先日も書いた通り、テラバヤシ、やすらぎの郷にはまっております。
さすがにウィークデーにリアルタイムで観るわけにいかないので、録画を週末に観ています。
今週は非常に考えさせられる回でした。
やすらぎの郷の創設者が死の間際に、主人公の菊村、すなわち石坂浩二を呼び出します。
そして、山で死にたいか、海で死にたいか、と、問うのです。
菊村は山と答えますが、創設者の答は海でした。
その理由は、人生観とはまた違う、戦争とも関わる奥深いものでした。
彼は直後に絶命し、遺言に従って、水葬に付されました。日本海軍の方式での水葬だったようです。
劇中、水葬は違法だというセリフがありましたが、確かに調べてみたところ、ごく例外的な場合を除き、少なくとも日本では、水葬は禁止されていました。違反には罰金刑も定められていました。
ウチの母は、もう何十年も前から、自分が死んだあと、焼場で焼いたら、適当にその辺に撒いとくれ、墓は要らないから、などと言い続けており、ザ昭和の男である父を悩ませています。
今回のやすらぎの郷を見て、死んだあと自分をどうしてほしいか考えたのですが、適法か違法かはさておき、波際に遺体を運んで置いておいてもらいたいなあと思いました。
そのうち、波がテラバヤシの遺体を海へ運び、海底に徐々に沈め、その過程で魚やその他の生き物が私の遺体を食べ、残骸は長い時間をかけて海の一部と化していく。
一見恐ろしそうにも思えますが、肉体を支える精神が朽ちて消えているのに、焼かれた肉体の残骸が、後生大事にダレソレ家の墓の下で、どこにも帰ることなく冷たく放置されることは、経済的に云々、土地が云々とか言う前に、自然の摂理としてものすごーく不自然に思われるのです。
ゾロアスター教を始め、いくつかの宗教では、遺体を鳥についばませ、死者の魂を天に運んでもらう鳥葬が行われています。
遺体を野ざらしにして風化するに任せる風葬という方式もあります。
思想と結びついてはいるものの、地球から生まれた命を朽ちた後も地球の一部としてあつかう点において、理にかなった埋葬方法のように思えます。
やれ、戒名だの、やれ永年供養だのなんだのかんだのと、死人に口なしをいいことに生きてる人間の思惑で、死んだ後まで自由にさせてもらえない国って、なんだかホントにめんどくさいなあ、と思うのでありました。
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