インフォームドコンセントとやらについて考えてみる。

少し前に、お腹が痛くて病院に至ったら誤診されたけど、請求できる額が微々たるものなので損害賠償請求できない…という話を投稿しました。

誤診をされたあとに正しい診断をしてくれたのは、私のかかりつけ医でした。
昨年の9月ころに、風邪で声が出なくなった時に飛び込んで以来、アレルギー性鼻炎の治療などでもお世話になっているお医者様です。

私の自宅から歩いて7,8分の所にある小さな医院で、行けば必ず他の患者さんと居合わせます。来ているのは普段着の方ばかりなので、付近にお住いの皆さんがいらしていると考えられます。
地域に根差したいわゆる「町医者」なのだと思います。

この先生の特徴は、徹底した問診と触診です。

アレルギーの治療で2か月に一度ほど行くときも、必ず最近の症状を聞かれますし、リンパ腺の腫れなどを必ずチェックされます。
例の腹部痛についても、行くたびに必ず詳しく症状を聞かれ、必ず腹部の触診をされ、脈を測り、時には目の状態までチェックされました。
正直、今まで、ここまで徹底した問診と触診をするお医者様には会ったことがありませんでした。
触診って、すごい技術であり、熟練していれば大きな武器になるのだと思いました。

この先生のすごいところは、自分が問診と触診で得た情報に基づいて症状を詳しく説明し、そのうえで、どのような投薬をしようと考えているか、その薬の効能などを詳しく説明しながら教えてくれるということです。
投薬の際には、仕事の都合などもきちんと聞いてくれます。

「これこそがインフォームドコンセントなのだ!!」
そう実感しています。

「インフォームドコンセント」というと、私には、思い出さずにはいられない出来事があります。

それは、私がまだ中学生だった頃のことです。「インフォームドコンセント」なんて言葉は、この世に影も形もありませんでした。

私の親戚が、全身麻酔で開腹する手術を受けることになりました。
診断名は「胆石」でした(このころまだ胆石は開腹手術が普通の病気だったようです)。
手術前の検査で、X線を撮りました(まだ、CTなんてない時代です。うー、年がばれる)。
石はおろか、胆のう自体が写っておりませんでした。
医者は、その親戚に「砂状の胆石の場合、胆のう自体が写らないことがある」と説明していたとのことです。

手術が終わりました。
手術後、その親戚は「胆のう自体が存在しない。存在した痕跡すらない」、つまり先天的に胆のうがない、という事実を宣告されました。
当時の日本では、20例ちょっとしか報告されていないレアなケースだったということです。

親族一同にある疑念が走りました。
本当は、あの医者、腹かっさばく前に見込みがついてたんじゃないのか?
胆のうがないかもしれないってことに。
珍しい例だから直に見たいと思って、いい加減なこと言って、開腹したんじゃないのか…

真相は闇の中です。
が、しかし、これ、例えば「砂状の胆石の場合、胆のうが写らないことがある」というセオリーなんぞなく、X線撮影の際に「胆のうがないんだろう」ということに医者が気付いており、かつ、「珍しい事象だから直に見たいよねえ」という理由で、この親戚が手術の同意書とられていたんだとしたら、そんな同意、動機の錯誤(しかも重要ですよね)で無効だろう!!と思うのであります。
インフォームドコンセントなんて、あったもんじゃありません。
全くのだまし討ちで、割腹させられたということになるわけです。

若い皆さんは、「え~、まさかそんな」なんて思うかもしれません。
が、しかし、真相は闇の中でも疑念は消えないのです。
なんせ手術が行われたのは、ひと時代もふた時代も前の白い巨塔な感じのとある大病院。
患者の何割かは、研究対象、みたいな目線で見られていたといっても過言ではない。
「珍しいケースの集積」に飢えていたかもしれませんので…





[PR]
by terarinterarin | 2014-07-29 00:29 | Comments(0)

寺林智栄の弁護士としての日々や思いをつづります。ウェブサイト https://attorneyterabayashi.simdif.com  「弁護士テラバヤシ」でツイッターもやっています。


by terarinterarin