日本社会をぎゅぎゅっと凝縮?町内会とPTA

ここ最近、割に短期間の間に、PTAと町内会のトラブルについて相談を受ける機会がありました。
詳しく書くことは当然できませんが、まあ、入った覚えもないのに会費を請求されたり役員をさせられたりして困っている、というご相談です。

そうなのです。
このふたつ、「入った覚えもないのに、入ったことにされている」、そして「入っていることを前提として、会費を徴収されたり、役割を担わされたりする」という点で、共通しています。

つまり、「ここの区域に来れば、自動的に○○町内会に入ったことになる」「ここの小学校に入れば、自動的にその学校のPTAに入ったことになる」という決まり事があるかのような前提で、物事が進められていってしまうわけです。

そもそも町内会というのは、ある集落とか都市の一部地域に居を構えている人たちで作る自主組織であって、住民に共通している利益の実現であるとか(公園や道路のお掃除などなど)、親睦を図るであるとかという目的があるとされています。
PTAは、各学校ごとに保護者と教職員で組織される「社会教育団体」とされており、目的は、その学校に通う児童生徒のために種々様々な活動をボランティアで行うことにあるとされています。

「ここの地域に住んでいるんだから、みんなと一緒に町のために尽くしてもらうのは当然!!」、「ここの学校に子ども通わせてるんだから、親としてPTAやるのは当然でしょ!!」という発想が、根本にあるわけです。そして、「ここにいるんだから加入している」という所与の前提で、様々な義務をほぼ何の説明もなく「役員」と称する人たちが課していく。
そして、こういう発想の起源が、どこにあるのかわからないのが、町内会・PTAの恐ろしいところ。現在役員を担っている人に聞いても、おそらく誰も答えられない。
「昔からそうなっていたんだし…だって、そんなの当り前じゃない!!」という理屈も何もないけど、言い張ってなんぼ、みたいなことになるわけです。

日本国憲法には「結社の自由」というものが定められています。
団体を作るかどうか、団体に入るか入らないか、入っていた団体をやめるかどうかは、すべて自由という原則。
もちろん、憲法の「結社の自由」は、団体の立ち上げや団体への加入不加入等について、公権力からの干渉を受けないという意味です。
が、憲法上の人権規定は、対公権力との間だけでなく私人同士の関係でも、適用があると考えられています。

団体を作ることや加入不加入等を強制できる「強制加入団体」というのは、法律で強制加入が義務付けられているケースに限られています(もちろん、その前提として強制加入とすることが合理的であることが求められます)。
具体的には、我々のような弁護士とか司法書士、税理士、公認会計士等々、一定の職種に限られています。公益性や倫理性を強く求められるので、同業者同士が相互に監視?することによって規律を維持することが必要であるからなどなどの理由が挙げられています。

町内会とPTAには、こういう法律がありません。
強制加入団体ではない。「任意」加入団体なわけです。

この町に住んでる≠ここの町内会に入ったことになる
子どもがここの学校に通っている≠この学校のPTAに入ったことになる

というのが、正しいのです。

だから、本来であれば、その町に転居してきた人がいれば、(噂を聞きつけた)町内会の役員さんは、町内会のパンフレットなんかを持参してそそくさと駆けつけ、「町内会に入るとこういうメリットがあります。逆にこういう義務もあります。入るかどうか考えてちょうだいね」という説明をするのが本筋で、そのうえで「入ってくれると嬉しんだけど」なんて勧誘するのがせいぜいということになります。
PTAにしたって同じで、例えば新1年生の保護者の説明会なんかでPTAの役員がPTAの活動について説明したうえで、「ひとりでも多くの人に加入してほしい」とお願いすることまでしかできないのです、本当は。

むかしっから、当たり前のようにみんながやっていたんだから入るのは強制だ、会費払うのも当然だ、会合に出てこないやつは役員やれというのは、はっきりいって「入らない」という利益の侵害になりかねず、強制の度合いによっては、慰謝料請求ものになりかねんのです。

実際、PTAなんかだと、役員をやらないと言ったとたんにその保護者に対する陰湿ないじめが勃発することも少なくないんだそうです。
保護者が抵抗していると、今度はその子供に対する嫌がらせが始まるケースも少なくないそうで、要は、子どもは人質。
「児童のための活動」というPTAの理念、まさに、どこにいったやらという状況です。
町内会やPTAトラブルで訴訟になっている案件も結構あるようですしね。

確かにね、ごみひとつ落ちていない町の美しさであるとか、家庭ごみの集積場の設置であるとか、学校行事における人手不足の解消であるとか、そういった部分で、町内会やPTAが果たしてきた役割は大きいと思うのです。

でも、そういう運営側が「利益」と信じて疑っていないことを、そこに住む人、そこにいる人みんなが利益と考えるかどうかはまた別な話です。
加入対象者に対して「義務を負担して利益を享受するか、義務も負担せず利益も享受しないか」という選択をしてもらうことが、大前提。それが「任意」加入団体たる町内会やPTAの本来あるべき姿、なわけです。

しかし、実際、この手のご相談を聞いていると、いつの時代からかはわかりませんが、日本て国は、「統制をとることの目的、意味」というものを全く考えずに「統制をとる」という現象が成り立ちやすいお国柄なんだなあとつくづく思います。
繰り返しになりますけど、「町内会は強制だ」「PTAに入るのは当然だ」というお題目の根拠って、合理的に説明できる人なんてたぶんいないと思うのです(いや、実際、ないと思うし)。昔からそうだったとか、それが合理的だからとか、そんなからっぽで意味のない理屈で「統制」をとることの正当性を個人に押し付けるということが、まかりとおるんだよな、この国。

「空気を読む」って言葉がありますけど、これは「その場の空気を理解して個人が自重すべきところは自重しろ」という趣旨であり、やはり、確たる目的のない「統制」を暗に強いる言葉でしょう。
こんな言葉が生まれ、「空気が読めない」ということがネガティブに捉えられるというのは、おそらく日本独特の現象ではないかと思うのです。

つまり、常に私たちの生活は「全体主義」と隣り合わせと言っていいのではないでしょうか。

町内会とかPTAの問題というのは、「昔ながらの考え方といまどきの協調性のない若い人たちの感性の違いによっておこる問題」という単純なものではありません。
「個人」というものをどこまで大切にできる国なのか、という国の在り方そのものを考えるうえで、最も身近な問題なのではないかと思います。



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Commented by jun at 2015-07-20 13:00 x
初めまして こんにちは。
町内会やPTAのお話し、確かに確かに!と私も思っていました。
いずれもお金以上に面倒が付きまといますから、何とかしてほしいと思います。しかし地域の防災とかを考えるとやはり必要なんだろうなと思ったりします。

しかし、町内会の会員になるならないにかかわらず、その町内に張り巡らされた街灯の電気代や修繕費が町内会費から捻出されていることを知らない人が多いです。その費用負担があって夜間の道路の明るさが保たれているのです。
私の住む町内会でも会員にならない人が出ているそうですが、その方たちは真っ暗闇を歩かずに済むなどインフラに関する恩恵だけは受けているにもかかわらず会費の負担はしたくないと言うそうで電気代も高くなっているので問題になっています。

私も役員になって解った事なので、先生のところにご相談に来られる人たちも、きっとそこまで知らないのではないでしょうか?
どこの町内に住もうと地域のインフラに関する費用の分担は好き嫌いの話ではないなと思いました。
Commented by terarinterarin at 2015-07-20 13:59
> junさん

コメントをありがとうございます。
確かに、地域のインフラ整備について町内会が負担しているという事実はあるのです。
しかし、そもそもそれについて町内会が負担しなくてはならないこと自体が合理的なのかという問題もありますし、仮にそこがしかたないとして、その分の負担については会員になるのとは別個に負担させられる方法を模索することも必要ではないかと思います。

現代においてかなりな件数の争いが出てきているのは間違いないようで、そうであれば、旧来通りのやり方が現代の日本において果たして合理的なのか、ということをまず考えることが必要でしょう。
インフラ整備の問題についても同様ではないかと考えます。

Commented by jun at 2015-07-28 12:11 x
こんにちは。
お返事ありがとうございます。
先生の言われるとおりと思います。
その場に見合った合理的な解決ができると良いと思いますが
町内会も高齢化しているのでなかなか大変みたいですね。

猛暑・酷暑の日々、お出掛けも多いと思いますので熱中症にはお気を付けくださいませ。

Commented by tatut at 2015-08-01 20:30 x
町内会は元々、1940年に内務省から出された「部落会町内会等整備要領」によって全体主義を徹底(「国策を汎く国民に透徹」)させるために「整備」されたものですからね。大政翼賛会の末端として国民を支配する上意下達の下部組織だった頃の性質を、今もなお残しているのでしょう。

今の町内会にしても、住民が自ら作るのではなく、役所が「町内会にやらせること」を定め、住民を強制加入させて上意下達型の陰湿な強制圧力の下で「強制させあわせる」仕組みにされているわけですから。

役所がごみ収集などを人質に住民を無理やり強制加入させる。そして、天下り団体や役人が町内会を通して募金名目のみかじめ料集金や「ボランティア」名目の強制徴用など「強制してはいけないこと」を強制しまくる・・・町内会の現状は、配給の末端組織として強制加入させられ各種の供出・強制徴用の実行単位とされた戦前の町内会組織(隣組)と驚くほど似ています。

10年ほど前の有事法制の時にも町内会の法制化といった話が出てきて、最近また各地で「住民は町内会に加入するものとする」といった条例を定める自治体も増えてきました。最近の流れは、いつか来た道、なのでしょうか・・・

まさに町内会のような仕組み(陰湿な強制圧力を背景に生活と抱き合わせでおかしなことを強制する強制動員システム)を作らせないために、公的なインフラ整備は「やるべきこと」「やってはいけないこと」を明確にした行政の枠組みにおいてそのあり方を定め「完結」させる。また、その負担は税金の形で住民全体の合意を形成していく必要があるのですよね。

建前からしても、「住民全員」の加入を前提にしてはならない町内会は、地域の公的負担組織にはなり得ない(してはいけない)のですから。
Commented by terarinterarin at 2015-08-02 16:40
> junさん

コメントをありがとうございます。返信が遅くなり申し訳ありません。
ご指摘の通り、町内会は少子高齢化の影響を受けているようで、役員の高齢化、収入の減少などの問題があります。
そのため、人員確保に躍起になって会側が強硬な言動に走り、トラブルになる事例も少なくないようです。
とはいえ、治安の維持など一定の役割を町内会が歴史的に担ってきたこともまた事実です。
民間企業の参入などによる解決方法もあるのではないかと考えております。

junさんもどうかご自愛ください。
Commented by terarinterarin at 2015-08-02 16:47
> tatutさん

歴史的な経緯に基づく深いコメントをありがとうございます。
ご指摘の条例ですが、加入強制をする条例ではなく、「加入を促進する」条例がちらほらでき始めているようですね。
ただ、条例で「促進」が定められると、事実上強制になりうる危険はあり、今後どれくらい広がっていくのか見逃せない動向ではないかと思います。

Commented by zip-skierclass1 at 2016-09-02 23:34
はじめまして。私もこの地縁団体のあり方については問題視しています。
確かに日本人の多くは(私も生粋の日本人ですが)目的見えなくても行動しちゃうんですよね。皆がやってるとか皆と一緒じゃないとかっこ悪いとか。
私自身も若い頃はそうでしたが仕事で合衆国に行った時に考え方の違いに衝撃を受けボランティアの概念が根底から変わりました。
それ以来町内会活動を見ますとタダ働きをしている姿を美徳と思い込んでいる集団ではないかと思える様になりました。
Commented by terarinterarin at 2016-09-11 01:02
> zip-skierclass1さん
なるほど。そういう見方もありますね。私は、日本人というのは、疑問を持たずにむやみやたらと集団を作り群れたがる民族ではないかと思っております。
Commented by zzz_zbrwk at 2016-09-13 21:34
こんにちは。
上の方と同じで海外暮らしが長かったため、日本の自治会/町内会/隣組のような組織には大変な違和感を抱いています。住民税を払っているのにさらに会費を徴収されなければならない、しかも同市内なのに金額がバラバラ、清掃活動や選挙応援などタダ働きをさせられる、寄付金を強制徴収されるなど、どう考えてもおかしな仕組みです。
自治会問題に詳しい弁護士、あるいは人権意識の高い弁護士がいるのなら相談したいくらいです。
Commented by terarinterarin at 2016-09-13 21:50
最近では、自分はサービスを受けない、町内会には加入しないと積極的に意思表示する方も少なからずいらっしゃるようです。
by terarinterarin | 2015-07-19 18:13 | Comments(10)

寺林智栄の弁護士としての日々や思いをつづります。ウェブサイト https://attorneyterabayashi.simdif.com  「弁護士テラバヤシ」でツイッターもやっています。


by terarinterarin