本日のミッツマングローブ。

東京は久々に?お天気のよい週末でした。
というのに、テラバヤシは、夕方お使いで出かけただけでおおむね自宅で仕事…という状況。
そして、現実逃避的にブログの更新です。

FBにも書きましたが、本日、TBSのサンデージャポンに出演していたミッツマングローブが、米倉涼子の別居報道中の夫のモラハラ疑惑(個人的には、モラハラという言葉は具体的な問題点をうやむやにする非常によくない言葉だと思っています)について、「そんな急に変わる?(注:結婚前には暴言等の類はなかったという前提)」「(付き合ってる最中に)わかんない?」などと発言しておりました。
テラバヤシは、同じく番組に出ていた西川史子と一緒に「変わる変わる」「わかんないわかんない」とつぶやいておりました。
これ、離婚事件を相当程度担当したことがある弁護士の多くは、同じ感想なのではないかと思います。

妻に対して暴力をふるったり、暴言を吐きまくったりする男性の相当割合は、いわゆる「外面がいいタイプ」で、「歩く証拠」みたいなタイプの人は少数ではないかと感じております。もちろん、女性のほうもおそらく同じなんでしょう。我々に持ち込まれる相談の多くが、男性が横暴なケースが圧倒的に多いというだけの話だと思います。

外で愛想を良くしていることに対する疲労感、「自分の家族に対しては何しても許される」という間違った価値観などなど様々理由はあります。
また、こだわりが強い人ほど、自分のエリアにあるものについては、自分の思うとおりにならないと気に入らない、しかし、モノと違って人(配偶者)は自分の思うとおりに是正できない、その苛立ちが暴言暴力につながるということもあるのかなと思います。
いずれにせよ、昨日の良い人が今日のド悪人になるなんてことは、特に珍しいことでもないというのが、こういう仕事をしている身としての感想です。

ミッツさんほどのインテリかつ博識なお方が、夫婦関係についてど素人感あふれる感想を言ったかと思えば、この直後、別なニュースで非常に興味深い発言をしていました。
例のフィリピン女性を中心として今まで12000人余りの人に対して買春行為を行っていたという元学校の先生のニュースの件です。
正確に言葉を再現できませんが、この人は教育者としては、非常にきちんとした素晴らしい人だったと思う(学校内でこういうことは一切やらなかった)、日常と切り離したところでこういうことを思い切りやるということにすごい解放感を感じていたのではないか、自分はそこに共感する、という趣旨の発言をしていたのです(もちろん、「共感する」というのは、日常非日常の切り替えによる解放感、背徳感みたいなものがわかるという意味であって、そういう買春行為を肯定するものでないことは明らかでしょう)。

このときも、西川史子は「何言ってんの、この人」みたいな顔をしていたのですが、テラバヤシは、「ほう、面白いこと言うな、この人」と思いました。
この問題に関する、ミッツさんの感覚は分からないでもないなあと感じました。
一方で、米倉問題のド素人的発言と、この奥深い発言とが、同じひとりの人間から出てきたという点に、若干の気持ち悪さも感じました。
が、少し考えて、この人の中では、特に矛盾したりするものでもないんだな、ということに気づきました。

要は、ミッツさんは、一人の人間の中にある善と悪の部分、背徳的なものを求める心という闇の部分の存在を肯定できる人である一方、ヒトのパーソナリティというものは、そういう部分も含めて観察していりゃわかるもんだという考え方の持ち主なんだな、ということです。

この考え方、前者については同意、後者については不同意です。自分の浅い経験を前提としたうえで…ですが。
ヒトの人格というものは、何層にも何面にもなっている入り組んだもののはずです。
その何層何面にもなった人格のうち、一定期間の交際中、友人としての付き合いしかない関係、あるいは同じ職場で一緒に仕事をしているだけの関係で見えてくるものなんて、ごくごくわずかだと思うのです。

言葉の端々、その人の視線の送り方、そらし方、表情の変化…そういうところから、わかるでしょ、という人もいるかもしれません。

わかりません。
わからんのです。わかってればねえ、こんなに世の中、DVだのなんだのって苦しむ人はいないんですよ!!

ヒトの人格のどの部分が現れるか、どう変わるかは相手との関係性によるものなんでしょう。
さっきも書きましたが、結婚するということは、他人が自分の生活の中に入るこんでくるということ。そこで自分の価値観が肯定されたり否定されたりということに真正面からぶつかることになるわけで。
そういう場面で、それを押し通すことしかできない人は横暴になる(横暴な側面が出てくる)のだろうし、折り合いをつけることができる人は、そうならない、そういう側面が出てこないということなのだと思います。
変わるタイミングは人それぞれ。
その「キレどころ」なんて、本当に四六時中顔つき合わせる関係にならないと、わからんのだろうな。そう思います。

それに。
恋愛しているときなんて「アバタもエクボ」なわけで、そういう盛り上がりの中で、相手の「負」の側面も見ておけよ、なんていう人、あんたこそ、そんなことできるのかよ!!と突っ込みたくもなっちゃいます。

こういうことを書くと大変失礼になるかもしれないのですが、ミッツさんは「おねえ」(徹頭徹尾男性という人とは異なるものの、どこからどこまでそうなのかについてはよくわからないので、あえてこういう言い方にしたいと思います)という、「マイノリティ」にくくられる立場にある人です。
こういう人の中で、自分のアイデンティティを確立できた人の中には、「私にもできるんだからあんたにもできるでしょ」みたいな考え方の人って少なくなくて、それがともすると、無理解や差別みたいに受け取られることもあるんだろうなと、感じることが少なくありません。

ミッツさんは、「スポーツ酒場語り亭」でも披露済みですが、例えばフィギュアスケートの羽生選手の振り付けのしぐさひとつで、その時の調子を読み解くくらい、洞察力が優れた方です。
「人には二面性があるのよ」「自分にはわかると思うわよ。だから、あなたにだってわかるはずよ。」
おそらく、そんなところなんだと思います。

最後にもう一度書きます。
ヒトの人格は、二面にも三面にもなっています。
そんなことはわかっていても、結婚した後、相手がどんな風になるかなんて、誰もわからんのですよ!!
そして、わからないことについて、その人を責めることなんて、できないのです。











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by terarinterarin | 2015-04-12 20:42 | Comments(0)

寺林智栄の弁護士としての日々や思いをつづります。ウェブサイト https://attorneyterabayashi.simdif.com  「弁護士テラバヤシ」でツイッターもやっています。


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