平成29年8月12日及び同年9月11日の2回の性交です。これ以前の過去の性交については、経緯としてあるいは「抗拒不能」の要件を満たすかという判断に必要な事情として記載されていますが、そもそも検察官が起訴していない(=有罪認定して処罰する旨を裁判所に求めていない)ということを、まずは皆さんにお判りいただきたいと思います。
 
2 ポイントその1:「抗拒不能」の解釈
 今回の事件で被告人が無罪となった1つめのポイントは、なんといっても「抗拒不能」という概念だったと思われます。
準強制性交等罪の趣旨及び「抗拒不能」概念の解釈について、この判決は、従来の裁判所の立場を踏襲して、概要、以下のように述べています。

「刑法178条2項は、意に反する性交の全てを準強制性交等罪として処罰しているものではなく、相手方が心身喪失又は抗拒不能の状態にあることに乗じて性交した場合など、暴行又は脅迫を手段とする場合と同程度に相手方の性的自由を侵害した場合に限って同罪の成立を認めているところである。」
「同項の定める抗拒不能には、身体的抗拒不能と心理的抗拒不能とがあるところ、このうち心理的抗拒不能とは、行為者と相手方との関係性や性交の際の状況等を総合的に考慮し、相手方において、性交を拒否するなど、性交を承諾・認容する以外の行為を期待することが著しく困難な心理状態にあると認められる場合を指すものと解される。」

この解釈は、「抗拒不能」という文言自体や、暴行脅迫を手段とする準強制性交等罪と法定刑が同じであることから考えて、決して不当なものではなく、裁判所としては、ここから逸脱して解釈を拡大することは不可能だったといわざるを得ません。

3 ポイントその2:事件前の被告人の暴行と娘の抵抗や行動
 今回の判決では、被告人が娘に対して、長年に渡り暴行や性的虐待を行っていたことが認定されています。その認定は、非常に詳細なもので、暴行の強度や頻度、娘が嫌がったり抵抗した場合の被告人の対応などについても、直近のものだけではなく、過去に遡ってなされています。また、判決を読む限り、これらの事実の認定は、娘の法廷での証言に基づいてなされているものと考えられます。

 まとめると、
・被告人の娘に対する暴行は小学生のころから始まったが、中学生になるとその頻度は小学生の頃より少なくなった。
・被告人による娘への性的虐待は娘が中学2年生ころから始まった。高校を卒業するまで、週1,2回の頻度であった。
・娘は、抵抗していた。
・娘が専門学校に入ると、性交の回数は週3,4回に増加した。
・娘の抵抗の程度は従前より弱くなった。
・H28に娘は弟らに性的虐待を打ち明け、同じ部屋で寝るなど対策をとったところ、性交はしばらくなかったが、H29に同じ部屋で寝るのをやめると再開された。
・H297月後半から8月11日までの間、就寝中に性交されそうになった際、娘が抵抗したところ、被告人が殴る踏みつけるなどの暴行を行うなどするが、結局性交はしなかった。
・娘がそれ以前にも大声で「嫌だ」と強く拒んだ際にも、被告人から暴行を受けたが執拗なものではなかった。
…というのが主要な事実かと思われます(学費負担などに関する記載は補充的なものと考えられるため、割愛します)。

 上記の事情は、被告人の娘に対する暴行や性的虐待は長年に渡り継続反復されてきた根の深いものであることを表すと同時に、娘がそういった父親の自身に対する異常な行為に対して嫌悪感を抱いて、(どの程度のものであったかはさておき)時にはノーという姿勢を表してきたこと、そのこと自体を娘自身が自認していることを表しているものといえます。

4 ポイントその3:娘に対する精神鑑定の内容と裁判所の評価
ア 娘の本件当時の精神状態について精神鑑定を行った医師は、「被告人による性的虐待等が積み重なった結果」娘において「被告人には抵抗ができないのではないか、抵抗しても無理ではないかといった気持になっていき、被告人に対して心理的に抵抗できない状況が作出された」旨、法廷で証言しており、この証言について裁判所は信用性を認めています。
 ですが、裁判所は、娘が「抗拒不能の状態にあったかどうかは、法律判断であり、裁判所がその専権において判断すべき事項である」として、精神鑑定の結果は娘の「精神状態等を明らかにする限度で尊重されるに止まり」、娘の「抗拒不能に関する裁判所の判断を何ら拘束するものではない」としました。
 この点は、一般の方にはわかりにくいと思いますが、要するに「医師が鑑定した結果、事件当時、娘が心理的に被告人に抵抗できない状況にあったことはわかったが、だからといって、その状態が、準強制性交等罪の「抗拒不能」の要件を満たすかどうかは別な問題であって、その点は、裁判所が判断すべき事柄だ。」ということです。

 この部分の記載は、被告人の責任能力が争われている場合にも裁判所がよくするものであって、特段珍しいものではありません。医師の診断結果が、即法律上の概念に判断されるわけではないというもので、個別の事件で、「この鑑定結果でこの法的判断はないだろう」と思うことはあれど、一般的にはおかしなことを言っているわけではない部分ということになります。

イ また、鑑定医は、娘が「本件各性交時において離人状態に陥っていたと推測できる」と述べていた点については、裁判所は、本件各性交時の娘の記憶が比較的よく保たれていることや解離性障害の程度に関する心理検査が実施されていなないことから、「離人状態にまで陥っていたものとは判断できない」としていますが、「推測」として述べられた評価を、裁判所が他の根拠もないのに認定の基礎事情にすることができないことは当然のことといわざるを得ないでしょう。

5 ポイントその4:被告人の供述調書の取り扱い
 被告人は、捜査段階で供述調書を作成されており(なんで黙秘させなかったのかが疑問です。当該事案はどう考えても黙秘事案です。もっとも、被告人のキャラクターが黙秘向きではなかったのかもしれませんが)、供述調書中には、被告人が娘の抵抗不能状態を自認していた旨などが記載されていた部分があります。
 しかし、法廷で捜査段階の取調を録音録画したDVDを検討した結果、「同供述部分に対応する被告人の供述が見当たらないか、取調べを担当した検察官が問いただした内容に対して被告人が明示的に否定しなかったことをもって被告人が明示的に否定しなかったことをもって被告人が供述したかのような内容として記載されていることが確認できる」として、証拠として採用されませんでした。
 被告人の供述調書は、娘の心理状態やこれに対する被告人の認識を示す大きな証拠だったはずですが、裁判所が認定した取調状況を前提とすると証拠採用されないのは当然のことと考えざるを得ません。

6 判決に対する私見
 以上、今回の無罪判決のポイントとなった点と思われる部分を4つほどピックアップして、それぞれ検討してきました。
そのうえで、今回の判決については、立法論云々の前に、「捜査段階、公判段階における検察官の活動に問題があり、これが無罪判決につながった」といえるのではないかと考えます。

ア まず、捜査段階の問題として、被告人の供述調書の「捏造」が挙げられると思います。5で記載した部分です。
 実は、この程度のことは、捜査段階で結構な頻度で実施されていることであり、要するに供述調書は、捜査機関にとって「被告人による署名捺印さえもらえればそれでOKの、警察官や検察官による作文」でしかないのです。今回の起訴検事(捜査を担当し起訴をした検事。岡崎支部だと公判を担当した検事と異なるのではないかと思います)もまた同様の認識で、詳細な被害者の供述調書があり、これに沿う被告人の供述調書も作文できたことから、「抗拒不能」及び「これに対する認識」について、(鑑定書もあることだし)問題なく公判で立証できると安易に考えて起訴してしまったのではないかと思われます。DVDに取調べを録音録画していることを軽く見すぎだと言わざるを得ません。
 つまり、無罪判決のベースは、すでに捜査段階にあったといっても過言ではありません。
(ただ、逆に言えば、先ほども述べた通り、捜査段階で黙秘を貫いていれば起訴されること自体がなかったのではないかと思われ、弁護人サイドとしてはいかに捜査段階での対応が大切かを改めて感じざるを得ません。)

イ また、公判段階では、鑑定意見に頼りすぎたことが無罪判決が出た大きな要因だったと思われます。
 娘の証言自体から、事件に近い時期も含めて、その時その時で被告人に抵抗していた事実や事件当時の記憶が比較的よく保たれている事実が表れているのですから(注:記憶の問題に関しては、あくまで裁判所の認定を前提とすることになりますが)、鑑定事案を扱ったことがある法曹であれば、到底この状況をもって「離人状態であった」という評価はされないとわかるわけですし、「抗拒不能」という要件にはとても当てはまらないということもわかります。また「離人状態」については、あくまで医師の「推測」の域を出ていなかったという事情もあります。
 そうであるにもかかわらず、鑑定意見に依拠して「抗拒不能」を立証しようとしたというのは、検事の公判活動として大きな間違いだったのではないかと思います(もっとも、公判検事と起訴検事が別な場合、公判検事は起訴検事がやった「無理筋起訴」の尻ぬぐいをしなければならない立場にあります。もしかすると、公判検事は、アに書いた被告人供述調書の問題点に気づき、「抗拒不能」要件について、苦肉の策として鑑定意見に依拠するという方法をとったということもありうると思います)。

ウ この事案は、現在は監護者性交罪が適用される事案であり、事件当時は当該条文がなかったことから、検察官としては対応が難しかったものと思われます。だからといって、この事案で「抗拒不能」を要件とする準強制性交罪というハードルが高い罪名で有罪を狙うのは、対応として不適切だったのではないかと思われます。

 ただ、捜査状況を知らない私の勝手な感想なのですが、むしろ、8月の1件に絞って、「強制性交等罪」で起訴するということは考えなかったのか、という疑問があります。
 判決を読む限り、8月の事件の直前には、(少なくとも)強制性交未遂があり、その際に相当程度強度な暴行が加えられています。脅迫的な文言もあります。娘の体にはあざも残っており、弟らがそのあざを見ています。この1件に絞れば、あるいは、強制性交等罪にいうところの「暴行脅迫」が認められた余地があるのではないか、などと考えました。
 むしろ、9月の分も含めて、「心理的抗拒不能」に基づく準強制性交等罪で起訴(8月の件も訴因変更)してしまったために、8月の件1本に絞っていれば、「強い事実」として使えたかもしれない直前の暴行等が使えなくなってしまった。そういう問題があるようにも思われました。

7 控訴審はどうなるか?
 一般論としては、高裁で判断が覆る可能性は残されています。
 私としては、今回の件は、検察官の対応がまずかったために無罪になったといえる事案であると思います。したがって、検察官の追加立証や訴因変更等次第で、判断が覆る可能性があるのではないかと思います。
 インターネットに寄せられている弁護士のコメントを見る限り、「微妙な事案の微妙な判断で、裁判官次第で有罪になる可能性がある」という意見が多かったように思いますが、判決全文を読み込んでいくと、そのような感想にはなりませんでした。
 実際には証拠を見ないと分かりませんが、一審判決を読む限り、この件では、起訴された事実に対して、準強制性交等罪は無罪とされざるを得なかったのではないかと考えます。

8 最後に
 この判決には大きな抗議の声が上がり、裁判官をつるし上げて罷免を求める活動まで起こりました。しかし、改めて判決を読むと、裁判官が非難される事案では全くもってないと強く感じます
 むしろ、この判決は、結論こそ無罪ではあるものの、「裁判所」として、被告人による長年の暴行や性的虐待の事実を認定しました。それだけに、被害者や同様の立場に置かれた人からは「ここまで認めておきながらなぜ無罪なんだ」という気持ちが沸き上がったことと思います。しかし、それが刑事裁判というものなのだとしか言いようがありません。
 最初にも書きましたが、今回「有罪か無罪か」の判断の対象となっているのは、あくまで平成29年8月と9月の2回の性交だけであり、それ以前の暴行や性的虐待は判断の対象になっていないのです。そして、この事実だけをピックアップして「有罪か無罪か判断してくれ」と設定するのは検察官の仕事です。裁判所は、検察官が設定した判断対象に対して「準強制性交罪としては有罪とはいえない」と判断したに過ぎないのです。

 裁判所が、過去の暴行や性的虐待について詳細に事実認定したことには、大きな意味があるでしょう。
 まず1つは、(どうも被告人は当時生活保護受給者で、経済的には余裕がなさそうなので、実際には意味がないかもしれませんが)この判決をもって、損害賠償請求が可能となるということです。もちろん、幼少期のものを含めて請求できるかどうかについては、継続的不法行為が成立するか(時効の問題をクリアできるか)といった問題はあります。が、今回無罪になったものも含めて民事上の責任が肯定されるに足りる事実が認定されたのは大きいことではないかと思います。

 2つめは、家族の関係も含め、このような事態をなぜ誰も防げずに長期化させてしまったのかということが「公的な」資料として残ったということです。今回の事案は、決して性虐待事案では珍しい話ではないでしょう。行政機関レベルでは、事情聴取に基づく様々な資料があることとは思いますが、それらが表に出てくることはほぼないといっても過言ではありません。この判決は、そういう「実はよくあるけれど公開される資料としては残りにくい」というケースで、「公開の判決」という形で残すことができたという意味で、大きな意味があると思います。

 今後、今回のような事案について処罰ができるよう立法の動きが活発になってくると思います。
 しかし、先にも見た通り、今回の件は「処罰の間隙の不幸な事案」だとは、必ずしも思いません。また、拙速な立法は、かえって不都合を生むと思います。それはもしかすると、思ったよりも処罰できる範囲が狭いという被害者側の不都合かもしれませんし、えん罪の危険が拡大するという刑事司法の根幹にかかわる不都合かもしれません。
 拙速に不十分な立法をするのではなく、「どうして無罪判決が出たのか」「どうして気付かれない、対策がされない性虐待事案が蔓延するのか」を検討していくことが必要なのではないかと考えます。

長文失礼しました。


# by terarinterarin | 2019-05-19 21:16 | Comments(0)
批判大好きな人間たちが
我が物顔で振る舞う場に成り下がった
ツイッター

岡口裁判官が、前回の私の記事を読んで、このようなコメントをされていました。

確かにその通りです。
なぜ、そうなるかというと、批判が同調を集めやすく、承認欲求を満たしやすいからです。 
敵の敵は味方、の原理です。

自分自身も、遅くとも性犯罪無罪判決批判騒動のあたりからは確実にそうなっていました。

あるコメントを批判して、いいね!をいっぱいもらうと、自分に賛同している人がそれだけたくさんいる気になります。

ツイッターを見る目が、叩きやすいツイートを探す目になります。
おそらく私を敵視していた人は、私のツイートの粗探しに夢中になっていたことでしょう(140字の作文なんて粗だらけに決まっていますが)。
こいつのツイートなら粗が探せると思うと、ツイートした人間すら覚えていない過去ツイートをほじくり返して叩いて吊るし上げるようになります(私はそこまでせずに済みましたが)。

自分も含めて、ツイッターが批判や晒しで同調を集める場になっていることを、性犯罪無罪判決批判騒動はよく表していたように思います。

批判ツイート以外で支持が多かったのは鵜飼裁判官の吊るし上げツイートか、新潮記事の拡散ツイートくらいではなかったかと思えるほどです。

少なくとも今のツイッターの世界で、ポジティブなツイートでたくさんの支持を集めるのは、すごく難しいと思います。
ポジティブなメッセージで多くの賛同を得られるのは、一芸と言っても過言ではないでしょう。

そういうツイッターの世界に嫌気がさして、ツイートを止める人が、今後増えてくるかもとも思います。
既にそういう現象は始まっているかも。

最近、女子高生の間ではツイッターではなく、インスタグラムのストーリーズを使うのが流行ってきているんだとか。

言い捨てても残ってしまうツイッターよりも、24時間で消えるインスタグラムのストーリーズに魅力を感じているのだそうです。

ツイッターに最終的に残るのは、どんな人たちなんだろう?
叩き合うことに生き甲斐を感じる人ばかりになるのかな?

SNSといえばツイッターという時代?が終わるのは、案外もうすぐかもしれません。




# by terarinterarin | 2019-05-06 19:37 | Comments(3)

寺林智栄の弁護士としての日々や思いをつづります。ウェブサイト https://attorneyterabayashi.simdif.com  「弁護士テラバヤシ」でツイッターもやっています。


by terarinterarin