法テラス愛知とテラバヤシについて振り返ってみる。

安保法案大詰めの時に、法テラスですか…という人もいらっしゃるかもしれません。
しかし、テラバヤシ個人にとっては、とてもタイムリーな話題です。

先日、裁判員裁判の法廷技術研修の講師として、愛知県弁護士会でお仕事をしてまいりました。
実は、愛知県弁護士会は、この法廷技術研修を年2回(概ね3月と9月)実施していて、元法テラス愛知スタッフ弁護士だったテラバヤシは、ありがたいことにいつもお呼びがかかるのです。
研修は土曜日の朝からなので金曜日には前のりします。
そして、毎回、私の担当をしてくれていた元事務局のAさんと食事をします。
今回も、研修前日にAさんと夕食をとりました。

Aさんと話していると、当然、私が愛知でスタッフをやっていた当時の話になります。
今回もそういう話になりました。

独立するまでの間、4つの法律事務所で働いてきました。一番長くいたのは、法テラス愛知でした。
そして、法テラス愛知にいたころは、結構忙しかったけれど、一番、楽しく、充実していたなあ(途中、かなり大変なことはあったのですが、まあそれは置いておくとして)と、しみじみ思いました。
どうしてなんだろうと考えていたのですが、ひとつ、答めいたものが頭の中に浮かびました。

法テラス愛知は、テラバヤシの使い方が、うまかったんだな、ということです。

うまかったんだな、と思うポイントは、
働かせすぎない。
「穴」のある所を埋める要員として使う。
難しい仕事はフォローする。
というところです。

象徴的だったのは、国選の刑事事件での使い方です。
赴任した直後、私を国選の刑事事件の待機者名簿に入れるかどうか、という話が出たことがありました。
そのときに、当時の国選担当の副所長から「寺林さんは、遊軍として使いたい」という趣旨の話が出ました。
つまり、その日の待機弁護士が足りなかった時に、ピンチヒッターとして対応できる要員でいてほしいということを明確に言われました。
だから、それと別に名簿に載って事件の配点を受け、余裕がない状態になるのはできるだけ回避したいというのです。

私が愛知に呼ばれたのは、被疑者国選の拡大、裁判員裁判の実施に併せた人員不足の解消が理由でした。
だとすれば、そういう使い方は、私が呼ばれた目的にかなっている。
私の方も特に異論はなく、ガッテンショウチということで、待機名簿には入らないことになりました。
その時は全然考えても見ませんでしたが、今にして思えば、当時の副所長の話は、弁護士会の意向を反映しているか、あるいは弁護士会の反対派の動きをにらんでのものだったのではないかと思うのです。
つまり、「反対派にさらすことなく、有効活用する」という明確なスタンスがあったのではないか、そのように感じるのです。
実際、国選課は、私が事件の終結報告書を出したころ合いを見計らって、新しい事件を持ってくる…という「生かさず殺さず」作戦に出ている節がありました(殺さないでくれてサンキューです)…

刑事事件だけではなくて民事法律扶助事件も同じです。
何度も書いている刑事施設収容者からの法律相談の対応。
急な対応が必要で、通常の法律相談の枠が空くのを待っていては間に合わない事件。
ジュディケアの先生が審査に回したけど援助決定が出ても自分は受けないとした事件…
通常の法律相談枠に入ることももちろんありましたが、多忙で、ちょっと来月は遠慮したいというと、「ああ、どうぞどうぞ」という感じでした。
いわゆるハコモノ相談よりも、こういう「他には回しにくい事件をやってくれ」という要請の方が強かったと思います。
そしてこれも、おそらくは、「法テラスのスタッフがジュディケアの仕事を奪っていく」という苦情を交わすための一工夫だったのではないかな、と今では思うのです。

テラバヤシはそれでよかったのか、と問われるかもしれません。ここだけ読んでいると、「扶助課と国選課の下請け」みたいに感じられる方もいるかもしれません。
が、私には特に何の不満もありませんでした。

「刑事事件をお金を気にせずやりたい」という夢?をかなえてもらえたというのも大きな理由です。
が、そもそも、愛知の実情なんて、全くわからないで赴任しました。
そして、若いときから、テラバヤシは「自分の適性は自分よりも周りの人が知っている」「自分は仕事を選べない。仕事が自分を選んでやってくる」とな思っていました。
つべこべ言わずに、来るものを拒まず、オープンな気持ちで仕事を待っていれば、自分らしい仕事ができるんじゃないか、そう思いました。
いわば「まな板の上の鯉」として、愛知での仕事を始め、続けてきました(個人的には、貧困をやりたい、福祉をやりたいと高い理想を掲げて赴任する人は素晴らしいと思いますが、それが必ずしもそこで求められる仕事とは限らないという現実も認識すべきだと思っています)。

特殊なルートで来た仕事は、対応が難しいものが多かった。
でも、困った時には所長や副所長の先生たちが相談に乗ってくれました。
難しい仕事を依頼するときにはフォローをしてくれました。
所長や副所長の先生だけではありません。
わからないから教えてください!!と聞いた人は、誰でも親切に教えてくれました。
フォローの体制もばっちりだったわけです。

当時は、実は、愛知側がテラバヤシをどういう風に使おうか、明確なコンセプトを抱いていたのだということに、全く思い至りませんでした。
ただただ楽しく、気持ちよく、仕事をしている毎日でした(途中大変なことは色々あったんですがね!!)。

ここまでのスタッフ弁護士活用成功事例は、実はよそではないのかもしれません。
「まな板の上の鯉」として過ごした3年3か月は、幸せな時間でした。

現役のスタッフ弁護士が、幸せなスタッフ生活を送れることを祈ります。
そのためには、各地域の活用コンセプトとスタッフの心意気が同じ方向を向いていることが必要であることは、今までお話した通りです。











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by terarinterarin | 2015-09-17 22:32 | Comments(0)

寺林智栄の弁護士としての日々や思いをつづります。ウェブサイト https://attorneyterabayashi.simdif.com  「弁護士テラバヤシ」でツイッターもやっています。


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