貧困と食生活、健康。

昨年11月から12月、裁判員裁判期間中に、「うわっ」と思うほど太りました。
理由は、一緒に弁護人をやっていた先輩が、おいしくてお手頃なお店を知っていて、ほぼ毎日一緒にご飯を食べていたからです。

しかも年末年始と実家で食っちゃね生活を重ねるなどして、さらにドン。

年齢も年齢ですし、これはさすがにまずいと思い、2週間ほど前からプチ糖質制限を始めました。
糖質制限とはいえ「プチ」ですので、旭川のくまちん先生のように、「これで生きていけるのか」というほどには頑張っていません。
元々甘いもの好き、炭水化物好きでしたので、いきなりそんなことしたら激しくリバウンドしそうですし。

米やパン、パスタなどを食べ過ぎない、タンパク質と野菜中心を心がけるといった程度です。

その程度なのですが、炭水化物を食べない分、いろいろと食材を取りそろえる生活になりました。

豆腐、納豆、サラダチキン、おからパウダー、ロカボナッツ、たまご、キャベツなどなど…

そして、気付きました。
炭水化物や糖質中心の食事って、とても楽であるということに。
外食で気軽に安く食べられるのは、ほぼほぼ炭水化物や糖質中心の食べ物なのです。
うどん、パスタ、ファーストフードにパンにおにぎり…
腹持ちがいいというメリットがあります。
炭水化物、糖質を押さえてバランスよく食べようとすると、タンパク質も野菜も食べなければならない。そこそこ値の張る定食屋さんに行かねばならない。
テラバヤシも、以前より食費がかさんでおります。

よく貧困層には肥満の人が多いといいます。
テラバヤシも、過去、生活保護の方の事件をたくさん受けてきましたが、糖尿病の方が多いという印象があります。
これは明らかに、様々な食材を手に入れるお金がなく、食事が炭水化物、糖質に偏りすぎていることの表れです。
野菜やたんぱく質など、バランスよく手に入れるお金がないから、こういうことになってしまうのです。
貧困⇒食生活の偏り⇒健康不良という負の連鎖が生じていることがわかります。

これ、どうにかならないのでしょうか。
生活保護者の健康不良は医療費の増大を招く原因にもなりますし、働くことが難しくなるのですから、生活保護から抜け出すことも難しくなります。

生活保護者を含めた貧困世帯の栄養補助というのは、長い目で見れば、貧困対策になるはずです。

保護費を削るという目先の削減策は、貧困をさらに悪化させるだけで何の対策にもならないのではないか…

プチではあるけれども糖質制限にチャレンジしたおかげで、貧困対策に思いをはせてしまった極寒の早春なのでした。

追伸
プチ糖質制限に併せて、朝晩もも上げ各200回しているおかげで、体重はそう変わりませんが、多少引き締まった体つきになってきました。


# by terarinterarin | 2019-02-11 22:03 | Comments(0)
子どものころから、本を読むのが好きでした。
幼稚園に通っていたころ、親に無断で童話の全集を申し込んできたり(もちろん全て読破)、小学生のころ、図書館に会った伝記本を、ほぼすべて読破したりしていました。
中学生のころは、松本清張や向田邦子を読み漁っておりました。

高校時代は体育会で脳みそ筋肉状態で、あまり読書した記憶がありませんが、大学生以後は、椎名誠、よしもとばなな、村上春樹、東野圭吾、宮部みゆきなどにその時々ではまりつつ、読書から離れる生活は送っておりませんでした。

本の好みはうるさい方で、「どんなジャンルでもどんな作家でもいけます。」「本ならなんでもオッケーです。」というタイプではありませんが、本を読むことは私の人生に欠かせないものでした。

ところが、弁護士になって数年経ったころから、なかなか読書が楽しめなくなってしまいました。
特に、自分の人生の一部であった「小説を楽しむ」という行為がなかなかできなくなってしまいました。

本屋には、しばしば発作的に行きたくなり、主に小説売り場をうろついたりしています。
ですが、なかなか、表紙のデザインやタイトルでピンとくるものに出会えません(最近の本の表紙は、なかなかに毒々しくうるさいデザインが多いような気がします)。
ちょっと気になるタイトルのものがあって、最初の数行を読んでみても、入ってこない。
裏表紙などに書いてある簡単なあらすじを見ても、ときめかない。

1年に1回か1回くらい、「あー!!小説読みたい!!」と猛然と思い、数冊買って読んだりすることはあるのですが、「うーむ。この本は一生涯忘れないなあ」という自分的名作には、本当に近年会いにくくなりました。

自分としては、これは職業病ではないかと思っています。
新人のころから、「テラバヤシは引きが強い」といわれておりました。
スタッフ弁護士のMLや勉強会で事件相談をしても、(濃い事件を多く抱えているはずのスタッフ弁護士の面々によって)ドン引きされるような事件に当たることが数多くありました。
その引きの強さは、弁護士生活10年を超えた今でも変わりなく、たまにこういう事件をやっていてね、と同業の友人知人に話すと、「重たいのやってるね~」と妙に感心されたりします。

つまり、ある意味追体験したり依頼者とともに関与している現実の事態が、あまりにも奇想天外だったりドラマチックだったり、緊張感マックスだったりするために、並大抵の小説では、ドキドキわくわくできなくなっているということなのではないかと思うのです。

もちろん、私以上にインパクトの強い事件をやっている弁護士はたくさんいるわけで、そういう人たちの中には、信じられない読書量をこなす読書家も多数いると思います。
そういう人たちって、心のコントロールの仕方が上手なんだろうな、と思います。
私のように、いちいち「うわー」とか「まじかよ」などと一喜一憂したりしないのでしょう…

なので(?)、ここ数年の間に読んだ本の中で「これは面白かったなあ」と思った本は、たぶん本当に面白く、生涯忘れないだろうななどと考えます。
そういう本を2冊ほどご紹介したいと思います。

まずは、私なんぞが紹介する必要もありませんが、村田沙耶香の「コンビニ人間」です。
コンビニの仕事でしか生き生きできない主人公のありようがおかしくもあり、「これでべつにいいんじゃないか」とも思わせる、何とも爽快感のある一冊でした。

もう一冊は、瀬尾まいこの「そして、バトンは渡された」です。
親が何人も変わってきた女性の生活を描いているのですが、「親と子」の関係や「親の情」というものの多様性を感じさせられる作品でした。

実は、ここ数日「本読みたい。でも何読んでいいかわからない」という状態だったのですが、昨日北千住ルミネのブックファーストを何周もして、買いました。
益田ミリの「47都道府県 女ひとりで行ってみよう」という本です。
何とも脱力したエッセイです。
小説に向かい合う気力は、残念ながら湧いてきませんでした。

移動時間に楽しめればと思います。

もっと気楽に本が読みたいです。



# by terarinterarin | 2019-01-29 18:55 | Comments(0)

拘置所の中。

ゴーンさんの一件で、未決拘留者が過ごす拘置所の中の生活に注目が集まっております。
特に冷暖房がないという話は世間の皆様の驚愕を呼んだようですが、拘置所のあっと驚く生活はそれだけではありません。
今回は、テラバヤシが今までの弁護士生活から知るに及んだ拘置所の中のお話についてお伝えしたいと思います。

1 服装の制限
スウェットなどのウエストを絞る紐は外さないと差し入れできません。
パーカーやタートルネック、ハイネックの服も差し入れできません。
靴下はスニーカーソックス限定。足首が隠れるソックスは差し入れできません。
女性の下着に関しては、レースなどが付いたものは、確か差し入れ禁止だったはず。
Tバックのパンティも差し入れできなかったと記憶しています。
ほつれがあるような服も差し入れできません(一度、差し入れしようとしたスラックスの裾のまつり部分が落ちてしまったいたことがあり、急ぎだったので自分でお裁縫して差し入れしたことがあります)。

服装の制限は、大量な洗濯物を裁かなければならないという施設の都合と、自殺防止の観点からなされていると思われます。
拘置所の中には精神的に追い詰められている人、不安定な人がたくさんいるので、手っ取り早い自殺方法である「絞首」ができないようにするため、ひも状のもの、ひも状にできるものの差し入れが禁止されるわけです。
ですが、これでは、暖房がない施設で、冬場に暖をとれる服装をすることがかなり困難になります。
ツイッターにも書きましたが、私が担当した被告人の中には、あまりの寒さで足の指がひどいしもやけで紫色になってしまった人がいました。

自殺防止のために服装制限するなら、冷暖房何とかしてくれと切に思います。

2 食べ物などについて。
タオルや歯ブラシなどの日用品、雑誌や新聞のほか、パンやお菓子、コーヒーなどは拘置所内の売店で買うことができます。外の人がここから買って差し入れすることも可能です(東京拘置所の場合は、拘置所前にある池田屋という差し入れ専門のお店で買って差し入れすることもできます)。
ただ、買った食べ物などは、自身のみで消費しなければならず、同房の人とかに分けてあげることはできません(とはいえ、暴力団のお偉いさんなんかは買ったものを同房の人にばらまいているという話は幾度となく聞いたことがあります)。
東京拘置所ではチョコパイ、名古屋拘置所ではしるこサンドが人気商品と聞いたことがあります…

お金あれば好きなもの食べれるんじゃないか!!と思う人も結構いるかと思いますが、裏を返せばお金がないと食べられないわけです。
拘置所内の貧富の差は、かなり目を見張るものがあると思われます。

また、飲み物に関しては、確か1日に1回か2回お茶が湯呑1杯分支給されると聞いております。
熱い夏場にこれじゃ足りない…
水分不足で便秘などにもなりやすいでしょうし…

3 医療体制について

体調不良の人については医師の診察も受けられる体制にはなっていますが、「診察願」を出してから、最低でも1週間から2週間は待たねばなりません。
刑務所もそうですが、施設内には准看護師の資格を持った職員が常駐しており、市販の風邪薬や睡眠導入剤などは与えられるようです。
ですが、それ以上の医療についてまともな対応を受けることは非常に困難です(ちなみに刑事施設で処方される薬はジェネリック医薬品です)。
外部からの薬の差し入れもできません。
糖尿病などの継続的な治療が必要な人は、結果として放置される事態となります。
実は、刑事施設からの法律相談や弁護士会の人権擁護委員会への人権救済申し立ての中で非常に多いのが、医療の問題です。

(拘置所の話ではありませんが)ある知的障害の受刑者は、出所時に健康状態があまりにも悪くて入院しなければならなくなり、予定していた就労ができなくなってしまったという話も聞いたことがありました。
拘置所で未決勾留中でも、例えば糖尿病の投薬を受けられないがために、どんどんやせ細っていく人がいて、会うたびにこちらが不安になることも少なくありません。

拘置所の中では、テレビもラジオもなくもちろんインターネットもできず、新聞や雑誌が読めるくらいで情報も遮断されています。
面会も1日3人一組までと制限されている中、食事も服装も医療も制限を受けなければならない状況です。

拘置所に入るようなことをして人は悪い人たちなんだから、これくらいのことは当たり前だろうという人も中にはいるでしょう(実際、私の知人の医者で、悪い奴らなんだからまともな医療なんか受けられなくて当然だとのたまった人がいました。その人とは一生話をしないと決めました)。

しかし、未決勾留の人は、罪人と決まった人たちではありません。
よしんば悪いことをした人なのだとしても、受けるべき制裁は裁判で決まった「懲役」「禁固」「罰金」などに限られるはずです。
健康な体は更生のためにも欠かせません。
不健康な状態で釈放されると就労ができなくなります。その結果、犯罪に手を染めることにもなってしまうのです。

とにかく、拘置所はないものづくし、拷問のような我慢と不便を強いられる場所といっても過言ではありません。

それでも「別にいいんじゃないの」という人には、一度体験入所してみることをお勧めしたいと思うのであります。




# by terarinterarin | 2019-01-20 22:03 | Comments(0)
皆様、あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

さて、テラバヤシは、2018年年末、実家に帰省したとたんにインフルエンザを発症し、本日まで外出禁止の憂き目に遭っております。
30日から本日まで、お医者さん的には外出禁止期間で、31日に病院に行った以外は引きこもっておりました。
6日に東京に戻りますが、外出らしい外出ができそうなのは明日だけで、実家に引きこもるためだけに帰ってきた正月になってしまいました。

20代のころにインフルエンザになった時には、40度以上の熱が数日下がらず、死を覚悟したくらいでした。
ところが、今回は熱がそもそもそこまで上がりはしなかったものの、ゾフルーザという1回飲むだけのお薬で翌日には嘘みたいに熱が下がり(なんか変な感じは昨日あたりまで残っていましたが)、そんじょそこいらの風邪より全然ラクかもしれないと思ったくらいでした。
時代も変わったものです。

31日に休日の当番病院に行ったのですが、待合室の席がないくらいの激混みで(運よく何とか座れましたが)、診察までに都合3時間ほど待たされました。
診察直前に熱を測ってインフルエンザ検査の綿棒を鼻の穴に突っ込まれ、その後診察。言われた言葉は「インフルエンザA型陽性でした。抗インフルエンザ薬と解熱剤を出しますので。」のみ。
長いことお待たせしてすみません、という言葉もなければ、聴診器あてるとか喉の赤みを見るとかいうことも一切ありませんでした。

それで、お会計3540円(初診料込み)。

1分かかったかかかってないかわからない診察で、この値段です。
我ら弁護士なんて、法律相談30分やって、やっと5400円もらえるかどうかの世界です(初回相談無料を実施している弁護士は30分ただ働き)。

うーむ、なんたるコスパの違い!!

と熱に浮かされた頭でそんなことを考えてしまいました。

弁護士と医者の仕事って、よく比べられますし、確かに似ている側面がないわけではありません。
例えば、非常に深刻な法律問題を抱えている依頼者の場合、弁護士は長期間でわりに深く関わることとなります。その分、精神的にもその人を支える役割を担う必要が出てきます。
お医者様の方も同じで、長い治療が必要な重病の患者に対しては、長期間で深いかかわりが必要になるし、命が関わることにもなるわけだから、精神的にも支えることとなります。
この場合、その仕事の対価がどうなるのか(割いている労力に見合ったものであるかどうか)については、ケースバイケースなので比較することはできないと思いますが、仕事の内容や質としては非常に近いところがあるようにも思います。

が、今回のインフルエンザの件で決定的に医者と弁護士が違う領域があると感じました。
それは、医師や弁護士が権威付け的な意味でしか関与する必要がないルーティンな処理が求められる領域や、最小限のサービスを提供する領域の話です。

例えば、今回のインフルエンザは、検査などは医師以外のスタッフがしていて、医者が必要なのは患者に対する病名の告知と処方箋の作成。それだけでも、患者は文句を言わずにお金を払ってくれます。
持病の定期的な診察で、調子どうですか?じゃ、お口アーンして、胸の音聞かせてください、くらいのほんの10分ほどのやりとりでも、患者は文句を言わずにお金を払ってくれます。

かたや弁護士。
今や個人の債務整理の仕事は、特に破産なんかの場合、概ねルーティン的な処理ができますが、報酬はほぼほぼ扶助基準。
法律相談は無料が当たり前。
お金を払いたくなくて、電話やメールで物凄い突っ込んだ話をまくし立てるなんて人も少なくありません。
アイミツ取られるのも今や当たり前の世界。
つまり、こういう領域で、弁護士は今や徹底的に買い叩かれ、医師は買い叩かれないという違いがあるわけです。

この辺りの差って、開業した場合の事業規模をどうするかという話に結構直結するところになるような気もするのですが…

東京あたりでは、人員を抑えてこじんまり経営しているクリニックも結構あるようではあります。
先日がん検診に行ったクリニックも、先生が受付手伝ったりしていたし…

が、お一人様なお医者様という選択はなかなかないのではないかと思います。

医師と弁護士、食いはぐれる危険度の高さに歴然たる違いを見た、そんな2018から2019のインフルエンザ体験だったのでした。






# by terarinterarin | 2019-01-04 16:50 | Comments(0)
師走ももうすぐ終わりです。

今年はいろんなことがありました。
いろんなことがありすぎて、ひとつひとつ挙げるのは骨が折れるので、やめようと思います。

今年一番の出来事は、事務所の移籍でした。
おひとりさま事務所を卒業しました。

卒業してもうすぐ2ヶ月経ちますが、卒業して気づいたおひとりさま事務所の反省点と良かったことをいくつか述べたいと思います。

反省点その1。
ネット集客に頼りすぎたかなあと思います。
ネット集客自体は、この事務所規模とネット営業規模の割にうまく行っていたと思います。
が、ついつい弁護士会の相談申込みを忘れて数年過ごしていたりしたもので、集客ラインがネットほぼ一本になってしまっていました。
集客の波は、どの自営弁護士にも起こりうることですが、これを少しでも抑えるためには、集客ラインを複数作ること、それから仕事をくれる人を早めに抑えることが、ものすごーく大切だと思います。

反省点その2。
クレジット決済を導入しておくべきでした。
法律相談に来る際、意外に小銭がない方、そしてこちらもお釣りがない、という事態がたまに起こります。
また、着手金も法テラス利用じゃなくても分割になる時があります。
面倒な小銭のやりとりや、報酬回収のリスク回避のために、クレジット決済を導入すればよかったと思っています。
まあ、実際取りはぐれは、ほとんどなかったのですが、最近はiPhoneやiPadで簡単にクレジット決済できますし、まだまだ導入してない事務所が多いことを考えるてと、差別化という意味でも導入して損はなかったように思います。

良かったことその1。
事務所をマンションにしたのは良かったと思っています。
物件選びは、その後の顧客層にも繋がる問題ではありますが、家賃を抑えられたことは事務所経営の面で非常に助かりました。
見栄を張って大きなハコを作れば、収入の多くがそちらに割かれてしまうわけです。
ハコを大きくするかどうかは、事務所が走り出してから考えればいいことでもあります。
小さなハコから始めると、精神的にゆとりを持って経営することもできます。
私は卒業するまで小さなハコのままでしたが、自分の選択は間違っていなかったな、と思います。

良かったことその2。
書面を書くのが早くなりました!!
事務局の役割も果たさなくてはならなかったので、長々と書面書きに時間を割くこともできません。
段取りを考えながら、さっさ、ぱっぱと(ある程度の)書面が書けるようになったのは、大きなメリットです。

大変じゃない?と言われたおひとりさま事務所、実際大変でした。
裁判所や相手方から何を言われても構わないのであれば、どれだけグダグダにやっても良かったでしょうが、やはり依頼者を背負っているというのは、大きな歯止めになりました。
私は元々が粗忽者なので、細かいミスはたくさんしましたが、それでも怪しい弁護士認定されずに(だと思うんだけど)やってこれたのは、依頼者に迷惑かけるのだけはあかん!!と思っていたからだと思います。

この気持ちさえあれば、おひとりさま事務所でも、それなりの信用を得て、運営していけるように思います。

私は卒業してしまったけれど、独立するかどうか悩んでる方がいたら、まずはこじんまり始めてみることをお勧めします。

本年もご愛読いただき、ありがとうございました。
たぶん今年最後の投稿になると思います。
来年も引き続き、のんびり書いていきます。

では、皆さん、メリークリスマス🎄
そして、良いお年をお迎えください。




# by terarinterarin | 2018-12-23 12:13 | Comments(0)
昨日のことです。
接見があったため東京拘置所に出向きました。
接見が終わった後、正面玄関を出て敷地外に出ようと歩いていると、ビジネスロイヤーのような風貌の弁護士3名が前を歩いています。

敷地を出てすぐのところにはタクシーと、人だかり。

人だかりは、その男性弁護士3人組をめがけてレコーダーを向けます。
誰かが話しかけているようです。
が、そのビジネスロイヤー3人組は、一言も発さずタクシーに乗り、去っていきました。

今話題になっているとある外国人有名人被疑者の弁護人のようでした。

数日前、ツイッターの方でも私の周りで「事件についてマスコミから聞かれたらどうするか」ということが話題になっておりました。

留守ってことにする、一応対応はするが「しゃべれない」で通す、などやり方は様々ですが、少なくとも、ツイッターのテラバヤシ周辺では、「取材を受けたら話す」という人はおりませんでした。
ちなみに、テラバヤシは「対応するけどしゃべれないで通す派」です。
マスコミさんもお仕事で聞いてくると思うし、こちらもお世話になることもあるわけですから、対応するのは礼儀かなと思ってまして。

マスコミやメディアの前の皆さんにとっては、話してくれる弁護士の方がありがたいのでしょうが、少なくとも良識ある弁護士は、「原則話しちゃダメ、だから話さない」と思っています。
なぜなら弁護士には「守秘義務」があるからです。
これは、依頼者との信頼関係を保つうえで、とてもとても、とーっても大事な職業上の義務なのです。

もちろん、依頼者の中には、自分の名誉を守るため、あるいは自分の言い分を世の中に知ってほしいので、どうぞ話してくださいよ、という方もいらっしゃることでしょう。マスコミの耳目を集めた事件の場合は特に(私は会ったことないけどね)。
でも、そういう場合でも、通常は、本人の中で「話してもらいたいこと」「話してもいいこと」「話してもらいたくないこと」というのがあるはずで、本人との間で「話していい範囲」について正しく合意を取っておいて、可能な限り合意書くらい交わしておく必要があるのではないかと思います。

そうでないと、後々「こんなこと話してくれなんて言ってませんから!!」というトラブルが生じかねませんので…

裁判の前後、接見後の突然の囲み取材、あるいは突然の電話でのインタビューなんかの場合、依頼者との間で「話していいかどうか」「どこまで話していいのか」というコンセンサスができていないことがほとんどなわけで、そうすると、弁護士としてとるべき対応は一択にしかならないはずです。原則に戻る、すなわち、守秘義務を順守してしゃべらない、という選択です。

なので、囲み取材で、いとも簡単にぺらぺらとしゃべっちゃう弁護士を見ると、「え、大丈夫なの」とちょっとハラハラしたりするのですが。

単に意見とか感想述べるくらいならいいんじゃないの、という方もいるかもしれません。
が、こういうことを言うと、そこからいろいろな推測が働いてあることないこと報道される危険性もありますので、やはり何も言わない方が無難。

そんなわけで、昨日見た某有名外国人被疑者の弁護人らの対応は、弁護士として極めて正しいものだといえましょう。

テラバヤシも、普段はブログとかでいろいろ言いますが、事件のことはしゃべりませんので、悪しからず。



# by terarinterarin | 2018-12-02 15:39 | Comments(0)

弁護士の食生活について

前回投稿から1か月経ってしまいました。
この間、事務所の移籍などでバタバタしていました。
移籍して2週間以上が経ちましたが、「事務局がいるっていいなあ」と思っています。

さて、事務所を移籍する私が実は一番心配していたのは、「ご飯」のことでした。
仕事の都合上、昼も夜も外食です。
その2食を、北千住界隈で賄う必要があります。
で、とても気になっておりました。

実際のところ、北千住駅近という場所柄、ご飯に困るということは全くなく、お陰様で充実した?ごはんライフを送ることができています。

この「充実したごはんライフ」というと、「弁護士はいいもの食べているんだろうなあ」などと考えている人が結構多いかな、と思います。
確かに同業者の中には、「どこそこの***を食べました~」などと、ネタの見栄えがする寿司や、盛り付けがやたらお上品な和食とか、仏さんに備えるご飯かと思うくらいちっちゃい皿に盛られた鮮やかな色のパスタなどを、SNSにアップしている方も少なくありません。

私ですら、そういう投稿を見て、皆さんほぼ日常的にこんな素敵なものを食べているのか、という錯覚を、時折起こしたりするものです。
そう、錯覚なのです。
SNSにそれらの素敵なお食事をアップするということは、それだけ常日頃の食生活が、一言でいえば「清貧」なものであることを(多くの場合)表している(はずな)のです。

だってね、昼間、やれ、弁論準備だ調停だ接見だと飛び回り、そのおかげで夜遅くまで起案をしなければならない、という日常生活の中で、そんなすんばらしいお食事をしに出向く時間が毎日毎日とれるはずがないのです。
それに、それだけ素敵なご飯を毎日食べられるだけの資力をお持ちの弁護士なんて、ほぼほぼ、ほぼほぼいないと思われます。さすがに破産します。

まあ、余裕があるときは、近所の定食屋とかイタリアンとかのランチに行ったり、忙しいときは、自席でおにぎりにかぶりつきつつ起案をする。移動の合間に立ち食いの蕎麦屋に入る、チェーンのカフェに入って軽くサンドイッチでもつまむ(テラバヤシはちなみにドトールファンで、ドトールカード持ってます。)…それが普通の弁護士の食生活といえましょう。

テラバヤシも一時期は、自分のご飯などをインスタにアップしていましたが、インスタ萎えする画像にしかならない食生活であることに気づき、やめました。
事務所移籍後のご飯事情に困らないとはいえ、気が付いてみると移籍後の約2週間のうち、夜ご飯の半数は、マルイの1階に入っているはなまるうどんで温玉うどんを食していたという具合です(大戸屋さんに行けたときは、とてもうれしかったです)。
あ、ちなみに無料の白ごまを振ると、とてもおいしいです。

マルイの1階のフードコートには、昼夜とてもお世話になっていて、はなまるうどんさん以外では、リンガーハットとか、ミスドとか、ケンタッキーとかおそばやさんとかに行きました。
他にも事務所の近くには、わりにリーズナブルな値段で、あまり時間もかけずにご飯を食べられるところがたくさんありそうで、とてもリッチな気分です。

「充実したごはんライフ」はこの程度のものです。

でも、この感覚、わかってくれる弁護士は結構多いような気がします。

事務所の立地で大切なことは、「昼も夜も食いはぐれないで済むこと」といっても過言ではありません。

明日は久しぶりに飲み会があるので、インスタ映えするお食事写真が撮れるやもしれません。
が、テラバヤシの頭の中にあるのは、「金曜日にはなまるうどんで食べたイモ天は揚げたてでおいしかった」ということです。

おいしいご飯を食べるために、明日からまた頑張ろうと思うのです。







# by terarinterarin | 2018-11-18 18:28 | Comments(0)
ここしばらくの間、私立医大の入試問題が世間の話題となっております。

はじめは、昭和大の女子受験生不当取り扱い問題。
そして現在は、東京医科大の現役・一浪優遇問題。
どちらも「理由のない差別」として、非難の的になっています。

憲法上、性別を理由とする差別は明文で禁止されており、これは私人間にも間接的にではあれ効力があるとされています。
なので、共学の大学が、(医学部だろうが何だろうが)性別を理由に得点操作を行い、女子学生を不利に取り扱っていたというのは由々しき差別問題であり、もうなんとしたって許せないのであります。
昭和大のニュースを聞いたとき、脱力するほど情けなくなりました。

ですが、東京医大の得点操作の話を聞いたとき、私は、何かデジャビュな感覚を覚えたのでありました。
どこかであったぞ、こういうの。
そう、旧司法試験で一時期行われていた、いわゆる「丙案」というものです。

簡単に言えば、司法試験の論文合格者のうち200人を、受験三回以内の受験生から優先的に合格させるという制度です。

司法試験の合格者の高齢化、受験年数の長期化を回避するための苦肉の策として?国が導入した制度です。
導入当時、「不公平な制度だ」などという批判は確かにありました。
が、大きなウェーブにはならずに終わりました。
(受験4年目以降の)多くの受験生は、一抹の不合理感を抱えつつも、丙案を受け入れ、淡々と受験をしていたのでありました(私もその一人なのでありました)。
ぎりぎりで落ちた人なんかは、国賠したりすることもできたんでしょうけど、そんなことに労力かけるくらいなら、勉強して来年受かったほうが早い(いや、これがなかなか受かれなかったんだけどね)、単純に時間がもったいない、そんな感覚の人が多かったのではないかと思います。

なので、一瞬、東京医大の「現役・一浪優遇制度」も、制度としてそれほど不合理なのか?と思ったりしました。
私立大学というのは、そのコンセプトに合わせて、「どういう人物を合格者として選別するか」ということについては、裁量を持っているわけで、そのコンセプトが合理的であり、かつそのコンセプトと合格者の選別方法がマッチしているのであれば、違法不当という非難はできないはずですので。

しかし、東京医大の場合、現役と一浪に試験で加点して入学させやすくした理由というのが「現役一浪のほうが入学後に伸びるから」という、どういうデータに基づいているのかさっぱりわからない、まるっきり感覚的なものでしかありませんでした。
これじゃ、合理的とは言い難い。

さらに、選別方法を秘匿していたというのが何よりアンフェアなわけです(丙案は当たり前ですが公表されてました)。

うちの大学は、医師不足の地域で元気に働ける体力の余った医師を輩出することを目指しています。
なので、若いピチピチの受験生から優先して選びます。
つきましては、現役と一浪には論文試験でこれだけの加点をします。

例えば、これくらいのことをきちんとオープンにしていたのであれば、非難ばかりではなく「まあ、さもありなん」という賛成意見もでたのではないでしょうか。

司法試験の丙案導入時代は、受験生が絶望して試験を受けなくなるということは特に起こらなかったと思います。学力が不足していると感じている受験生が受験を控えるということはあったようですが(むしろ現在のロースクール時代のほうが、経済的な面での絶望感が広がっているといえるでしょう)。
しかし、東京医大の件も昭和医大の件も含めて医学部入試の不当差別問題は、医師を目指す人の無力感を誘う、あるいは拡大する危険が高いな、と思います。

ただですら医師不足の日本なのに、これではますます医師になる人がいなくなってしまう。
そんな危惧すら感じたりするのでした。

追伸
平成30年11月1日付で、事務所を移籍することになりました。
移籍後もブログは続けていきますので、今後もお読みいただけると幸いです。





# by terarinterarin | 2018-10-19 21:07 | Comments(0)

別居期間と離婚の問題

川崎麻世さんが奥様のカイヤさんに離婚訴訟を起こしていたことが判明して、まあまあのニュースになっています。
なんでも別居期間は18年間に及んでいるとか。
ネットニュースの論調は、「今更ですか」というものが大半のようです。
これまでも、双方の不倫など、すったもんだが多い夫婦だったせいでしょうか。

一方、先日お亡くなりになった樹木希林さんは、夫の内田裕也さんと40年以上の間別居していたそうです。
一度、相当前に内田裕也さんが樹木希林さんを相手取って離婚訴訟を起こしたことがあったようですが、離婚は認められず。
その後は、内田裕也さんの愛人問題が何回か持ち上がっても、内田裕也さんが事件を起こしても、離婚の話題が出ることはなく、樹木希林さんが亡くなるまで、ある意味添い遂げる形になったのです。

最近、離婚をめぐる司法の世界では、(婚姻期間との相関関係はあれ)おおよそ3年ほどの別居があれば離婚が認められるようになってきたといってよいのではないかと思います。
10年、7年、5年と、実務の運用は、長い時間をかけて、婚姻破綻を認定しうる別居期間を短くしてきました。

これだけを見ると、川崎・カイヤ夫妻も、樹木・内田夫妻も、余裕で婚姻破綻が認められる別居期間のハードルを越えているといえます。

ですが、あくまで感覚的な問題ではあれ、川崎・カイヤ夫妻のほうは、婚姻破綻しているという評価に異論を唱える人は非常に少ないであろうと思われるのに対し、樹木・内田夫妻のほうは、婚姻破綻していたという評価は非常にしにくいと言わざるを得ないように思われます。
樹木・内田夫妻のほうが、別居期間は圧倒的に長く、また内田さんの破天荒な夫ぶりは、川崎さんの夫ぶり、カイヤさんの妻ぶりを凌駕しているように見えるにもかかわらずです。

それはおそらく(あくまでマスコミが作り上げたイメージといえばそれまでですが)、川崎・カイヤ夫妻の場合には、夫婦として心が通っていない雰囲気がにじみ出ているのに対し、樹木・内田夫妻の場合、夫婦がうまくやっていくためのスタイルとして別居を選択せざるを得なかったのであって、(一時内田さんが離婚しようと思ったことはあったとしても)、夫婦としてそれなりに心が通っていた様子が見受けられるからなのでしょう。

こう考えていくと、離婚の実務において、不貞やDVなどの他の離婚原因がないケース、あるいはこれらの証拠が希薄なケースで、別居期間の長さを婚姻破綻の大きな大きな柱とみることは、ひょっとすると正しくないのかもしれないという結論に行き着いてしまいます。

もちろん、離婚などという当事者の主観の塊のような事件においても、判決は証拠に基づいて行わなければならないわけで、そうすると別居期間というのは非常にわかりやすい客観的なメルクマールなわけですから、裁判実務がこれによりかかってしまうのは致し方のないところだろうとは思うのです。

ですが、夫のほうがもう40年も別居していますという主張をしてきた際に、いやいや、別居している最中でも、夫婦として日常的にこのようなかかわりを長年していましたよという証拠がきちんと残っていたのであれば、それはやはり婚姻破綻とは言えないわけです。
別居期間の長さの前に離婚したくない当事者がひれ伏してしまうケースの中には、もしかすると、離婚を主張される割に近いタイミングに至るまで、居は別にしていても夫婦としてのかかわりはちゃんとあった、ただ証拠がないだけということが、案外多いのではないかと思うのです。

改めて、過去に自分が相談を受けたり、担当した事件を振り返ってみても、そう感じます。

婚姻破綻しているかどうかという判断は非常に難しいと言わざるを得ません。
離婚の相談に来た当事者に対して、別居期間が長いから云々、短いから云々というような紋切り型のお話は、実は結構しにくいなあと感じる、二組の夫婦の姿なのでした。


# by terarinterarin | 2018-10-14 22:39 | Comments(0)

私、声が大きいんです。

昨日開催された第28回司法シンポジウム。
そこで私、総合司会をさせていただきました。

総合司会は、私と長崎県弁護士会所属の曽場尾雅宏弁護士の2名で行いました。

司会用の台本を作成したのは曽場尾弁護士、気の利いたアドリブを繰り出したのも曽場尾弁護士で、私は、与えられた台本を(基本的には)そのまま読み上げ、ひたすら噛まないようにと気をつけながら、なんとかやり通すという感じでした。

しかし、そんな私でも、何人かの方から昨日の司会をお褒め頂きました。

お褒めのポイントは、すべからく以下の2点でした。

声が通る。
滑舌が良い。

そうなんです。
私、声が大きくて滑舌が良いのです。
これは自分でも否定しません。

これは、前職で鍛えられた賜物です。
テラバヤシは長い受験時代、某資格試験予備校の札幌校で、公務員試験講座の講師をしておりました。
その前の大学院生時代も違う資格試験予備校で公務員や行政書士の講座を持っていたことがありました。

時代はバブル崩壊後の公務員試験人気花盛りの時期で、50人を超える受講者が広い教室に散らばっているという状況でした。

一応マイクはありましたが、マイクだけに頼っていては、端っこや後ろまで声が届かない、そんな状況でした。

何年も何年もその仕事をやっているうちに、自然と遠くまで明瞭な発音で声が届くすべが身についたようです(ちなみに腹式呼吸を自然と身につけたようで、長い時間大きな声で話した後は、オペラ歌手みたいに、体の中に空気が溜まった状態になります)。

新人の頃、初めての尋問の際にも、当時のボスに「声が通るのはとてもいいことだ!!」と褒めてもらったことがありました(おそらく褒めるポイントはそこしかなかったと思われます)。

まさか予備校講師時代に身につけた技?が弁護士になって10年以上たった今、こんな形で役に立つとは思ってもみませんでした。

弁護士としての能力に直結しなくても、やはり褒められるのは嬉しいもので、昨日は何人もの方にお褒め頂き、非常に良い気分になれました。

とはいえ、思うのです。

弁護士は、声が大きい人間が多くないか、と。

昨日の司法シンポジウムの登壇者の中でも、私以上に声が大きい人が何人かいました。

例えば、弁護士任官パートで、旬なネタをバンバン繰り出しながら漫才を披露した、旭川弁護士会のくまちんこと中村元弥弁護士。

マイクいらないんじゃないかと思いました。それくらい、よく通るお声でした。

委員長の中村隆弁護士(札幌弁護士会)も響きのある良いお声です。

新人の頃に尋問時の私の声を褒めてくれた元ボスも、いい声かどうかはともかくとして、声は大きいです。
その事務所のパートナーの1人も、よく通る声をしています。

弁護士には、声が大きい人間が多いように思います。

よく、政治家は声が通らないとダメだ、と言われます。あれは、街頭演説の際に聞いてもらえないからというのが理由なのだと思います。

弁護士に、声が大きい人間が多いのはなぜなんでしょうか?

政治家みたいにしょっちゅう?人前で話すわけではありません。
「口喧嘩は声がでかい方が勝つ」とは言いますが、別に弁護士、口喧嘩が仕事ではありませんし(いや、過去に相手方などと電話で口論になったりしたことはありますが)。

もしかすると、声が大きい方が、同じことを話していても説得力が大きいのでしょうか。
声質にもよりますが、話すことに自信を持っているように聞こえるというのもあるのでしょうか。

ちなみに、無罪判決を何件も勝ち取っている高野隆弁護士は、低い声質でボソボソ話すお方です。
いいお声をしてらっしゃいますが、決して声を張っているわけではありません。

それでもきちんと裁判員や裁判官の説得に成功してらっしゃるということです。

やはり、弁護士は、ただ声が大きければいいというわけでもないようです。






# by terarinterarin | 2018-09-30 18:19 | Comments(0)

寺林智栄の弁護士としての日々や思いをつづります。ウェブサイト https://attorneyterabayashi.simdif.com  「弁護士テラバヤシ」でツイッターもやっています。


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